茜色の約束
千尋に借りたUSBに入力されていたものは間違いなく綾瀬逸美によって書かれた
Again第9話だった。何故、千尋がこれを?
まるで待っていたかのよう仁Again第9話を読み終えた文夫の携帯に
着信が入った。ディスプレイに(マツコ)が光った
「どーしたんマツコさん」
「そーなのよ、あたしさー」
千尋がDXの物真似で言った。
「誰がマツコや!!」
{ありがとうのりつっこみ}
「あ・・ごめん」
「ロック解除できたん?」
「もちろん!!これマツコさん書いたんちゃうやろ」
「マツコちゃうって!!」
「ほんだら誰が?」
「ち・・ひ・・ろ」
{そ・・そんな力入れて言わんでも}
「霞が先輩連れて呑みに来てな・・その人からパン屋さんに渡して欲し
いってUSB預かってたんや茜さんって言うてたわ。今夜また来るって
言うてたけど」
「分かった今夜行くわ!」
「待ってまーす!」
彼女はストーリーをどうするつもりなんだろう。Sheに行けば手がかり
があるかもしれない。
「いらっしゃーいパン屋さん!!」
Sheのドアを開けた文夫に千尋がカウンターの中から迎えたが、文夫は
カウンターの女性を見て動けなくなった。遠目にもはっきりと美しさが
伝わってくる。妖艶な雰囲気をかもし出すシルエットの漆黒のドレス、
美しく整えられた長い黒髪、目元はサングラスで覆われているが端正な
顔立ちは美人でしかありえなかった。
カラオケのイントロが流れ始めた。いきものがかり、(茜色の約束)
カウンターの女性は静かに唄い始めた。静かな歌い始めからサビに向か
って力強く盛り上がっていく。一途な女性の恋心を歌ったこの女性の恋
が成就しない事を、もの哀しげなメロディーだけが伝えている。文夫に
はそう思えた。
「やがて別れが訪れても」
サングラスをとり文夫を見つめながらまるで彼へのメッセージのように
に力強く彼女は歌い上げた。
「茜さんです」
カラオケの演奏が終わると同時に千尋が紹介した。
女性は美しく微笑み自分の隣の席を文夫に示した。今夜は他に客が一人
もいなかった。
綾瀬逸美だった。漆黒のドレスの胸元にピンクゴールドとシルバーの
リングをトップに付けたネックレスが輝いていた。
彼女の前にはまだ、飲み物がなかった。着たばかりなのか。
「マティーニを!」
美しく微笑みながら彼女は千尋に注文した。
ガールズバーとは名ばかりのスナックもどきのこの店にそんな小洒落た
もんありますかいな、と思っている文夫の前を美しいカクテルグラスの
マティーニが横切った。
うっそおーーーこの間オーナーが白浜でお土産に買ってきていた梅干で
もは入ってるんちゃうか。しかしグラスに入っているのは、確かにグリ
ーンオリーブのようだった。
「ろくろうさんですよね。Againは楽しく読ませて頂きました。第9部
はいかがですか。」{標準語イントネーションですか?}
「途中までは良かったんですけどね。言いたくないけど最後はひどい。」
綾瀬はクスクス笑った
「そう言うと思いましたよ」
「あれじゃ、先が続けられない」
「そうですね、終わらせたんですから」
「あんな終わり方って無茶苦茶な」
「確かに無茶苦茶ですけどAgainをあのまま続けておもしろいですか、
かったるい。読者はそんな事は望んでいない」
「じゃあどういう?」
{やっぱりこういうシリアスムードではこてこての関西弁はあえへんな}
「今この物語を読んでるろくろうさんもそろそろお気付きでしょう。この
物語はAgainを既に吸収しています。Againという物語を書いたろくろ
うさんと、その続きを書いた茜の物語なんです・・・どうです?・おも
しろくなってきたでしょう」
「でもすうすると・・」
「そうです、ろくろうさんがAgainを投稿するに至った経緯と千尋さんか
らUSBを預かった経緯を投稿して頂きます。何部目になるかは分かりま
せんが、ロックが解除され第9話が出た事まで書き記して終わって下さ
い。その後に私が(茜色の約束)を投稿します。
「タイトルは?」
綾瀬は煙草に火を点け真直ぐ前を向いて真っ赤なルージュの口をすぼめて
煙を吐いた。その煙の中からくっきりと文字が浮かび上がってきた
「 ジ ャ ッ ク 」
「この物語は、うちは、Againをジャックしたんや。その事は第9話を投
稿して、あとがきで読者に告げる」{か・完全に関西弁やー}
「そ・・そんな事、だいいち僕が承諾せんと・・・」
不意に綾瀬が文夫の唇を奪った。長く熱いKISS、煙草の臭いは全くしない。
代わりにコロンの甘い香りがする。
「物語の中だけやからな・・もう分かってると思うけど、これは全てうちが
書いた物語の中のことや、つまりマスターは・・」
「わかりました・・煮ようが焼こうが好きに・・・」
文夫の横を白い湯気の様な物があがった。{嫌な予感!}
「や・やっぱりいくらなんでも煮るのと焼くのは・・」
いつの間にか文夫の正面にいた綾瀬の手にちらちらと炎が上がるバーナーが
あった。微笑む綾瀬の持つバーナーから猛烈な火炎放射を受け文夫はアフロ
になった。
「コントやな・・・あ‘----」
煮えたぎる大鍋の中に文夫は落ちていった鍋に落ちる瞬間のんきな顔でこち
らを見つめるカピバラの親子と目が合った。
「な・・なんでやねん!!」
ようやく綾瀬のいるカウンターに戻っていた。
「これって、なにか意味あんのん?」
「まーこれがエンターテイメントってもんやろ!」
綾瀬は文夫の正面から顔を覗き込んだ
「かってに二人の思い出全部描きやがって。逆にうちが承諾せんかったら投
稿も続けられへんはずやけど」
文夫の両方の頬をつねる。無様な文夫の顔を間近から睨み
「星野・栄巣・・・お前はウルトラマンか」
「シュワッチ!!」
「せんでええ!!」
「いや・・主人公はこれくらいでないと」
「自分の都合の悪い事は描いてないし」
「いや・・そんな事は」
綾瀬がまた詰め寄ってきた。
「無いわけないやろ!!」
「あーあー・・・・」
「知っているのに知らん振りー、なーぜ・なーぜなのー」
以前にも聞いたことがある
「なんですか。それ?」
聞いてきた千尋に綾瀬と文夫は同時に答えた。
「お父さんに聞いたら分かるかも」
「お父さんに聞いたら教えてくれる」
「あ・頭おかしいんちゃうかエロじじいって」
文夫は思い出して言った。
「あーあれは・・・言うたな。・・勢いってやつや」
綾瀬はあっけらかんち言い放った
「うちもマスターの事・は?」
綾瀬はニヤリとした
「知りたい?」
「い・いや止めとくわ」
「さあ、後はビジネスの話や、店出よか」
店を出ると15mmのロールスロイスのリムジンが留まっていた。ドアは
開きレッドカーペットが敷かれていた。白髪の執事が深々とお辞儀してい
る。リムジンに乗り込んでいくらも走らないうちに目的地に着いた。
夕日の沈む浜辺だった。
「さっき深夜やったのに」
「男の癖に細かい事いいな」
「ラブホかとおもったわ」
「リムジンで行くとこか、誘う勇気も無いくせに」
「サンセットビーチもやけど」
「商談成立したらラブホいったる」
「え・マジで!」
「スケベ!」
「商談成立せん訳ないやん綾瀬さんがこれ書いてんねんから」
「そーゆーこっちゃ」
「どーいう事なんねやろウキウキしるわ」
「まーベッドインした次の瞬間、翌朝ってとこやろ」
「え・それだけ」
「物語の中の事やし生々しいのん嫌やし」
「じゃー僕は何をしたら?」
「それしか考えれんのか」
「ビジネスの話ですけど」
「・・・まずはアドレス、IC、パスワードをこのUSBに入力して千尋に渡して
それからさっきも言うたけどAgainを投稿するに至った経緯、うちのUSBを
受け取った経緯、あとAgainに描かれるべき二つのエピソード、それを入力
したらAgainは完結してください。もし出来るなら、(茜色の約束)の次の
話と」
「あれ・やっぱり描かんとあかんのん?」
「当たり前や、そーせな第9話の辻褄が合えへん」
「辻褄がどーこーという話か?」
「あれは、ジャック全体にも関わる大事なエピソードや」
「ジャック・・か」
「もちろんジャックの著者は綾瀬逸美や印税は」
「印税なんかはいるん?」
「これは前代未聞のストーリージャックや物語の中から登場人物が出てきて
物語の著者になってしまう。こんなおもろい話、出版社がほっておく訳な
いやろ」
「心配すんな全部は持っていけへん・6:4てとこやな」
「4、が・・」
綾瀬の人差し指が文夫の頬に食い込んだ
「やっぱり!!」
「まーそう言う事で、この後頼むわ・・あ・・くれぐれも濡れ場に持ってい
くなよ」
「はあーーーーーー!!」
長い溜息をつく文夫の頬に綾瀬がKISSをした
健闘を祈る」