ムーンハイツ
マスター、(Again第5部)への追加編集、及び(ジャック第3部)までの執筆ありがとうございます。また第5部も素晴らしいです流石ですね、でもジャック第6部は第5部の続きではありません。第5部は私の依頼に応えてマスターが創ったストーリーそれを読む綾瀬逸見は・・・さあ何処にいるのかしら?
ムーンハイツ201号室、大原宅。初夏の午後の陽射しが差し込む
リビングでコーヒーを入れる大原逸美(旧姓・綾瀬)が大きなお腹をさ
すっていた彼女は妊娠8ヶ月だ。レギュラー用フィルターに粉砕した
コーヒー豆」を入れ熱湯を注ぐ。
最近ようやく彼女はブラックコーヒーを美味しいと感じる様になった。
ここまで長い道則だった。まず、ミルクを抜き砂糖を少しずつ減らして
いった。やっとブラックで飲めるようになっても最初は美味しいとは感
じなかった。最初からブラックコーヒーが美味しいと感じる人は少ない
だろう。しかし一度ブラックコーヒーの味を知ってしまうとミルク砂糖
はコーヒー本来の味を著しく阻害するもの以外の何物でもない。
苦味、渋み、酸味のバランスからくる、ほのかな甘味、それこそがコ
ーヒー本来の味なのである。
彼女はは何時もブラックコーヒーを飲むマスターに憧れを抱いていた
何時か自分もブラックが飲める渋い大人になろうと。
何年かの訓練の末彼女はやっとブラックコーヒーを美味しいと感じるよ
うになった。
エアコンの効いた初夏のリビングで熱いブラックコーヒーを飲みなが
ら彼女は考えた。
恋愛も同じではないか。砂糖もミルクもいらないセンチメンタルという
言葉さえ甘ったるいカフェオレのように感じる。
苦味、渋み、酸味、痛み、そのバランスから来る微かな甘味こそが恋愛
を極めた者が行き着く最終回答なのだ。
文夫はコーヒー馬鹿だ。この味を追求し続け最終回答にたどり着いた
のだろう。
そして自分も今そこに向かっている。熱いコーヒーを飲む大原(旧姓
綾瀬)の頬に大粒の滴が流れ落ちた。センチメンタルだなんて言わせない
「めっちゃいいやん」
熱いマグカップを両手で包み呟いた。
彼女のスマホにはAgain第5部の追加部分が写っていた。
あのバレンタインの夜の事を彼女は思い出していた。マスターとの呑み会
の後アロームの店舗を出、更衣室へ上がる階段室に入ると1階と2階の間
の踊り場で奥さんは待っていた。マスターは店舗に残っていた。彼女は奥
さんを真直ぐ見上げた。いや、睨んだのかもしれない。
しかしすぐに目を背け
「ゲームかな・・・って言われました」
不覚にも涙声になった。
「ごめんね」
「奥さんに謝られても困ります」
涙が溢れ出す。
バレンタインの前の日、彼女は奥さんから電話を受けた
「全部じゃないけどだいたいはしってるのよ」
「なにがですか?」
「あなた達の事、明日プレゼントするでしょ」
「・・・・」
「お願いがあるの・・・綾瀬さんからマスターに聞いて欲しいの(どういう
つもりかって。はっきりさせた方がいいと思う」
「もし彼があなたを選んだのなら、私、潔く身を引くわ」
「もし私を選ばなかったら?」
「それは、あなたが決めることよ、結果は私に言わなくてもいいのよ。ただ、
確認して欲しいの。彼の気持を。それはあなたにしか出来ない。おねがいね!」
そう言って奥さんは電話を切った。
1階から奥さんを見上げると彼女も顔を背けていた。
「私の負けですね」
「どちらが負けというものではないのよ」
奥さんも涙声だった。背けていた顔を真直ぐ向け涙の流れる目で綾瀬を見つめた
「マスターを信じていたんですか」
「信じていた訳ではないわただ・・」
「ただ?」
「綾瀬さんより少しだけ文夫君・マスターの事知ってただけ。だから、これだけ
は、はっきり言える文夫君は、マスターは綾瀬さんの事、すごく大切に思ってるのよ」
「どういう事ですか?」
「何時かわかる日が来るわ」
感情が高ぶって泣き崩れないよう必死に耐えた、これ位の涙なら、マスターに悟
られずにすみそうだ。更衣室に上がり着替えを済ませてから2~3分気持を落ち
着かせた。目元のメイクをやり直す。
1階に下りるとマスターが手提げ金庫を持って待っていた。そのまま自宅へ上
がるのだろう。
「お疲れ様です、失礼します」
何事も無かったかの様に明るく言って慌てて背を向けた。歯を食いしばったが涙
が出てきた。
「お疲れさん」
マスターは気付いてない様だった。