☆その拾八
視線を回りに向けると、エンドはすでに到着していて私を待ってくれていた様だ。
「着いたか。ではお前はここで待っていてくれ」
「分かりました」
エンドは木々の切れ間から見える街道沿いの場所へさらに移動する。
ここからでも十分に見える場所だった。
見る限り、その場には二人の人間が居た。大柄な男と、それより頭一つ分小さな女が一人ずつ。
傍らには横になって毛布を掛けられているお嬢も見えた。
「どうやらお嬢は無事な様だな」
やれやれ、と軽く溜め息を吐く。
二人が何やら話している様だが流石にココでは聞き取れなかった。
そうしている内にエンドが二人の前に現れる。突然の出現に驚いている様だがとりあえずは闘う気は無い様だ。
エンドが手をふぃっと動かすと椅子とテーブルが地面に置かれる。また手を動かして食材や調理器具を焚き火の近くに持っていき、フライパンと鍋を火にかけた。
その時だった。エンドに話し掛けている女の視線がこちらに向いた。私は急いで木の影に隠れたのだが気付かれただろうか? まさかこの距離で?
偶然だ、とは想うが…
注意深く見てみると、すでにこちらへの視線は感じられない。
偶然だろうか。 …いや、気付かれていると想った方が良いだろう。
男の方を見てみると、先程と変わりない様に見えた。こちらには気付かれていない、か?
とすれば女の方が勇者で、男の方が剣士、とゆう所か。
そんな事を考えていて、ふと気付く。
「何であいつ等普通に話してんだ!?」
仮にも魔王だぞ!? 魔族の王だぞ!? っつーかエンドもエンドで普通に話してるし。 …ん?
「あの二人。 …似ている?」
もう一度勇者一行を見直す。どうにもその顔には見覚えがある様な気がした。二人をみるのは初めての筈なのに。
遥か以前に見た記憶が…
「…まさかね」
顔を左右に軽く振った。そんな訳はない、と浮かんだ考えを否定する。
しかし… とも想う。
「あの人のあんな顔見たの… お嬢と一緒の時以外では初めてかもしれないなぁ」
とても楽しそうにフライパンを振っている。
「私は本当に… あの人の力になれているのだろうか……」
そこには居城でのいつもの光景が再現されていた。エンドが料理を作り、簡素なテーブルを囲んでそれを食べる。
いつもと違うのは、その相手が敵対している人間達だとゆう事位か。
それも勇者と呼ばれる人間達だ。
まったくエンドは何を考えているのやら。しかし…
「よく喰うなぁ、あの二人」
すごい喰いっぷりである。量を喰っている訳ではないのだ。魔族にだってあれ位の量食べる者はザラに居る。
でもこの二人は何とゆうか、そう、とても旨そうに喰うのだ。
我々魔族には食事を楽しむとゆう習慣がない。どちらかと言えば食事は栄養を補給するものであって、食べられれば何でも良い。
勿論人間にとっても栄養補給ではあると思うのだが。
そうこうしている内に食事が一段落した様だ。テーブルに並べられていた食器が下げられ、ティーセットが代わりに置かれた。
カップに注がれた液体は温かそうな湯気を薄暗い空間に泳がせている。
「食事は終わったのか。そろそろお開きか?」
そう想ったが違ったようだ。エンドがテーブルに肘をつき、両手を組んで話し始めた。
「本題に入ったかな」
今まで以上に注意して気配を殺す。そしてゆっくりと森の中を移動して行く。
ある程度まで近付いて身を隠すと、魔力で身体強化をして聞き耳を立てる。
風下とゆう事もあり、この距離であれば少しは聞き取れる。
「魔王が赤ん坊に負けたのか~」
最初に聞こえた言葉だった。何だ、何の話をしている?
「えぇ、そうなりますね」
エンドの声が続いた。
話を聞いている限り、お嬢の生まれた時の話ではないかと推測する。
当時の人魔戦争の中生まれた魔力の強い赤ん坊。そんな話をエンドがしていたのは憶えている。
「あれから既に四百年か… 人の寿命はそれ程永くはないが、やっている事は変らないな」
自然と溜め息が出てしまう。やれやれだ。
「まぁ、それを言ってしまえば我々も同じか」
自嘲なのか、自然と表情が崩れたのが分かった。まぁ、それはさて置き。
エンドが話しているのは四百年前にあった人魔戦争の終局とお嬢がエンドに引き取られた時の話の様だった。
「懐かしいな」
お嬢が来た時か。想い出せる。エンドが重症を負って動けず、お嬢は何も分からない場所で苦労していたっけ。
「想えば… あの時からかな。エンドが変っていったのは」
正確に言えば、それより少し前になるのか。エンドとお嬢が出会った時からかもしれない。
我々魔族の寿命が永いとは言え、それでも四百年とゆう月日は我々にとっても永いものだ。
「おっと、想い出に浸っている場合ではないな」
話は既に人魔戦争の事から時の勇者、時の魔術師の事に移っていた。
私も当時聞いて驚いたものだ。時間を操る魔術師が居るのかと。
実際には想像していたものとは違っていたが…
それでも時の魔術師が強力な魔力を有している事には変わりない。現場で力の一部を目撃してしまったのだから認めない訳にはいかなかった。
「今開放すれば、エンドの力を持ってしても抑えられるか分からない、か…」
聞けば聞く程魔王に相応しい様に想う。
私はお嬢が魔王になるのは反対ではないが、なったらなったで大変な苦労を背負わせてしまうのではないかと想うのだ。
お嬢が倖せであってくれたなら、それでいいのに。エンドもそう考えていると想っていたが… 違うのだろうか。
「向こうもその話になったか」
エンドが次期魔王にお嬢を据えたいとの話が聞こえてきた。そしてそれをお嬢自身に決めてもらおうとゆう事も。
これはさっきも聞いた話だ。今日の会議中にそこまで言っていたかは確認していないが、テイルには面と向かって言っていた事である。
「む?」
男がテーブルを叩いていた。どうやら人間を魔王にするとゆう事に反発している様だな。
まぁ、もっともな意見だ。会議でも否定されているしな。
「おいおい。皆殺しとかは幾ら何でも止めといて下さいよ」
反対する者は全て皆殺し。それはそれで正しいのかもしれないけどな。後が面倒臭いったらありゃしない。
まったく、こんな事になるとはねぇ。想いもよらなかったよ。
「兄さん…」
見上げた空には月が静かに輝いていた。
「魔王様! 魔王様!!」
「何処ですか魔王様!」
「魔力を感じない・・・? まさか!?」
「馬鹿者! まだそうと決まった訳ではない! 探すのだカンマ!」
「はいっ!」
「……ぅ」
「! 兄さん!!」
「分かっている!」
「魔王様!」
「む… コンマと… カンマか。すまない」
「これ程の爆発の中で良くぞ…」
「ハハ… 無事ではないがな」
「それだけ言えれば上等です。 …ん、それは… 人間!?」
「あぁ。件の魔術師だ」
「話には聞いていましたが、こんなに幼いとは…」
「まだ十になったばかりだよ」
「え、人間が居るの? 兄さん」
「あぁ、しかし敵ではない。大丈夫だ」
「でも人間なんでしょう?」
「今は気にするな。とりあえずこの場から離れる事を優先する」
「は、はい」
「さ、魔王様。お摑まり下さい」
「うむ。 …!」
「どうされました?」
「くそ、近いな。人間達がこちらにやってくる。しかも結構力を持った奴らだ」
「王国軍ですか?」
「どうやらその様だ。連中、俺の姿を確認しているからな。ここが勝機と見たんだろう」
「くっ!」
「魔王様、どうしたら!?」
「今は全力で逃げるしかない。被害は甚大だろうが魔王軍も近くに居るのだから」
「! 予想以上に進行が速い!?」
「むぅ、このままでは追いつかれるか」
「くそっ!」
「……コンマ」
「はいっ」
「俺だけ下ろしてくれないか」
「えっ?」
「何と仰いましたか!?」
「俺を下ろしてこの娘を連れて帰還しろ、と言った。俺は足止めの為にここに残る」
「駄目です!」
「しかしな、このままでは全員で討たれてしまう。奴らの狙いは俺だからな。俺が居れば逃げ切る時間位は稼げる」
「駄目です!!」
「兄さん…」
「だがどうする? 時間は無いぞ」
「……」
「……」
「カンマ、一度降りるぞ」
「兄さん!?」
「済まないな、コンマ」
「……」
「カンマ、魔王様を頼む」
「え? 兄さん?」
「待てコンマ、どうゆうつもりだ?」
「カンマに二人を抱えて逃げてもらいます」
「しかし!」
「足止めは私が」
「! それは写し身の魔法か!?」
「こんな時の為に覚えておいて良かった」
「兄さん!」
「カンマ、無事に二人をお連れするのだ」
「でも!!」
「お前がやらないで誰がやる! 今、この場で動けるのはお前だけなのだぞ!!」
「でも…っ!!」
「コンマ! お前程の男がこんな所で死ぬ必要はない!」
「何を言っているんです魔王様。私は死ぬつもりなどさらさらありませんよ。時間を稼いだらすぐに逃げます。私だって命は惜しいのですから」
「命を惜しむヤツがそんな魔法覚える訳ないだろうが!」
「兄さん…」
「フフフ…」
「! 兄さんっ!!」
「コンマーっ!!」
「私は良き主に出会えた… 楽しかったですよ、エンド」
「おい、あれ…」
「うん、間違いない。さっき見えた魔王だ」
「一人の様だぞ。好機だ!」
「覚悟しろ魔王! ここで戦争を終わらせる!!」
「人間共が好き勝手にほざきおって。あの方がどれ程苦しんでいるかも分からずに…」
「おい、何か言っているぞ」
「構うな! 前衛進めぇ!」
「おおおお!」
「我が弟カンマよ。エンドとあの娘をよろしく頼みます」




