☆その拾四
「随分と話をとばすね~」
「ん? あぁ、でもその間にあった事となると、本当に何も無いのですよ。私が料理にはまったりあの娘が手伝ってくれたり。
そうそう、あの娘身体が小さいでしょう。力も弱くてお鍋も最初は持てなかったのですよ。それで体力強化の一環として武術を習い始めたんですがね。いや~、継続は力なりってゆうんですか? 何百年も続けるうちに、かなりの力が付いちゃったみたいで。相手をできるのがあんまり居なくなっちゃったんですよねぇ。あ、料理の腕は私ほどではないですけれど中々ですよ」
そんな話を嬉しそうに続けている。イリスを見ると、触れなきゃ良かった、みたいな顔をしている。俺もそう想う。
「あ~、折角の話の途中で悪いが聞いても良いか?」
小一時間ほど男が話しているのに耐えかねて口を挟む。
「あぁ、すみません。何でしょう」
やっと我に返ったのか、男がこちらに向き直る。
「あの娘の名前は何て言うんだ?」
「名前ですか。う~…ん」
男は顎に手をやるとしばし考え込む。
「無い訳ではないのですが…… そうですね、やめましょう。貴方達が直接聞いてみて下さい」
「何でだ?」
「生活の知識や名前まで想い出せない様にはしていませんのでね。それに、ほら。意思疎通は大切な事ですからね。本人に聞いてみて下さい」
男はニコリと笑顔を向ける。
「それにしても」
「はい、何でしょう?」
「あの銀色の片眼鏡。あれ、魔王の物だったんだね~」
「えぇ、そうなんです。元々私のサイズで作ってありますので、あの娘には少し大きいのですけれど」
道理で、と想う。あの娘が付けるにしてはやや大きめに見えたから。
「良い細工でしょう?」
「否定はしない。と言うか俺には分からないが…」
「ゴテゴテと飾り立ててなくてあの娘に似合ってると想うよ」
「そうだな… 俺もそう想う」
「おや、ありがとうございます」
男が改めてにこり、と笑う。
「あぁ、そうそう。言い忘れていました」
「? 何を?」
「あの片眼鏡が封印のカギになっていますので壊れると封印も解けます。ただ、そう簡単には壊せない様になっていますのであしからず」
テーブルに肘を乗せ、手を組んだ姿勢で男は話している。
「取り外すことは可能ですが、何処かに置き忘れても手元に戻ってきます。まぁ、身体の一部と想っていただいて構わないかと」
「成る程」
身体の一部か。それなら失う訳には行かないな。
「じゃぁ、今までの事を踏まえて魔王さんに聞くんだけれどね」
「はい」
イリスが男に顔を向け話す。相変わらず目は細いままだが。
「何で私達にあの娘を預けるんだい?」
そう。一番聞きたいのはそこだ。何の目的で俺達に預けようとしているのか。
「……」
男は黙って視線を落としている。
「今更人だからって理由で人の中に戻す、なんて言わないよね?」
「……そうですね」
男がゆっくりと口を開く。
「最初にも言いましたが、私もできればこんな事はしたくないのですがね」
フウ、とため息を一つ吐く。
「貴方達ですから言ってしまいましょうかね」
男は視線を上げて俺とイリスを交互に見る。
「私はあの娘を次期の魔王にしようと想っています」
聞き間違いだろうか? あの娘を魔王にすると聞こえたが。
「……え?」
「また聞こえませんでしたか? あの娘を魔王にする、と言ったのです」
どうやら聞き間違えでは無かったらしい。
「あの娘を魔王に? 人間を? 正気か?」
「えぇ。本気も本気です」
男は笑顔で話している。本気か嘘か分からない。
「まだ若いですが、もう少し時間があれば実力的にも魔王に恥じないものとなるでしょう」
「だからと言って人間を魔王になど!」
「そう。それです」
ピッとこちらを指差す。
「え?」
「人間を魔王にする事に少なからず身内からも反対の声があるのですよ」
「そりゃそうだろう」
仮にも敵対関係にある人間を自分達の王にするなどと誰が考えるだろう。
「だから人間の所に帰す、と?」
「いえ、それは違います」
男は軽く左右に顔を振ると続けた。
「あくまでも私の意見は変わりません。あの娘を魔王にする。それは変わりません」
男はティーカップに手を伸ばす。一口飲むとまた話を続けた。
「ただ、本人に決めてもらおうと想ったのですよ」
「本人に?」
「えぇ、そうです」
本人に決めてもらうとはどうゆう事だ?
今のあの娘は自分の事を魔族と想っているのだろう。なら必然的にあの娘が選ぶのは魔王… とゆうことになりはしないだろうか?
「本人は自分を魔族だと認識している様ですからね。そのままであれば自然、魔王へと道は拓かれるでしょう。
しかしそれではあの娘が選んだとは言えません。なので今回の事態と相成った訳です」
男は相変わらずテーブルに肘を付き、手を組んで話している。
「一時的に記憶を封印して人間と共に時間を過ごす。つまり人間を直接見て決めてもらおう、とゆう事ですね」
「記憶を封印したら魔族と暮らしていた頃の事も忘れてしまうんじゃないの?」
「いえ。先程も言ったように封印するだけです。消し去る訳ではありませんので、機会を見て封印を解きます。その時に改めて決めてもらいます」
「何だかあの娘を都合の良い様に扱っているみたいだな」
男の表情が先刻の無表情から笑顔に変わる。
「そんな心算は更々無いのですがね。そう想われてしまうかもしれませんね」
笑顔のまま視線を逸らすと男は小声で呟く。
「まぁ、反対している連中皆殺せば済む話なんですけどね」
「おいっ!?」
物騒な言葉が聞こえた気がするのだが。
「ハハハ。冗談ですよ、冗談」
男は笑っているがその笑顔の中心にある目が笑ってはいない。
「どーするんだい?」
イリスが男に向けて話し掛ける。こちらも相変わらず背もたれに体重を預けて頭の後ろで手を組んでいる。
男は、うん? と言った感じにイリスの方を見る。
「どうする、とは?」
「あんたは自信があるみたいだけどね。もしあの娘が人間側になっちゃったらどうするのさ」
そうだ。どちらかを選ぶとゆうのなら、その可能性もあるのだ。
「どうもしませんよ。あの娘の選択を尊重します」
この男、分かって言っているのだろうか? 人間側に付くとゆう事は。
「魔王と敵対するって事だよ?」
「そうですね」
イリスの言葉に笑顔で返す。本当に分かっているのだろうか。それとも余程自信があるのだろうか。
「余裕だねぇ。魔族を選んでくれると想ってるんだね」
その言葉に対する男の答えはひどく不思議な言葉に聞こえた。
「いえ。本当にどちらでも構わないのですよ。人間側に付いたとしても私は構いません。あの娘に討たれるのならそれはそれで構わないのです」
聞き間違いか。魔王が人間に討たれても良いと聞こえた気がするが。
「今あの娘に討たれても良いと聞こえた気がするのだが」
「えぇ。そう言いました」
男の言葉に嘘は感じられない様に想う。どこまで信じられるかは、分からないが。
「あぁ、でも抵抗はしますよ? 私だって簡単に死にたくはないですからね。それとあの娘以外に討たれてやるつもりは毛頭ありませんが」
イリスを見て男は口の端を吊り上げる。それを見てイリスもにぃっと口の端を上げる。
「どうしてそこまで言えるんだ? こう言っては何だがあの娘は人間で、お前の敵だろう?」
「あの娘に限って言えば、それは違います。何て言えば良いのですかね」
男はう~ん、と少し考え込んで答える。
「そうそう。私はあの娘が好きなのですよ。これが一番近い、ですかね」
「魔族にも好き嫌いがあるのか」
「勿論あります。ただし、人間で言う所の好き嫌いではなく、気に入るか気に入らないか、と言った所でしょうかね」
男は軽く頷いて言葉を続ける。
「私はあの娘を気に入っていますので、あの娘が出す答えを否定はしません。
貴方達に預ける理由をもう一つ付け加えるとしたら… そうですね。腕試しといった感じですね。もしこの先魔族と相対しても倒していただいて構いませんので。その時はあの娘共々遠慮なさらず」
それに、と男は続ける。
「先程私に余裕がある、と言っていましたが、あの娘が人間を否定する可能性もあるのですよ?」
「何だと!?」
「お忘れですか? あの娘が住んでいた村を壊滅させたのが誰だったかを」
「あ……」
「まぁ、その記憶を想い出させるには最初の封印も解かなければなりませんからね。その選択肢を選ぶ可能性は低いですけれど」
そうだった。男の話を信じるのであれば、あの娘の居場所を奪ったのは同じ人間だったのだ。
男は話を進めようとしていたが、手を向けて制止する。
「ちょっと待ってくれ。話に頭が追いつかない」
「どうぞどうぞ。まだ多少は時間がありますからね」
そう言って男はまたティーカップに手を伸ばした。
夜空に浮かぶ月は静かに輝いていて、夜がまだまだ永い事をその身をもって教えてくれた。




