SRAR DUST
「それで、さっきのいけてないって話やけど」
「あのー綾瀬さん・・・いちおう幽霊なんよね」
「自分でもよー分からんけどそーやと思う」
「幽霊になってまで面と向かっていけてない、いけてないって・・」
「あほやなー幽霊やから面と向かっていけてないって言えるんや生身
やったらとても言えん」
「よけい傷つきますけど」
「マスター・・痛みを感じる事は生きてる者の特権やで」
「そんな特権は放棄したいな。これからもずっと痛みを引きずって生
きていかんとあかんのか」
「整形したらええやん歯列矯正もできるし仮性包茎の手術も簡単らし
いで」
「ちゃうって、なんで幽霊に整形とか歯列矯正勧められんなあかんね
ん」
「仮性包茎の手術も・」
「それ言わんといて、痛みっていうのは綾瀬さんを失った痛みやん」
「それは・・・後で話そ、それより、それ、くれるんやろ」
綾瀬は墓石に置いたネックレスを示した
「あ・・そうやった」
文夫がネックレスを手に取り彼女を見ると
「着けて・・・」
と、ぴょんぴょん跳んだ。抱きしめたくなるほどかわいい。
正面から両手を彼女のうなじに回してネックレスを着けた。恥ずかし
そうに俯く綾瀬をそまま抱きしめたい気分だったが、やめておいた。
その情報を彼女が送ってくれるとは限らない。すり抜けてしまうと
悲しすぎる。
「よう分かってるやん、手だけつないどいたるわ」
綾瀬が文夫の左手をとり夕日に向かって並んで墓石の台に座った。
「お願いがあるねん」
「何・なんでもするで」
「マスターうちの事まだ・・・好き?」
「こっちの情報は全部筒抜けなんやろ。そうでなくてもここまで来た
ら・・・・あ・・言います。言うべきやな。・・好きです。
こうしてる今も、めっちゃ幸せや」
「ほんだら・・一緒に来て!」
文夫を満面の笑顔で見つめて綾瀬は言った。彼の手を強く握った。
「・・・・・・・・・・・」
文夫は今までに無い高揚感が覆った。込みあがる感情を抑えきれず涙
が溢れ出、唇は震えた。それでも、文夫は自分自身を現世に押し留め
る力を無視する事は出来なかった。
「はーーーー・・・俺って結局ヘタレやな・・死・・・死ぬのは怖い」
「ごめんマスター・・・うちマスターの事,試した。一緒に来てくれる
事なんか、うちも望んでない・・・謙遜しても分かる。マスターの
考えてる事は筒抜けって言うたやろ。
奥さんと子供達を残してうちと行くぐらいやったら、あの時
(ゲームかな)ってなんか言ってたはずないもん。・・・・やっぱり
マスターうちの思てたとおりの男やった。マスターは世界一いけてな
いけど、マスターの恋愛は世界一いけてる。うちそう思う。マスター
に惚れられて、うちほんまに幸せやった。」
こんなにシリアスな話なのに綾瀬はずっと。満面の笑顔だった。
感情に関係なく同じ情報を送る事が出来るのだろう。
「どっちも世界一はちょっと極論やろ、なんか複雑な気分やけど綾瀬
さんが幸せって言ってくれて僕も嬉しい」
「でな・・こっからがほんまのお願いやねんけど、(ジャック)を
マスターの手で完結させてほしい。愛し合って結婚して成就する恋
もあるし、成就しない恋もある。うちら、手しか触れてないけど
(ジャック)が完結する事でうちらの恋は成就する。そんな気がす
るねん。そんな恋があってもええやろ。
それと物語の最後に(笑い)を持ってきてほしいねん。湿っぽいの
嫌やから。」
「今のんで十分(笑い)入ってるんちゃうのん」
「まだたらん、大阪人らしくコテコテにな」
「や・・やってみるわ」
「それから、もう一つ、(ジャック)が完結したらまたピアノ弾いて
ほしい。奥さんの為に、
ん・ん・んーーーんんっんんーーーんんんんー」
綾瀬はハミングした。
「スターダスト!」
「そーそれ!」
「奥さんマスターのそれお気に入りなんです」
「奈緒さんは綾瀬さんがお気に入りやって言うてたけど」
「マスターが家でそれ練習してた時、たまたま奥さんがどっかから
帰って来たんです。ずっと、うちが見てる事、奥さん気付いて無か
って、そしたら奥さんその曲聴いて、嬉しそうにスキップして家に上
がって行ったんです。うち、その時メチャメチャ、うらやましいって
思った。マスターと奥さん夫婦はうちにとって憧れやったんです。
せやからマスターに(ゲームかな)って言われた時そりゃ悔しくもあ
ったけど、ほんまに嬉しかった。やっぱりマスターと奥さんは最強の
夫婦やって。うちも何時か結婚してこんな幸せな夫婦になろって思っ
た。まあ、うちはうまい事いかんかったけど。奥さんが見舞いに来て
くれた時ほんま自然にハミングしたわ」
「・・・・ほんだら奈緒さんと綾瀬さんの為にスターダスト弾くわ」
「うちからはそれだけや、マスター,奥さんと幸せにな」
「え・・・待って、綾瀬さん、待って!」
綾瀬の手を文夫は両手で強く握った。その事が何の意味も持たない事が
分かっていてもそれしか出来なかった。
何時の間にか文夫は綾瀬と向かい合わせに通路に立っていた。
「行くなー行くなーーー」
(キンコン・カンコーン・・キンコンカンコーン)
「??????」
綾瀬の掌が文夫の口をまた塞いだ満面の笑顔で軽く顎を上げ文夫の背後
を示した。
「道、空けんと通られへんで」
振り向くと先程の家族が同じ表情だ固まっていた。その瞬間に綾瀬の掌の
感覚は無くなっていた。
「え・・・・」
「す。すいません・・どうぞ」
文夫はまた墓石の台の上に上がり、先程と同じように家族が文夫の前を
通り過ぎた。
「まだまだ暑いですねー」
「ママ、このおっちゃん何で泣いて・」
「シッ・・・そっち向いたらあかん」
(キンコン・カンコーン・・キンコンカンコーン)
「サヨナラ・・マスター・・・ありがとう」
振り向くと綾瀬の姿はもうそこには無かった。
(カーン・・カーン・・カーン・・カーン・・カーン)
チャイムが鳴りやみ、辺りを静寂が覆った。
溢れ出した感情に文夫は押し潰されそうだった。
文夫から少し離れた所で先程の家族が墓参りしていた。
「ママ・・・かせいほうけい・・・ってなに?」
「あなた・・アヤカにへんな事、教えんといてよ」
「お・・・俺なにも言うてないで」
「パパとちゃうって、さっきの、おねーちゃんがな、あの
おっちゃん、かせいほう・・やから泣いてんねんって」
「パパ・・かせいなんとかって痛いのん?」
「別に痛い訳・・・」
「あなた!!!!・・・」
「おねーちゃんなんかいなかったでしょ」
「えーーーいたよ、緑のスカートの、おねーちゃん」
「やってくれたな綾瀬さん・・・」
彼女が悪戯っぽく舌を出してるような気がした
強い西日が(綾瀬家之墓)をオレンジ色に染めていた。
水いれの窪みにネックレスは無かった。