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7話 予定と計画

限界です……。

今まであえて外来語を避けてきたのですが、そろそろ難しくなってきました。

ので、この話から一部解禁させていただきます。

 それはまさに寝耳に水だった。


「お父さまが帰ってくるわ!」


 母の言葉に、私は読んでいた本から顔を上げた。

 本の題名は『魔法倫理学』という、一見難しいようで内容はただの初心者向け魔法使いの心得本。

「お父さまが?」

「ええ。来週末には帰ってこられるそうよ。お仕事も一段落して、しばらくはこちらに居られるみたい。今朝届いた手紙に書いてあったの」

 そう告げた母の顔には、隠し切れない嬉しさが滲んでいた。

 長い間不在だった父が帰ってくるのがよほど嬉しいらしい。

 こんなにはしゃいでいる母を見たのはいつ以来だろう。

 まるで恋する乙女そのものだ。

 娘が言うのもなんだが、微笑ましい。

 両親は貴族にしては珍しく政略結婚ではなく、恋愛結婚だったというから、離れて過ごしていても今なお仲睦まじいのだ。

「そういえば、お兄さまたちも帰ってくるのではありませんでしたか?」

「そうなの! エルティーナも絶対に戻ってくるって返事があったから、久しぶりに家族がそろうわ」

 楽しみね、と母が笑った。

 姉まで帰ってくるとは。

 私が魔法を学び始めて数ヵ月後、兄たちはルストリア魔法学院初等学部へと入学していった。

 この国では、六歳から初等教育、十二歳から中等教育を受けることができるようになっている。

 ちなみに、ルストリア魔法学院は全寮制だ。

 早くから集団生活に慣れさせ、規律を身に付けるのが目的なのだそうだ。

 二人が迎えの馬車に乗る際、あまりに何度も振り返って名残惜しそうに足を止めるので、無邪気な笑顔で「いってらっしゃい」と言って大きく手を振ってみたのは今ではいい思い出だ。


 それにしても、家族全員がそろうとは珍しい。


 なんだか示し合わせたように感じるのは気のせいだろうか。

「お母さま。今度のお休みはなにかあるのですか?」

「あら、シェリーナちゃんは知らなかったかしら」

「? なにをでしょう?」

「今年、あなたは五歳になるのよ」

「そう、ですね」

 確かに私はもうすぐ五歳になる。

 だが、それがなんだというのだ。

 私の誕生日は来週ではなく、まだ先である。

「五歳のお誕生日は特別なのよ。五歳までは『神の子』と言われていてね、それまではまだ『人間』ではなく……そうねえ『天使』とでも言えばいいのかしら。だから、五歳になると再誕祭といって、もう一度この世界に生まれてきてくれたお祝いをするの」

「……再誕祭」

「ええ。再誕祭は五歳の誕生日になる年の浅樹月の第三週末に行われるものなの」

 そういえば、兄たちが五歳になる年にもなにかの催しがあったような気がする。

 父や母の友人だという貴族が何人も呼ばれ大広間で談笑し、開放された中庭には村人たちが贈り物を持って駆けつけてくれていた。

 当時はよく分からなかったが、もしや、というか、確実にあれが再誕祭というものだったのだろう。

 私は普段からは考えられないほどの人に気後れして、最初以外自室にこもっていたのだったか……。




 ああ、そうだ。

 いまこそ、かねてからの計画を実行に移す良い機会ではないだろうか。

 私は内心で意気込みながら母を見上げた。

「お母さまにお願いがあります」

「あら、あなたが頼みごとなんて珍しいわね。いったいなにかしら?」

「調理場をお借りしたいのです」

 思ってもみなかったらしい言葉に、母は首を傾げた。

「調理場? なにをするの?」

「もちろん、料理に挑戦したいのです」

 それ以外になにをしろというのか。

 けれど、母はまだ納得いかなかったようだ。

「だれが?」

「私が」

「どうして?」

「どうして、と言われましても……。そうですね、お母さまや屋敷で働いてくれている皆さんに日ごろの感謝とお礼に。それから、再誕祭のために集まってくれる方々にもお礼ができれば、と」

 というのは建前で、私の個人的な欲求のためであるが……まさかそれを素直に言うわけにもいかない。

 いかない、のだが……母はじっとこちらを見てくる。

 奇妙な威圧感のようなものが怖い。

「……」

「……」

 そして――私はその圧力に負けた。

 小さく息を吐いてしっかりと目を合わせる。


「お母さま。お母さまは今の食事に満足していらっしゃいますか?」


 突然真面目な顔をして疑問をぶつけた私に、母は困惑した様子だ。

 それはそうだろう。

 五歳にもなっていない子供からこんな質問をされるなど、だれも予想などするまい。

「えっと、それはどういうことかしら?」

「はっきり言いましょう。私は今の食生活に不満を抱いています。料理人の皆さんには大変申し訳ないのですが。そもそも献立が少なすぎるとは思いませんか。味が単調だとは思いませんか」

 食生活の改善。

 ようするに、私の欲求はこれに尽きるのだ。




 さかのぼること数年前。

 味も薄く食べ応えのない離乳食を卒業し、ようやく普通の食事ができると喜んだ私に待っていたのは、離乳食とさほど変わりない味気ない料理の数々だった……。


 私はあ然とした。


 もちろん、離乳食に比べて魚や肉などをふんだんに使うが、問題は調理法と味付けにあった。

 ゼルフォード領に関わらず、王国にはたいした調理法がなかったのである。

 とはいえ、生まれてこのかた外国はおろか、ゼルフォード領の限られた場所にしか行ったことのない私には比較対象が少なすぎるかもしれない。

 だが、母や使用人たちに話を聞く限り、この国の料理水準は極めて低いと判断せざるを得ないのが現状でもあった。

 なにせ、専門の料理人でさえ食品の加工方法を『煮る』か『焼く』かくらいしか知らないのである。

 主に食事の中心となるのは厚切り肉や魚の姿焼きで、種類を変えて作られる野菜のスープはほぼ毎食出される定番食だ。

 ……ほかにも『蒸す』『炒める』『揚げる』などたくさんあるだろうに、なぜ思いつかばないのか。

 さらに、料理水準の低迷に輪をかけるのが、調味料の一つである『塩』の不足。

 内陸に位置するこの国には海に面した土地がほとんどなく、輸入に頼っているために『塩』は貴重品だったのである。

 それは平民だけでなく、国内の貴族にとっても同様だ。

 しかし、それでも、だ。

 味付けを工夫しようと思えばいくらでもできたのではないだろうか。

 調味料は『塩』だけではないのだから。


 食事とは生きるための糧、人類にとっての最大の娯楽。


 先人たちはなぜもっと追求しようとしなかったのか。

 私には不思議でならなかった。



「人間は『食』に対してもっと貪欲であるべきです」



 我知らず、さまざまな想いのこもった一言となった。

 かねてからの胸のうちで温めていた考え。

 この国の人々が食事を豊かにするということが苦手であるならば、私が前世の記憶と知識を駆使して新たな料理、調理法を広めていけばいい。

 それが私の思い描く、食生活改善計画なのであった。



 私の言葉を吟味するような時間があり、やがて母が口を開いた。

「そうね、シェリーナちゃんの熱意は十分に伝わりました。けれど、それが料理人の皆さんにどれほど失礼か分かっている? 彼らが作ってくれた心のこもった料理を侮辱しているようなものなのよ」

「もちろんです。けれど、私は料理が不味いと言っているわけではありません。ただ、もっと美味しくするための努力を惜しむべきではないと私は考えます。これだけはだれにも譲れません」

 きゅっと口を引き締めて母の次の言葉を待った。

「……いいでしょう。あなたがそこまで言うなら、料理人の皆さんに聞いてみましょう」

「ありがとうございます、お母さま」

「我がままを言わないあなたのお願いだもの。できる限り叶えてあげたいと思うのは母親として当然でしょう?」


 思わず胸の奥が熱くなる。

 私は感情のままに母に抱きついていた。

 そんな私を、母は優しく抱きしめ返してくれた。

転生ものの王道といえば食生活改善ですよね!

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