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☆その拾


「さぁ、できたよ」

 そう言って男が皿を正方形のテーブルに乗せていく。イリスが座り、隣に俺が座る。料理を並べ終えた男はイリスの正面に座った。

「では、いただきます」

「いただきまっす」

「どうぞどうぞ」

 言うが早いかイリスが肉を切って口へ運ぶ。

「ん~、うんまいね~」

 顔が綻んでいる。確かに旨い。俺達が焼いたのは唯の肉でしかなかったが、これにはしっかりと下味を付けつつもちゃんと肉の旨みを感じる。

「旨いな」

「お褒めに預かり光栄です」

 男が笑顔で答える。

「シグ、スープもうまいぞ」

「ん、あぁ。 本当だ」

 決して濃い味付けでなく、むしろ薄味なのだがしっかりと旨味を感じる。

 男に目を向けると嬉しそうに笑っていた。

「そう言われると嬉しいですね。作った甲斐があります」

「しかしな…」

 テーブルを見回す。どう見ても三人分ではない量の品が並んでいる。

「作りすぎじゃぁないか?」

 食べ切れない量ではないが、男がそれ程食べる様には見えなかった。

「いやぁ、いつもの癖であの娘の分まで作ってしまいましてね。あれで結構食べるんですよ、あの娘」

 男は少女に視線を移して微笑んでいる。

「あの娘の分を残しておかなくていいのか?」

「えぇ。考えてみたら私が居た痕跡は無い方が良いんですよね」

「? どうしてだ?」

「一応あの娘の記憶は封印しているのです。なので魔族の私に関連する物があるのは出来る限り少ない方が良いのです」

 男がこちらに向き直り説明を続ける。

「まぁ、それくらいで解ける封印ではないですけれど。念の為、とゆうやつですよ」

「何でそんな事… ぁ、自分の事、魔族と思っているんだったか」

「えぇ」

 男は小さく頷く。

「貴方方と一緒に行動するのにそれはマズいでしょう? なのでそうさせて頂きました」

「成る程」

 こちらも頷き返す。確かにそうだろう。

 いくら人間であっても自分を魔族と想っているのだからそのままでは人間と行動を共には出来ないだろう。

「そうゆう訳で皆さんで食べてしまって下さい。…食べ切れますよね?」

「楽勝楽勝」

 イリスが楽しそうに料理を口に運んでいく。あれ程あった料理がどんどんと皿の上から消えていく。いつもながらどこに収まっているんだと想う。

「それは乙女の秘密~」

「ダメですよシグさん。そんな事考えては」

 言葉に出した心算はないのだが、二人にそんな事を言われた。

 まさかの言葉に驚いたが、ここで態度に表しては相手の思う壺。表情を崩さずに言う。

「そ、そそんな事想って…」

 ……どうやら失敗したらしい。イリスがあはは、と笑う。男が口の両端を上げてくっくっく、と笑っている。

「チクショー!!」

 俺は一人空に向かって食事中にも関わらず叫んだ。



 食事を始めて暫く経った。既に陽は落ちて辺りを照らすのは焚き火の温かい光だけ。

 テーブルの上にあった皿は片付けられていて、代わりにティーカップが三つ置かれている。

「さて、ご飯も食べ終わったし、話を聞こうか」

 イリスが徐に切り出すと、男は持っていたティーカップを置く。

「そうですね。さて、何から話せば良いのやら」

 顎に手を当てう~ん、と考え込んでいる。

「お二人は”時の勇者”のお話はご存知ですか?」

 また”時の勇者”か。最近よく聞く言葉だ。

「うん、知ってるよ。お伽噺だろう?」

「人間の間ではそうなっている様ですね」

「違うのか?」

「話の大筋は同じですがね。実際にあったお話ですよ」

「へぇ、そうなんだ」

「えぇ、討伐されたの私ですし」

 想わず椅子からずり落ちそうになった。男はニコッと笑顔で続ける。

「まぁ実際討伐された訳では無いのですがね」

 そう言って、男は両手を組んで肘をテーブルに乗せる。

「随分軽く話すね」

「そうですねぇ。もう四百年も前の話ですからね」

「四百年…」

「はい」

 まだ三十年も生きていない自分には、四百年とゆうのがどれ程の永さなのかよく分からない。ただ、永いとゆう事くらいか。

「当時私は、…いや、私達は人間と争っていました。今でもそれは変わりませんが、頻度が違っていました。それこそ毎日の様に争っていたのです」

 男は視線を合わせず淡々と続けていく。

「そんな日々の中、ある時ある場所で強い魔力が生まれるのを感じました。私はその存在をこちら側へ引き入れようとして、その場所へ向かいました」

 ティーカップに手を伸ばし、一口飲むとゆっくりと続けた。

「そこはとある人間の集落でした。何の変哲も無い。街…ではなく村ですね。

 私は強い魔力を感じる方へと進んで行くと、そこには小さな家が建っていました。見ると、その家の周りには人が集まっていました。何かあったのかとその内の一人に聞いてみた所、この家で赤ん坊が生まれたとの事でした。

 窓からそっと覗いてみると確かに生まれたばかりの赤ん坊が見えます。…そして魔力はその赤ん坊から感じるものだったのです」

 男は懐かしそうな表情で話している。そりゃぁ四百年も前の話ならそうだろうな、なんて想う。

 イリスはイリスで頭の後ろに手を組んで椅子の背にもたれている。

「私は集まっている人間を分け入って家に入り、赤ん坊を抱いている男性とベッドで横になっている女性の前へ進むと、この子供はとても強大な力を持っている。私達の力に加えたい、と言いました。

 少しの静寂の後、笑い声が上がりました。まぁ、そうでしょう。大の男が生まれたばかりの赤ん坊に何を言っているのかと。

 私はそこで力を少し解放しました。村人はやっと気付いたのか家から退散していきます。

 目の前の男性は女性に赤ん坊を抱かせると、私と女性の間に立ち塞がりました。

 ふと周りを見ると、先程逃げ出したと想っていた村人の面々が武器を手に集まっていました。子供は皆の宝だ、とか。村の未来を奪わせない、とか言っていましたね」

 男はフフッと微笑んでいる。

「私のことを知らないのか、とも想いましたが、街や国の中心から距離の離れたここは戦渦にまみれておらず、そうゆう話も噂位にしか聞いていないと後で知りました。

 私は一歩ずつ進みましたが、男性はその場を動きませんでした。男性を押し退け、女性が抱いている赤ん坊に手を伸ばした時それは起こりました。赤ん坊が泣き始めたのです。

 それは、ただの泣き声ではありませんでした。周囲に影響はありませんでしたが、私はその魔力の放出にそれ以上手を伸ばすことが出来ませんでした。

 仕方なく私は戻る事にしました。また来る、と言ってその家を後に拠点へ戻りました」

「魔王が赤ん坊に負けたのか~」

 ニヤニヤと笑いながらイリスが言う。おいおい想っても口に出すなよ。

「えぇ、そうなりますね。その赤ん坊の魔力は私と比べればまだ弱かったので、私が負けることはなかったでしょうが大事な戦力を潰してしまいますからね。私が折れましたよ」

 爽やかな笑顔で男は答える。むぅ、なんて大人な対応。

「それからその村に訪れる事が多くなりました。さすがに毎日、とゆう事はなかったですけれど。最初の内は村人の妨害に遭いましたが、やがてそれも無くなりました」

「…殺したのか?」

 先程までの穏やかな表情を引き締め、俺は聞く。魔族である以上やはりそうなのか。

「いえ、殺していません。私が人間でないのは分かっていた様ですが、魔王である、とゆう事は知らなかったみたいですし。魔族の交渉人位に想っていた様ですね。

 まぁ、赤ん坊に負ける様な魔族ですからねぇ。それに目的は赤ん坊ですから。村人には手を出さなかったです」

 安心してください、とこちらを向いて言う。どこまで本当の事かは分からないが、頷いてみせる。

「その村に訪れる時間が永くなるにつれ、私が赤ん坊の両親と話をする時間も永くなっていきました。

 当初は勿論警戒されていましたし、連れて行きたい目的を話したら、絶対に駄目だと断られましたし。まぁ、確かにそうですよね。人殺しの手伝いさせるのに、首を縦に振るわけが無い。強引に赤ん坊だけ連れて行くことも恐らく出来たのでしょうが、当時の私はそうせずに通い続けていました」

「どうして?」

 ん? と男がイリスの方を向く。

「どうして連れて行かなかったんだい」

「それは…ですね。きっと楽しかったのですよ」

「楽しい?」

「はい。その二人の人間と逢うのが」

 焚き火の明かりに照らされて、男の微笑んでいる顔が見えた。それこそこの男が本当に魔族なのか疑わしく想える位に。

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