☆その拾六
しばらく森の中で唖然としつつもイリスの体力回復を待ったが、あまりにも時間が掛かりそうだったので移動することにした。
まだ歩けそうになかったので肩を貸して進む。背負おうかとも想ったのだがイリスに断られた。曰くこれも訓練の内だと。
「ふぅ、はぁ…」
「怪我は治したと言っていたが、大丈夫か?」
「あぁ、怪我の痛みはないよ。…しっかし、身体が重いな…」
「確か… 身体に四倍の負荷が掛かる様にしたと言っていたか」
「うん。まったく、何てことしてくれたんだか」
やれやれ、とため息を零す。
ゆっくりと一歩ずつ歩いていく。足取りはしっかりしていてふらついたりはしていない。どうやら本当に怪我はないようで一安心だ。
どれくらい掛かったかは分からないが、やっとの事で焚き火の所まで戻ってくることが出来た。
イリスを背もたれ代わりの岩の所へ座らせる。
「ふぅっ。これで一心地吐いたかな」
ため息一つ。ふぅっと大きな息を吐いてイリスが空を見上げる。
その表情を見て、俺もようやく肩の力が抜けた。
と、同時に心の底から怒りが込み上げてきて収まらなかった。
「こんっの、馬鹿野郎がぁ!!」
止められず、つい大声で怒鳴ってしまった。いきなりの大声に流石に驚いたのか、イリスはびくっと眼を見開いてこちらを見た。そこには鮮やかに紅く変色した瞳が見える。
「一人で勝手に行きやがって! 生きて帰れたから良かったものの、下手したら、とゆうかあのまま殺されててもおかしくなかったんだぞ!」
イリスは何も言わずにこちらを見ているだけだった。
「さっき自分で良くて引き分けだって言ってただろうが! そんな相手に単身挑みやがって!」
「いやぁ、魔王だって言うからさ。つい、ね」
苦笑いを浮かべながら頬を掻いている。
「つい、ねじゃねえ! 心配掛けさせんな!」
「あ、心配してくれたんだ?」
「するに決まってんだろうが! 馬鹿野郎!!」
つい声に力が入る。イリスが思わず耳に手をやって塞ぐ仕草をしている。
「……今度は俺を置いていくなよ」
「…え?」
耳を塞いでいてよく聞き取れなかったのか、イリスが聞き返してきた。
「今度は俺を置いていくな、って言ったんだよ」
「あぁ、うん」
「…何だよそれ」
「いや、ね。ちょっと嬉しかったもんで」
そう言って口の端を上げる。すでにいつもの細目に戻っていた。
「……何で一人で行ったんだ?」
ちょっと恥ずかしくなって、イリスから視線を逸らせて聞いてみた。
「ん~、あの娘を連れて行くと言った手前、私が倒されてもシグが居れば何とかなると想ったんだよ」
「……そんな事、想わないでくれよ…」
深いため息が零れる。まったく。
「…分かった。気をつけるよ」
「そうしてくれ」
「それじゃ、今日はもう寝ようか」
「そうだな」
荷物から寝袋を持ってくると、イリスを一度抱えて寝袋の中に横にして上から毛布を掛けた。
「ありがとね~」
イリスはそう言うと夜空を見上げた。
「今日は永い一日になったねぇ」
「そうだな」
つられてこちらも空を見上げる。雲が無く、星が良く見える夜だった。
「ねぇ、シグ」
「何だ?」
「私、まだ身体がよく動かせないんだよね」
「知っている」
「一晩眠れば動かせる様にはなると想う」
「そうか」
「明日は動けると想うんだ」
「それは良かった」
「……」
「……」
何が言いたいんだろうか。お互いに目を合わせる。
意味が分からない、そんな顔をしているのだろう。暫くしてイリスがため息混じりに言った。
「手ぇ出すんなら今しかないと想うんだけど?」
「ぶはっ!!」
おもい切りむせた。何を言ってるんだこいつは。
「…あれ? 間違えちゃったかな?」
「間違えたって、お前なぁ…」
苦笑いしつつイリスが続ける。
「あ、もしかしてあの娘位がいいの? そうなんだ~」
「バッカ野郎! 違うっての!」
変なところに飛び火しそうなので慌てて止める。
「え~? なら絶好の機会じゃないの?」
「仮にも女性がそんな事言うなよ…」
「仮にもって何さ。酷いなぁ」
やれやれ、とまた一つため息を吐いている。
こちらもふぅ~、と永いため息が出てしまう。
「いきなりそんな事言ってんじゃねぇよ。 …どうした?」
「いやぁ、ね。あの村を出て随分経ったけど、ここまで付き合ってくれるって事は、そうゆう事なのかな~、ってね」
そう言って、イリスはこちらを見る。こちらもイリスを見る。
「…そうだな」
「うん」
「正直言ってその気が無い訳じゃない」
「ほうほう」
「好きでもなけりゃ、村を出てここまで一緒に付いて来たりはしない」
「しからば」
「何もしない」
「おやまぁ」
心底驚いたのか、目を見開いてこちらを見ている。紅い瞳が焚き火に照らされて、とても綺麗に見える。
「男の人ってのはそうゆうの好きなんじゃないの?」
「否定はしないし、出来ない。それに俺にだってそうゆう気持ちは少なからず有る」
一旦言葉を区切って続ける。
「でもこれはダメだ。やっちゃいけない、そう想う」
正直な感想を言ってみた。どうしてそう想ったのか、自分にもよく分からないが。これは違うと想うのだ。
「そう、なんだ」
「ああ」
「私は、きっとこの先、シグの期待には応えられないと想う。それでも?」
「あぁ。答えは変らない」
「……」
「……」
お互いに見つめ合う。どれ位経ったか分からないが、ふっ、とイリスの表情が柔らかくなった。
「ごめんね、変な事言っちゃってさ」
「…気にするな」
「うん。じゃぁ、寝るね。おやすみ~」
「おう、おやすみ」
……何だったんだろう、そう想いながらも俺は自分の寝袋を広げて中に入る。背中の方からは早くも寝息が聞こえてきた。
相変わらず寝るの早いな。そう想いつつ目蓋を閉じる。
今日は色々と有り過ぎた。明日の朝になれば少しは落ち着くだろう。とりあえず今は寝るべきだ。うん、そうしよう。
そんな事を考えながら眠りにつく。
「(っつーか眠れんわーー!!)」
想わず心の中で叫ぶ。
「(あんな事言われて寝れるかっつーんだまったく。しかも俺振られた? 振られたのか俺? どっちなんだこれ)」
想わず身悶えしてしまう。
「(そもそもアイツ何であんな事言い出したんだよ。そんな話してたか? いやしてないしてない)」
同じ事を何度も頭の中で反芻させる。
「(何の脈絡も無くいきなりあんな事言われてもこっちも困るんだよまったく!
って、あれ、俺アイツに好きって言っちゃったのか? 言っちゃったよな? どうすんだよこれからよー! 顔合わせづらいじゃねーか! おいおいおいおい! ホントどうすんだよこれ…)」
吐きたくもないため息が後から後から湧いてくる。
「(アイツも寝れねーのか、ってそういや寝ちゃってるんだったな早ぇーなおい)」
背中の方から聞こえる寝息を聞きつつ頭を抱える。
「(全然気にならねーって事かよこりゃ。
ん? 振られた、って事は他に好きなヤツが居る、って事か?
…まさか団長!? いやいやいや、いくら強いヤツが好きだからといって団長って事は無いだろう。
…ならあの男か!? いやいやいやいやいや、それこそ団長よりも有り得ない。 …よな?
だがあの男なら確かに強い訳だし。いやいやいや……)」
その日のシグは明け方まで眠れず、イリスと違い目の下に大きなクマが出来ていたそーな。




