☆その拾伍
突然の魔王と名乗る男の訪問。その目的は子供を一人預かって欲しい、との事だった。
それは魔族ではなく人間であり、時の魔術師と呼ばれる存在であった。
魔族に育てられた少女。その少女が自ら決断する為に俺達の旅に同行させたいとの事。
「分かった様な分からない様な」
正直訳が分からない。
「ハハハ。難しく考えないでいただいて結構ですよ。要はあの娘と一緒に旅をしていただければそれで良いのです」
「うん、まぁ。大体の事は分かった」
御伽噺の事、魔王の事、勇者の事、時の魔術師の事。全て理解した訳じゃないが、話の全容は何となく掴めた気がする。
「何よりです」
「その上で聞きたいのだが」
「何でしょう?」
「あの娘を連れて行かない、とゆう選択肢は選べるのか?」
「選んでいただいても構いませんよ?」
「え?」
思い掛けない答えが返ってきた。
「まぁ、そうなれば貴方達は用済みですけれど」
男の笑顔が見える。笑っているのだが、それは恐怖を感じさせる笑顔だった。
俺は視線をイリスに向ける。
「俺は連れて行っていいと想うのだが… イリスはどう想う?」
「……」
イリスは黙って夜空を見上げている。
「…私もいいと想うよ」
ポツリと呟くように言った。
「そうですか。良かった良かった。無駄な殺生をしなくて済みましたよ」
男の笑顔が先程の物と違う笑顔に変わっていた。
「私もこれで一安心です。 …さて、そろそろ戻るとしましょうかね」
男はそう言って席を立つと、焚き火の方へ手を向ける。すると鍋や調理器具、食器が浮かんでいく。
そういえば、と想い出す。今座っている椅子もあの男が持ってきたものだと。俺とイリスも席を立つ。
「あぁ、すみませんね」
そう言って男は片方の手をテーブルに向ける。テーブルと椅子が鍋と同じ様に浮き上がる。
「そうそう、忘れる所でしたよ」
男は懐から小さな包みを取り出すと、こちらへ軽く放った。それはゆっくりと弧を描いて俺の胸元へと落ちる。
「これは?」
「クッキーです。あの娘が好きだったんですよ」
「良いのか?」
「街で買ったとでも言っておいて下さい。あ、それとこちらも」
今度は持ってきた調理器具等の間に置いてあった小袋を、指先をついっ、とこちらに動かして移動させている。
クッキーを懐に仕舞い、袋を手に持つと少しばかりの重みを感じた。どうやらクッキーではないらしい。
「中身を見ても?」
「どうぞ」
袋の口を開くと、中には金貨が数十枚入っていた。
「世話代みたいなものですよ」
「お前、まさか」
想わず男を睨みつける。
「ん? あぁ、違いますよ。人間から奪った物ではありません。安心して下さい。我々が住んでいる地域に金が採れる場所があるのですよ」
「…なら良いがな」
「フフフ」
男は笑顔を崩さない。
「では行きますね。よろしく頼みましたよ」
男はそう言って森の方へと歩き出す。
帰りはすぐに消えてしまわないんだな、と想いつつ森の中へ姿が消えるのを見送った。
「ふう、やれやれ」
傍らで横になっている少女に視線を落とす。厄介な事になったものだ。
「あ、忘れ物してる。ちょっと追いかけてくるね」
しばらく森を見ていたイリスはそう言って森へと駆け出す。
「あ、おい」
「すぐに戻るよ~」
走りながらこちらに手を振っている。まったく。
焚き火の一つに近づくと、土を掛けて火を消す。薪はまだ使えそうだったのでもう片方の焚き火の傍に置いておく。
「ん?」
ふと見ると焚き火の傍に少量の調味料が置いてあった。ご丁寧に容器に小分けされている。
「これは… 塩と胡椒かな」
忘れていったのか置いていったのかは知らないがありがたく使わせてもらうとしよう。俺は焚き火の傍に腰を下ろして一息吐いた。横に置いてある薪を火にくべる。
「……遅くないか?」
二本目の薪をくべようとした所で手が止まる。
「遅い? …忘れ物?」
声に出して確認してみる。
あの男が何を忘れたと言うんだ? 調味料ならそこに置いてあった。なら他の物か?
確かにそれは考えられる事ではある。考えられる事ではある。
戻るのもそうだ。あんな大荷物を持っているとはいえ、来る時は一瞬で現れる様な奴だ。すでに遠くへ行ってしまっているのかもしれない。
では何故森へ入っていった?
その時森の中から爆発音が聞こえた。
「!! くそっ!」
傍に置いてあった大剣を手に取ると森へ走り出す。ふと見れば、隣に置いてあったイリスの剣が無くなっていた。
「あの馬鹿野郎が!! 一人で行きやがって!」
何で思い至らなかったのか。少し考えれば分かりそうなものなのに。
「くそっ! 間に合え!!」
力の限り駆ける。森をしばらく進むとその場所へと到達した。少し開けた場所だ。
そして目に飛び込んで来た光景は、倒れているイリスに先程の男が手を伸ばしている所だった。
魔王は倒れているイリスの横にしゃがみ込んで片手を頬の辺りに置いている。
「そこから離れろぉおお!!」
走ってきた勢いを殺さずに大剣を抜き去り、裂帛の気合と共に水平に薙ぐ。それは魔王の頭の位置へと正確に振るわれた。
ダメージは与えられずともイリスから引き離すことは出来る、そう考えていたシグであったがその考えは脆くも崩れ去る。
「意外と速かったですね」
まるで鋼鉄でも殴りつけた様な音を響かせて、魔王はシグの一撃を片手で受け止めていた。
「! なっ!」
シグの顔に少なからず同様が走る。倒せる程この男は弱くはない。それはシグにも分かっている。だからせめてもイリスから引き離そうとしたのだ。あの場で考えうる最高に近い威力で。
しかし実際には動かす事はおろか、片手で剣を掴まれてしまった。
「ぐっ!」
次の攻撃を仕掛けようとしたシグであったが大剣は魔王に掴まれて動かせない。
「先程の攻撃、中々の物でしたよ。私には届かなかっただけで」
魔王がイリスに向けていた視線をこちらに向けて笑顔で言う。
「アンタに言われても嬉しくないね!」
「そうですか? 残念残念」
そんな会話をしつつも大剣を動かそうと力を入れるがビクともしない。
眼下では魔王の右手がイリスの頬を伝い、瞳の方へと移動していく。
「何をするつもりだ?」
「もう少しで終わりますから。待っていて下さい」
「何をするつもりだと聞いている!」
ヤレヤレ、といった風に魔王は視線を移さずに答える。
「封印をね、するんですよ」
「封印、だと?」
「ええ」
イリスは気を失っているのか微動だにしない。
魔王が顔をイリスに近づけていくとイリスの身体に光が拡がっていく。
「おい、やめろ!」
「フフフ」
魔王が笑みを零すとイリスを取り巻く光が一層輝きを増していく。
「うああああああ!」
意識が戻ったのか戻っていないのか、イリスが目を見開いて絶叫する声が森に響く。
「やめろー!!!」
シグの絶叫と共にイリスを被う光が拡散した。
想わず目を瞑ってしまったシグが目を開くと、眼前には魔王と横たわるイリスが居た。
「はい、封印終了」
ふう、っと魔王は息を漏らす。
シグはイリスに近付くと上半身を起こす。
「おい、イリス。おい!」
シグの呼びかけにイリスは気が付いた様で目を開く。
「ん… シグ、か?」
「! 気が付いたか。大事無いか?」
見る限りは特に目立った外傷はない様に見える。しかし。
「!?」
イリスは立ち上がるつもりで手を動かそうとするが、うまく動かない。
「なん、だ、これ?」
「どうした?」
「身体が、動かな、い」
「何? ってお前、眼が紅くなって…!?」
イリスの瞳は元々黒かったのだが、今では髪と同じ様な紅色に変色している。
「身体の傷は私が治しておきました。多少の回復魔法は使えるのでね」
状況が理解出来ていない二人に魔王が声を掛ける。
「瞳の色が変ったのは、私が貴女に封印を施したからです」
「さっきも言っていたな。何を封印した?」
シグが魔王を睨みつけて言う。
「以前にも話しましたがね。封印とゆうよりも、呪い、ですかね」
「呪い、だと?」
「はい」
魔王の表情は変らず、笑顔で言葉を続ける。
「貴女はまだまだ強くなりそうですからね。ちょっとした試練の様なものですよ」
「試練だと?」
「ええ。何かしらの行動に対して通常の四倍の負荷が掛かるようにしたのです」
「四、倍の… 負荷…?」
イリスが苦しそうに呟く。
「手を動かすだとか、走るだとか、そういった身体を動かす事はもちろんですが、魔法を使う際にもそれは適用されます。瞳の色が変ったのは、封印の証みたいなものです」
「くっ」
イリスは身体を動かそうとするが、手を上げることすら儘ならない。
「傷は治しましたが体力までは元通りにはなっていないはずです。まだ安静にしていた方がいいですよ」
魔王はイリスに笑顔を向けて話す。
「さて、今度こそは終わりですね。失礼しましょうか」
「はい」
シグは驚いて声がした方を見る。そこには魔族らしい人影が見えた。
何時からそこに居たのか全く分からなかった。
「貴方もこの者に気付かない様ではまだまだですよ? 勇者殿は気付いていたみたいですけれど」
魔王は振り返りもせずに告げる。シグの顔に悔しさが滲み出る。
「戦士殿にも期待しているのですよ?」
そう言って魔王は一歩踏み出す。
「まて」
去ろうとする魔王にシグが声を掛ける。
「何でしょうか?」
「何故殺さない? 俺達はお前に剣を抜いた。今敵わなくてもいずれはお前の首を取りに行くのだぞ」
魔王は振り返りもせずに答える。
「今殺してしまってはあの娘を誰が世話してくれるのですか? また別の者を探せと? 嫌ですよ、面倒臭い」
魔王の溜め息がシグには聞こえた。
「それに勇者殿の成長が楽しみになってしまいましたのでね。暇潰しでもあります」
そう言って魔王は片手を空へとかざす。
「では、御機嫌よう」
二人の魔族は音も無くその場から消え去ってしまった。
後に残ったのはシグとイリスの二人のみ。
「暇潰しかよっ!」
シグは悔しさを隠しもせずに表に出して、天を仰ぐ。
イリスも歯を噛み締め空を見上げる。
勇者一行の前途は多難であった。




