3話 魔法と双子
魔法。
私がこちらに生まれて、もっとも興味を惹かれた響き。
前世にはなかったものだ。
もちろん言葉自体はあったが、おとぎ話などの創作中の存在として語られるだけだった。
その代わり前世では科学が発達し、機械文明と言われるほどの水準にあった。
人間の手足として働き、どんな無理難題でもこなす機械人形。
毎日の栄養配分を考えた食事は時間になると勝手に出てくるし、その味に失敗はない。
日々の情報収集、交換も簡単な操作一つですぐに集まり、電子化した古書籍もすぐに検索できる。
医療技術も、最新の設備さえあれば大抵の怪我や病気も治った。
……それでも治せない病も存在したが、それは数少ない例外と言えよう。
便利だった。
とても便利ではあったが、人間の欲とは際限ないもので、もっともっととさらに技術は進化していく。
文明の進歩。
言葉だけ見れば良いことかもしれない。
ただ――人間としての倫理を置き去りにしていなければ。
逆に、こちらはまったく科学が発展していなかった。
機械人形も、優れた医療機器も、情報共有端末もない。
食事は料理人が作るし、医者はいるが私が知っている最新技術を施すなど論外、情報は他人からの又聞きなどで得る。
私から見れば技術的には以前の世界よりも劣っていると感じる。
そこに魔法という力がどう絡んでくるのか、私はまだ知らない。
年齢故に、魔法は大人たちから遠ざけられ、触れる機会などほとんどなかったのだ。
未知なるものへの探究。
かつて研究者であった頃からの性質とでも言うのだろうか。
私は早く魔法について調べたかった。
そしてこの日、私は初めてその力の一端を目の当たりにすることになる。
* * *
母に抱かれて中庭に出ると、地面にえぐれたような大穴が空いていた。
穴の周りには焦げたような跡もある。
普段はしっかりと管理された庭が、台風でも通過したかのように見るも無残な姿になっているのだ。
いったいなにをどうしたらこんなことになるのか。
ポカンと口を開けたまま、犯人たちを見る。
母は少し離れた場所に立っていた少年たちに声をかけた。
笑顔で――。
「アイラス、アリスタ」
ビクリと肩を震わせた二人は、見分けるのが難しいほどそっくりな顔をしている。
私よりも三歳上の双子の兄だ。
母と同じく真っ直ぐな金髪は首の後ろで切りそろえられ、絶妙な配分で置かれた部品は芸術点をさらに上乗せさせる。
普段なら天使と呼ばれるほどの愛らしさだ。
それが今はどうだろう。
服は煤けて汚れているし、髪は強風をあびたように鳥の巣のようだ。
ちなみに私はといえば、金というより地味な茶色で、かなりの猫っ毛。
雨の日はくるくるふわふわと、手入れするのが大変なのだ、主に侍女さんが。
……初めは、ここでも私は異端なのかと落胆したものだ。
私以外、父も母も姉も兄たちも、見事な金色の髪なのだから、そう考えてしまっても仕方のないことだろう。
だが、ある日、私のささやかな悩みに気付いた母が髪を撫でながらこう言ってくれた。
「あなたの髪はお祖母さまに似たのね。金の髪も綺麗だけれど、私はあなたの柔らかな茶色も大好きよ」
どうやら、この髪は祖母譲りだったらしい。
隔世遺伝というやつか。
どうやら祖母も私と同じく茶色の髪で猫ッ毛で、特に雨季には苦労したようだ。
母は楽しげに祖母との思い出を語ってくれた。
おかげで、会ったこともない祖母に親しみを感じてしまった。
後日、祖父母と母が描かれた家族の肖像画を見せてくれたが、きちんと整えられた真っ直ぐな髪型からはクセ毛だったとは想像もつかなかった。
あっさりと私の悩みを解決してくれた母は、やはり偉大だ。
双子は母の眼差しを受け、慌てて口を開く。
「母さま! これはアリスタが……」
「違うよ! これはアイラスがやったんだ!」
「もちろん、二人とも同罪です」
怖いくらいに満面の笑顔の母がきっぱりと断じる。
正直、私が責められているわけでもないのに背筋に寒気が走った。
「あなたたちが魔法を使うのはまだ早いと言いましたよね。どうして守れないのかしら。二人にはじっくりとお話を聞く必要がありそうね。さあ、怪我がないかも確かめないといけないし、向こうにお茶も用意させたから行きましょうね」
反論の間もなく、母は踵を返した。
私は母の肩越しにちらりと振り返ってみる。
しょんぼりと肩を落とした双子が見えた。
そして、双子が作り出した地面の穴が。
早く研究したい!
むくむくと湧き上がる好奇心に、私の瞳がきらりと光る。
それを母に見られていたことなど、そのときの私はまったく気が付かなかった。
前回から間が空きまして、申し訳ありません
それにしても、主人公しゃべりませんね・・・