ピンクゴールドとシルバー
3ヶ月ぶりに文夫はSheに来店した。そこにはもう霞の姿はない
しかし彼はもう次の物語の中にいた。綾瀬逸美と再会という。何故文夫はAgainを書いたのか、そして今何故ジャックを書いているのか
カウンターの中から千尋の吸った煙草の煙が漂ってくる。煙草を
吸わない文夫に気を使って霞が彼の前で喫煙することは少なかった
が、客も含めたこの店に出入りする全ての者は喫煙者である。
「この間の小説の続きどーなったんですか?」
千尋の隣にいたサエが話しかけてくる。あまり話しをしない文夫だ
が時々、観た映画や、小説について語ることがある。その話にサエは
何時も興味を示してくる。前に来た時、いくつかの物語の話をして
その時読み始めていた小説の話をした。
「いまいちやったなー、貧乏な二十歳の女の子と同い年の金持ちの
息子が出会い系で知り合ったってやつやろ・・最後に心中してしま
うねん、ありえへんわ!、そもそもこの無理矢理っほい出会いが気
に入らん、しかも男はハンサムで女の子もべっぴん、世の中ハンサ
ムと金持ちで回ってるんちゃうって」
「なんか今夜は熱弁ですね」
「あ・サエちゃんがべっぴんなんがいかんって言うてんのんちゃう
で、全部がハンサム男が持っていかれるのが我慢ならんのよ」
「そりゃハンサムがいいですよ」
「僕かてべっぴんさんがええよ」
「大丈夫ですよ」パン屋さんそこそこハンサムですよ」
「ありがとう」
営業トークだと分かっているが調子は合わせておこう、その方が話
が続く。彼女とは話が合いそうだ。
「100万部売れたサスペンスも読んでんけどそれも金持ちのお嬢
さんが不倫する話やし、しかもバッティングセンターでの偶然の出
会い。・・出会いなんかそんなうまいこと向こうからやって来てく
れへん。せやから高い酒呑みにこういうとこ来るんやん」
「パン屋さん出会いを求めてるんですか?」
「サエちゃんこうして話してくれるやん。居酒屋で隣に座った女性
になんか絶対話しかけられへん」
「そういうタイプですね」
「僕、ひねくれてるから、ファンタジーとか読んだらバカにされて
る気分になるし、リアルなんはおもしろ味ないし」
「映画も小説も、えらい特殊の登場人物出してくるけど、観る方は
ほとんどが、ありきたりな人間やろ、何処にでもいる人が、普通に
出会ってそれでいておもしろく展開していく。そんな話ないかなー」
「パン屋さんが書いたらええやん」
「実は今、執筆中やねん」
「え・マジで!!」
「最近書き始めたとこやねん」
「えーすごいですね小説なんか書けるんですか。どんな話ですか?」
「42歳の既婚男性と16歳の女子高生の恋の話」
「もっとありえへんやろ」
何時の間にか隣に来ていた千尋が突っ込みをいれてきた。
{おまえがいうな!!}
「それが結構あるんやなー」
「作り話やろ」
「あたりまえや」
「願望ちゃうん」
「そうや、て言うか妄想やな」
「わ・・キモッ!!」
「サエちゃんと話してるんですけど」
「はいはい」
千尋はあきれ顔げむこうへ行った
「読んでみたいです」
「今サイトに投稿してんねん」
「なんてサイトですか?」
サエはスマホを出した
「小説家になろう・・かな」
「著者はなんて?」
「綾瀬逸美」
「なんで女の人の名前なんですか?」
「いろいろと事情があるんです」
「パン屋さんが書いたんですよね」
「ほとんどね」
「???・・あ・あったこれですか?」
サエはスマホのモニターを差し出したが極度の老眼の文夫には全く
見えない
「た・たぶん、まあまだ8話までしか書いてないんやけど」
「続きすぐに書いてください絶対読みます」
「読んでくれる人がいたらがんばれるわ、まだ誰も感想書いてくれ
へんねん」
「奥さんに読んでもらったらいいじゃないですか」
「そ・それはでけへんねん」
「なんでですか?」
「ま・いろいろあるんよ・・あ・そうやサエちゃんに貰ってもらい
たい物あるんやけど・・・手だして!」
文夫はコートのポケットからイタリアンレッドの包装紙でラッピン
グされた小さな包みを取り出しサエに手渡した。彼女は不思議そう
に包みを見つめた。
「深い意味はないねん、えらい失礼な話やけどこれ霞にあげるつも
りやってんけど辞めてしもたやろ」
「パン屋さんやっぱり霞の事」
また千尋が入ってきた
「これ買うまでそういう気持ちあるんかなあって思ってたけど・・
結局好きになろうとしてただけやったんかなあ」
文夫の水割りを作り直しながらまた千尋が入ってきた。
「なんでかなー」
意味有り気に微笑む
「なんでって好きになるのに理由なんかいらんやろ」
「好きになろうとするには理由がいると思うけど・・前の恋を忘れ
る為とか・・これなんなんあけていい?」
{なんでおまえが}と思っている間に千尋は包みを開きにかかった。
以前、悪酔いした時、千尋には話した記憶がある。その恋の話を、
(ゲーム)という言葉を使ったその話を文夫はよく思い出せない
小さなハート型をしたピンクゴールドとシルバーのリングをトップ
に付けたネックレスを千尋は掲げた
「パン屋さん結構センスいいなあ、奥さんにあげたらええのに」
「あげたよ」
「同じもんをか」
返事の代わりに文夫は頭を抱えた
「あほちゃうか」
「あほや・・・」
まとめて2つ買った訳ではない、イブに霞に送ろうと最初に一つ買っ
たが、イブには仕事でSheには行けなかったので、イブに奈緒さん
の枕元に置いたのだ。後日同じ店で別の物を選ぼうとしたが、これ以
上の物がなかったのだ。それほどこのネックレスの完成度は高かった
ように文夫には思えたのだ。