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8話 菓子と試作

かろうじて6月ということで……

8話 菓子と試作



 善は急げと、母に料理に対する熱い思いを打ち明けたその日のうちに、私は準備に取りかかった。

 使用する材料で不足しているものを選び、用意できるものは出入りの商人に頼んでもらう。

 手に入れることのできないものは代替品となるものを探す。

 そして、今回一番重要な鍵となる あるもの(・・・・)を裏庭の空いている場所に作ってもらった。




 翌日。

 料理人たちに使用許可をもらって調理場にこもること、かれこれ数時間。

 調理場の入り口では入れ替わり立ち代り使用人たちが顔を覗かせ、小さなにぎわいをみせている。

 私のしていることが気になって仕方ないようだ。

「お嬢さまはいったいなにをしているんだね?」

「さあ? なにせ あの(・・)お嬢さまのことだから、あたしらには考えもつかないことだろうよ。だけど、良い匂いだねえ」

「ああ。甘くて美味しそうな匂いがする」

「なにが出来上がるのが楽しみだねぇ」

 そんな周囲のざわめきも気にせず、私は調理台で生地を捏ねていた。

 ちなみに、私が半ば追いやってしまった料理人たちは部屋の隅で私のやることを興味深そうにうかがっている。

 たまに私が指示を出して手伝ってもらうこともあった。

 私は生地を練っていた手を止め、隣でグツグツと煮立っている鍋を覗き込んだ。


「あ、サーシャさん、そろそろよさそうです。火を止めてください」


 サーシャというのは恰幅の良いおばさんで、ゼルフォード家で雇っている料理人の一人だ。

 同じく料理人のデノンとは夫婦であり、すでに成人した子供が三人いる。

 寡黙で必要なこと意外口に出さないデノンとは反対に、サーシャはよくしゃべる明るいひとで、今回一番最初に私の手伝いを申し出てくれた。

「はいはい、分かりましたよ、お嬢さま。難しい火加減番に地道な灰汁取り。さてさて、次はなにをしましょうね?」

 くすくすと笑いながらサーシャが言った。

 機械文明の遅れているここには、当然ながらオーブンがない。

 こちらで一般的なのが かまど(・・・)だ。

 火を覆う石の囲いの上に鍋や釜といった調理器具を置くための台が備え付けられ、火によって調理器具を加熱する作りになっている。

 もちろん、一度設定すれば自動でやってくれるようなそんな便利な機能があるはずもなく、火の調節は人の手で行うしかない。

 だが、さすがの私も初めて触れるかまどを一人で扱える知識も技術も腕も持ち合わせてはいない。

 そこでかまどに関して熟練の技を持つサーシャに手伝いを要請したわけだ。

 火を焚くための囲いの中には炎の魔法を込めた魔具が置かれており、正確にはサーシャにはその魔具の調節を行ってもらっている。

 魔具というのは、魔法を簡易的に使うための装置だ。

 魔法使い以外でも発動できる優れものだが、使用法を間違えると大惨事にもなるので、扱いには注意が必要なのである。

 ちなみに、昔は普通に薪を使っていたそうだ。

「では、瓶に中身を詰めてもらえますか?」

 かまどの上の鍋では、砂糖をまぶした果物を入れて煮ていた。

 ということで、現在ジャム作り真っ只中だ。

 下ごしらえは前日から初め、ようやく瓶詰めまでたどり着けたところである。

 そう、ようやく、ようやくここまで来た……。




 私がこの世界に生まれてからもっとも耐えがたかったことは、甘味が存在しなかったことだと言える。

 甘くないお菓子ならばある。

 けれど、甘いお菓子がない。

 料理の薄味もさることながら、私を苦しめたのは専らこちらの問題であった。

 塩に比べて砂糖は安価で手に入る調味料でありながら、例の如くその活用法は大いに限定されていた。


 ケーキに焼き菓子、チョコレート、キャンディー、アイスクリームに果物の砂糖漬け。


 懐かしい味を思い出して、私は口元を緩めた。

 うぅ、考えただけでも唾液が……。


 糖分は脳の栄養だ。


 前世において、頭脳労働のあとの糖分摂取は必須事項だった。

 というか、仲間うちでは名誉か不名誉か、私は偏執的な甘党として名を馳せていた。

 砂糖菓子片手に研究書類を読み漁るのが通常で、それ以外でも口の中に飴玉を入れていないと落ち着かなかったのだ。

 甘味中毒者。

 いつからそんな生活を送り始めたのか、自分でも覚えていないのだが、気付いたときにはもうそうなっていた。

 だから、生まれ変わって、砂糖菓子がないと知ったときの絶望感……あれは言葉には表せないほどの衝撃だった。

 そんな私が四歳の今日まで甘味なしで生きていられるのは奇跡といえよう。


 というわけで、私がまず手をつけたのが菓子作りである。

 多分に私情が混じっているのは否めないが、それもまた文化の発展のためだ、大目に見てほしい。

 ちなみに、バターも存在していなかった……。

 ので、昨日は牛乳を使ってバターを作ってみた。

 できたてのバターと、卵と薄力粉を加えて生地を練り上げた。

 型抜きする器具がないので、小さく丸めて平たく伸ばして鉄板の上に適度な距離を開けて並べる。

「これでよしっと。すみません、サーシャさん。また手伝っていただけないでしょうか?」

「なにをすればいいんです?」

「はい。今度はこれを焼きたいと思うのですが……」

「お安いご用です」

 どんとお任せあれ、と胸を張るサーシャ。

「ええと、焼くのは裏庭のかまどでお願いしたいのですが……」

「裏庭って……昨日、男たちが作ってたアレですか? なにを作っているのかと思ってましたが、かまどだったんですか。でも普通のかまどとは形が……まあ、やってみれば分かりますかね」

 納得したようなしていないような、とにもかくにもサーシャと連れ立って裏庭へ向かった。

 そこには余熱を利用する構造にしたかまど……いわゆる石窯があった。

 石造りの炉に火を焚いて炉内を十分に加熱したあと、燃料を横に退け、焼けた石の上に調理器具などを置いて使う箱型のものだ。

 突貫で作ってもらったものだが、なかなかの出来である。

 見事です、庭師(・・)の皆さん。

 本業でもないのに、私の要求をほとんど実現してくれたのは、心底すごいと思う。

 ただ、さすがに上部を半球体にすることはできなかったのだが、それだけは残念である。

 ……いずれ石材加工技術も考案していこう。

「お嬢さま! あの、これでよかったんでしょうか?」

 私たちに気付いた青年が少し不安そうに声をかけてくる。

 彼はサーシャとデノンの息子でイアンという。

 普段は街でパン屋をしているのだが、もうすぐ再誕祭があるということで、ゼルフォード家の手伝いをしに来てくれていた。

 石窯を覗き込む。

 すでに石窯には火が焚いてあり、中も十分に熱せらているようだった。

 調理場のかまどとは違って、こちらでは薪を使っている。

 魔具の炎ではどの程度まで対応できるか疑問だったので、今回はあえて薪で挑戦してみた。

 パン屋も火を使うだろうに、普段は魔具を使用しているせいか、イアンはどこか自信なさ気だった。

「はい、大丈夫そうです。ありがとうございました」

 火の番をしてくれていたイアンに礼を言い、私は石窯の横にあった火掻き棒に手を伸ばす。

 が、さっと伸びてきた手によってかすめ取られた。

 サーシャが眉を寄せて火掻き棒を握っていた。

「お嬢さま、そんなことはうちの息子にやらせればいいんですよ。わざわざお嬢さまがやることではありません。そうだね、イアン」

「は、はいっ、母さん! 俺がやらせてもらいます!」

 直立不動になって火掻き棒を受け取るイアン。

 なんとも力関係が容易に想像できる光景だ。

 口元が緩むのをこらえて、指示を出す。

「では、お願いします。灰を端に寄せて、これを置いてください。火加減はその都度私が指示しますので、その通りにやってもらえたら助かります」

「分かりました、やってみましょう」

 さて、うまく焼きあがるだろうか。


長くなったので切りました

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