☆その壱
この世界には代々伝えられている物語がある。曰く、
『その昔、魔族を率いて世界を滅ぼそうとしていた魔王は数名の勇敢な人々の活躍により倒され、世に平和が戻った。その勇敢な人々を”時の勇者”と呼び、皆で称えた』
とゆうものである。
人々はその物語を信じる者もいれば、お伽噺だと捉える者もいた。
しかし現在魔王と呼ばれる存在が現れ、魔族の活動は活発化し、お伽噺を信じる者も信じていなかった者も”時の勇者”が現れるのを待ち望んでいた。
陽が落ちはじめ、空が暗くなり始める頃。とある森を切り開いて作られた街道。その脇の開けた場所にて。
「勇者どの、夕食が出来ましたよ~!」
勇者と呼ばれた女性はその声に気付かずに腕を枕代わりにして横になっている。
「おーい。ご飯できたってよ」
傍に座っている頑丈そうな鎧を着た男性が、女性の肩を揺すって起こす。
「ん? ん~…」
女性は欠伸をしながら背伸びをしている。
「もう出来たんだ。早いね」
そう言いながら、大きなローブを纏った少女の傍へ歩いていく。
「勇者どのが急かすからですよ。元よりそんなに凝った物は作れませんけれど」
少女は地面に布を敷き、夕食を盛ったお皿を並べながら答える。
二人が食事の近くに腰を下ろす。
「よし、じゃぁいただきます」
「いただきます」
「はい、どうぞ~」
そうして勇者が勢い良く夕食をお腹に収めていく。
「そんなに慌てなくても誰も取ったりしねーよ」
男性が半ば呆れ顔で呟く。
「そうですよ。おかわりもまだありますし」
「お、このスープうまい」
肉を口一杯に頬張り、スープで一気に流し込んでいく。
「ありがとうございます。あ、勇者どの、野菜も食べなきゃダメですよ」
「うぇ~。肉食べさせてよぅ」
女性はいかにも嫌そうな、面倒そうな顔をする。
「食べちゃいけないなんて言ってないです。肉も野菜もバランス良く食べましょうね、ってお話ですよ」
少女はそう言って女性の前に置かれた取り皿に野菜を炒めたものを盛り付ける。
「うひゃぁ…」
「まぁ、君が一緒に旅する前の食事はアレだったからなぁ…」
男性は以前の食事を思い出した風に苦笑いする。
「二人とも料理はできない方だから、ただ肉を焼くだけ、とか。そんなのばっかりだったな」
「うん、そうだったねー」
「それはいけませんよ。お二人とも身体が資本なんですから、ちゃんと栄養取りませんと」
少女がスープを取り分けながら答える。
「…何だか母親と話している気がしてくるな」
男性が少しばかり難しそうな表情になる。
「あははは。なら、もっと言いましょうか? 戦士どの、ちゃんと食べないといざとゆう時動けませんよ?」
少し大きめの片眼鏡を左手で掛け直しながら、少女は言う。
「やめてくれ」
そんな話をしながら、食事の時間は過ぎてゆく。
「ごちそうさん」
「うん、ごちそうさま」
「おそまつさまでした~」
食事も終わり、少女は食器をまとめて持っていく。
「ちょっと洗いに行ってきますね」
「いってらっしゃ~い」
「気をつけてな」
「大丈夫ですよ~」
右腕を巻くって、男性に笑顔で力こぶを見せる。そして三人分の食器や調理に使った鍋を持って、近くの小川の所まで歩いていった。
「…むぅ」
男性は少女の背中を見ながら呟いた。
「ん~? どうかしたかい?」
背中を岩に預けて女性は答える。
「いや、あの子と一緒に旅する様になってもう七日も経ったのかと…」
「あぁ、そういえば。早いねぇ」
視線を空へ向け、星を眺める。陽はすでに沈み、暗い夜空に星が輝いていた。