6話 変化と約束
ごめんなさい、短いです……
初めて間近で魔法の行使を見た日以来、私の日常は一変した。
魔法に関する禁止が解け、堂々と学ぶことができるようになったのだ。
これほど嬉しいことはない。
そして、新たな人生を歩み始めた私の、最初の転機でもあった。
それまでの昼寝や遊びの時間を削って、兄たちと同じように勉強に充てられた。
残念ながら、すぐに魔法を教えてもらえるわけではないようだ。
その前に、知っておくべきことが山ほどある。
まずは文字の読み書きに始まり、周辺諸国を含めた地理・歴史、詩や歌といった芸術分野にまで、教わることは多岐に渡った。
母が直接指導してくれることもあったが、ほとんどは兄たちのために雇われていた専門の教師から学んだ。
魔法についてではなかったが、それまで漠然とした知識しか持ち合わせていなかった私にとって、新たな情報は面白く興味深いものだった。
まあ、兄たちは歴史の授業など退屈なようで、飽きると教師たちから逃げ回っていたのだが。
あの日、夕食時に私は思い切って母に魔法を習いたいと頼んでみた。
できる限り食事は一緒にするというのがゼルフォード家の方針で、ほとんど毎日家族そろって食卓を囲む。
まあ、家族そろってとは言うが、今は仕事で王都に篭っている父や、学院に通うため寮に入っている姉の不在で、母と兄二人そして私の四人しかいないが。
とにかく、食事時はなにかを話し合うには絶好の機会なのだ。
昼間のお説教で憔悴した兄たちは口数も少なく、母はそれを横目にしながらもそ知らぬ顔で食事を続ける。
いつもよりは兄たちのおしゃべりで賑やかな食卓も、その日に限ってはやけに静かだった。
とはいえ、私は私で自分の考えに没頭していたのでそれほど気にはならなかったのだが、少々薄情だっただろうか。
とにかく、私はドキドキしながら母が食事を終えるのを待った。
夕食は何事もなく進み、ようやく食後のお茶が運ばれてくる。
母がお茶を飲み込んだのを確認し、私は話しかけた。
「おかあさま、わたしもまほうをおべんきょうしたいです」
直球勝負。
なんでもお見通しの母に小細工は通用しないだろう。
だからこそ、まっすぐに伝える。
どうしても魔法を知りたかった。
勉強したかった。
研究したかった。
私は母をじっと見上げる。
兄たちはきょとんと目を丸くしてこちらを見ていた。
ふぅと母が息を吐く。
その顔は困ったような微笑を浮かべていた。
手を伸ばし、頭を撫でる。
柔らかで暖かな感触。
「あなたがそう言うだろうということは分かっていましたよ。ずっと魔法に興味を持っていたものね。みんなに隠れて魔具を探そうとしたこともありましたね? 寝台の下を覗き込んだり、本棚の裏を見ようとしたり、中庭の木に登ったり」
クスクスと笑いながら母は私の稚拙な行動を列挙していく。
うっ、やはり知っていたのか……。
というか、恥ずかしい。
「ご、ごめんなさい……」
「あら、謝ることではありませんよ。あなたの熱意は伝わってきましたから。それに、あなたに謝らなければいけないのは私のほう。魔法を遠ざけたのは私の一存でした。ごめんなさいね、シェリーナちゃん。……でも、私の心配も分かってほしいの」
たかだか三歳の子供を、一人の人間として見てくれている。
それが分かったから、その真摯な言葉に頷くことしかできなかった。
やはり、駄目だったか。
分かっていたことだが、がくりと肩を落とす。
しかし、すぐに母は予想外の言葉を口にした。
「まだ早いかとも思いましたが、あなたはアイラスやアリスタのような無茶はしないでしょうから。仕方ありませんね、明日から二人と一緒に学ぶことを許しましょう」
思わぬ展開に、ぽかんとして母を見つめる。
本当に……?
いい、の?
夢ではない?
呆然としている私に、母が悪戯っぽく首を傾げた。
「あら、どうしたの? 嬉しくないのかしら? なら、やはり今まで通りに――」
雲行きが怪しくなる前に私は遮った。
「ううん! べんきょうしたい! する! ありがとう、おかあさま!」
「でも、一つだけ約束してほしいの。絶対に危ないことはしない、と」
「はいっ、やくそくしますっ」
魔法に触れられるのなら、多少の制約もやむなしだ。
そもそも、危険を冒すなというのは当然だろう。
君子危うきに近寄らずだ。
とはいえ、虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言うが、それを実践するのは今の私にはまだ早いだろう。
「「よかったね、シーナ」」
よく分からないながらも祝福してくれた兄たちに礼を言い、夕食は終了となった。
夜、寝台に入っても興奮して遅くまで眠れなかったのは言うまでもない。
こうして、私の生活に新たな風が吹き込むこととなったのである。