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5話 修復と分析

いつも通り、お待たせしました……

今回はちょっと長めなのでお許しください

 しばらくパルドと他愛ない話をしていると、明るい声が聞こえてきた。

「すみませーん、遅くなりましたー」

 やって来たのは眼鏡をかけた小柄な人物。

 伸びっぱなしのボサボサの髪に薄汚れたよれよれの白衣。

 たまに見かける、出入りの植物博士だった。

 もとい、彼の本当の仕事は季節ごとに庭に植える植物を持ってきてくれる植物問屋のお兄さんなのだが、格好や雰囲気が博士っぽいので密かにそう呼んでいる。

 名前は確か、ザック・ハワーズ。


「お待たせいたしましたー。いやぁ、急な呼び出しに慌てちゃって。準備に手間取ってたらこんな時間に。あはは、すみません」


 悪びれた様子のない能天気な言葉に、パルドは怒ることもなく丁寧に頭を下げた。

「こちらこそ突然お呼び立てして申し訳ありません、ザックさん。さっそくですが、こちらを見てもらえますかな」

「はいはーい。あー、これは酷い。まったく……坊ちゃん方にも困ったものですねー。ここには貴重な花も植えてあるっていうのに」

 地面の大穴と、魔法の余波を受けて変わり果てた庭を見たザックがわずかに眉を寄せて言う。

 私にとっては憩いの場であり、遊び場であった中庭だったが、植物博士にとってはまた違ったものであるらしい。

 そんな大切な場所を壊してしまったとは……お説教中の兄に代わって謝罪しておこう。

 パルドの影から一歩出ると、穴を眺めていたザックに声をかける。

「ごめんなさい。あにたちがごめいわくをおかけします」


「いえいえー……って、お嬢さまがなぜここに?! 今の聞いてましたっ? えっと、坊ちゃん方のこんな悪戯も元気がいいってことでー。別に悪口とかではないんですよっ。だからご主人には言わないでー」


 あたふたして振り向いたザックに、そ知らぬ顔で私は恒例の挨拶で返した。

「こんにちは」

「あ、はい、こんにちは……ではなくて! そうだった、お嬢さまがなんでこんなところにいらっしゃるんですか。……危ない、ですよ?」

 これは、例の反応と同じだな。

 まさか、ここまで魔法接近禁止令が徹底しているとは思わなかった。

 だが、母の許しをもらっている今の私は怖いものなしだ。

「みてるの、いいっていった」

 許可はもらったと上目遣いで告げれば、うぅっと唸って口をパクパクさせた。

 少し前のパルドのように周囲に助けを求めるが、みんなさっと目をそらす。


 なぜだ、別に悪いことはしていないのに。


 困ったザックは手をバタバタと忙しなく動かして、焦っているのを身体中で体現する。

 それを見ていて私はぴんときた。

 母の許可があることを教えてあげればいいのに、それをしないのはザックのこの反応が面白いからだろう。

 さっきの失言といい、周囲からいじられるのが通例になっているような感じだ。

 これまであまり親密に接してきたわけではなかったから気付かなかった。

「えっ、いや、でも、あの、危ない、ですし……それに奥さま……あっ、いえ! えーっとやっぱり万が一にも危険がー」

「いいっていった」

「うっ、ですが、えっと」

 どうしよう。

 これは面白い。

 周囲も視線をそらしながらも口元を緩めて笑いをこらえているようだ。

 パルドたちも意地が悪いな。

 まあ、この場合、私も同様だが。

 内心で苦笑しながらも表に一切出すことなく、私はザックをじーっと見上げ続ける。

 最終的に、ザックが折れるのは当然の流れだった。

「……分かりました。でも、奥さまには内緒ですよ」

 ザックはそれでも「知られたら怒られるかなー……あーあ」などと呟いている。

 ここまでにしておいたほうがよさそうだ。

「どうして? おかあさまがいいっていったの」

 無邪気さを装って首を傾げると、彼が一番気にしていることを教えてやる。

 ぽかんと口を開けた顔はちょっと間抜けだった。


「なっ、早く言ってくださいよー!」


 ザックの声に驚いた小鳥が木の枝から数羽、空へと羽ばたいていった。

 ああ――今日もいい天気だ。




 * * *




 地の魔法使いは、持ってきた荷物の中から一枚の紙切れを取り出した。

 それを穴のすぐ近くに置いて、四隅を小石で押さえて飛ばないように固定する。

 ちらと見たら、そこには複雑な図形が描かれていた。

 気になった私はちょこちょこと隣に行き、ザックの行動の邪魔にならないように覗き込む。

 基本となる円の中に、入り組み絡み合うように図形、そして見たこともないな文字が細かくびっしりと書いてあった。

「それはなに?」

「ああ、これは簡易の魔法陣ですよ。魔法を使うための目印とでも言いましょうか」

「もじ、よめない」

「そりゃそうですよー。これは古代神聖文字といって、とんでもなく昔に使われていたものですからね。お嬢さまの歳ですらすら読めたら驚きです」


 魔法陣と古代神聖文字。


 聞きなれない言葉、そして大まかな魔法陣の図形を脳に刻み込む。

 ザックにとっては世間話程度の認識しかないだろうが、私にとっては重要な情報収集活動だ。

 得られるものはすべて収集しておく。

「それに、ここだけの話、僕だってまだ完璧には覚えてないんですよ。あまりにも難しくって、お手上げ状態なんですよねー。あ、でも、これを言うと師匠に怒られるんで秘密にしておいてくださいね。師匠、怒ると手が付けられないくらい怖いんで。この前なんて酒場で絡んできた騎士五人をたった三秒で伸しちゃったんですよ。いやぁ、あの人たちに訴えられたらどうしようって気が気じゃなくて、心配で夜も眠れないんですけどどうしたらいいと思います?」

 そんなこと言われても、私だって困るのだが……。

 しかし、よくしゃべるものだ。

 さらりと古代神聖文字を覚えられないというザックの秘密以上に衝撃的なお師匠さんの行動を軽く暴露されてもな。

 どうしたものかと口を閉ざしていると、ザックもだれを相手にしているのか再認識したようだ。

「あはは、こんなこと言われても分からないですよね。って、なんの話してたんでしたっけ? あ、そうそう。僕が古代文字が苦手ってことは内密にってことでした」

 とりあえず、頷いておくことにする。

「わかった。いわない」

「ありがとうございます。本当、お嬢さまは話の分かる人ですねー。子供とは思えないくらい優秀だと思います。いやぁ、天才っているんですねー」


 ぎくり、と身を震わせたことにザックは気付かなかっただろうか。

 ……私は決して天才などではない。

 ただ、前世の記憶を持っているが故に、他者よりも精神的経験地が豊富なだけだ。


「準備完了。では皆さん、少し離れてくださいねー。お嬢さまもですよ」

「ん」

 いつの間にか、ザックは手に身の丈半分ほどの杖を持っていた。

 私が穴から離れると、パルドと侍女さんが隣にやって来る。

「ないとは思いますが、なにかあったらすぐにわたしの後ろに隠れてくださいね」

「ん、わかった」

 頷くとほっとしたような二人の顔があった。

 心配してくれてありがとうという感謝の気持ちをこめて二人の服の端を握ると、優しく微笑んでくれた。

 胸の奥が暖かくなる。

「では始めますねー」


 ザックがすぅっと息を吐く。

 一瞬で纏う気配が変わった。


「地の精霊よ。我が願いを聞き届けたまえ」


 厳かな声が響く。


 空気が動いた、と思った。


 どこからか無数の光の粒が舞い上がり、クルクルと踊るように舞う。

 それはザックの持つ杖、その先の青い宝石を目指して集まっていくようだ。

 宝石の輝きがどんどん増していく。



発動(ジ・アージェ)



 杖から宝石と同じ青白い光が発せられた次の瞬間、地面が小刻みに揺れ始め隆起する――そして、あっという間に穴の修復終了。


 ふぅと息を吐いて、いつものザックが顔だけで振り返る。

 そこには微かな疲労感と、達成感が入り混じっていた。

「はーい、終了でーす」

「お疲れ様でした、ザックさん」

「いえいえー」

「あちらに軽食など用意してありますので、どうぞお休みください」

「うわぁ、ありがとうございます。やっぱり魔法を使うと疲れますからねー」

 ザックは 何事もなく(・・・・・)存在する地面に置かれた魔法陣の紙を拾い上げるとくしゃくしゃと丸めて懐にしまう。

 その途中で、そういえばと小さな疑問を浮かべる。

「あれ、でも、今回はそれほどでもないかななー。いつもより力が安定してたし……どうしてだろう? うーん、まあいっか。あ、お嬢さまも行きますよねー? お嬢さま……?」

 ザックの声にも気付かず、私は食い入るように修復された地面を見ていた。

 もうどこにも、わずかな痕跡すら見当たらなかった。

 焼け焦げた土も、ほんの少しの凹みも。

 すべてが元通り。


「……い――すごい、すごい!」


 いつになく私は興奮していた。

 緩む口元を抑えられない。


「お、お嬢さま?」

 困惑する周囲の目も気にならないくらい、私は舞い上がっていたと思う。

 目を閉じて、先ほどの光景を思い描く。

 光と、力の奔流とでも言おうか。

 視認することはできずとも、圧倒的な存在感がそこにはあった。


「これが魔法……」


 あの光――あれが魔力というものだろうか。

 それに杖の宝石。

 明らかに魔法に関係するものだった。


 魔法陣、宝石、詠唱。


 思った以上に複雑そうで、なかなかに興味深い。

 知りたい。

 識りたい。


 好奇心を刺激してやまないそれに、一瞬で私は魅了された。

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