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14話 再会と客人

 柔らかな日差しが頬を撫で、その暖かさで目を覚ます。

 ぼんやりとした頭で窓の外を見やり、太陽の位置からだいたいの時間を算出する。もうすぐニーネが起こしにくる時間だ。

「もう、朝……」

 基本的に私の朝は 遅い(・・)

 もちろん、深夜にまで及ぶ夜会に出席し、それ故に昼まで寝て過ごし午後になってようやく動き出すような王都の貴族に比べれば早起きではある。

 田舎暮らしのゼルフォード領では、使用人は太陽とともに起き出し、主人一家はそれよりも少しあとに起きるのが通例だ。

 まだ子供であるということで、私はそれよりもさらに遅いのだが。

 まあ、前世では研究に没頭するあまり、昼夜問わずの生活だったわけだが、こんな規則正しい生活も悪くはない。

 そんなことを考えながら半身を起こすと、コンコンと扉が叩かれた。

 入室を許可すると、予想通り水差しや桶といった身支度の用意を運んできたニーネだった。

「お嬢さま、おはようございます」

「おはよう、ニーネ」

「本日はいよいよお嬢さまの晴れ舞台ですね! わたしたち使用人一同、今から楽しみにしているんですよ」

 期待に満ちた目を向けて笑いかけてくるが、今はそれが……重い。

 寝台から抜け出し、用意してくれた桶に水を入れて顔を洗う。

「それから、デノンさんとサーシャさんが焼き菓子とお料理の件で確認がしたいと申しておりました。お時間があるときに……と言っても今日はお嬢さまもいろいろと予定があるのですけれど」

「分かりました。朝食のあとで少し顔を出してきます」

 顔を柔らかな布で拭きながら今日の予定を思い浮かべる。


 今年、ゼルフォード領で五歳になる子供は私を含めて六人。

 ほかの子たちは各町村でお祝いをするだけで終わるが、貴族である私はそう簡単ではないらしい。

 領地を挙げての祝福を受け、貴族社会にお披露目されるのだ。

 本日の中心行事である再誕祭の開始は夕刻。

 それまでは遠方からやって来る父母の友人や出席者の出迎えや、駆けつけてくれた領民からの祝いを受けるのが私の役割だ。

 ゼルフォード領はそこまで広くはないとはいえ、一番遠い町村になると半日はかかる。

 泊りがけで来る貴族たちとは違い、領民たちは夜には家に帰っていくのが通例だった。むろん、やむを得ない事情で宿屋に一泊していくこともないとは言えないが、普通は日中に屋敷を訪ね、夕方には帰途につく。らしい。

 兄たちの再誕祭の記憶はすでにおぼろげであまり当てにはできないため、これはニーネたちから仕入れた情報だ。

 ということで、晩餐を共にする貴族たちに出す料理は当然ながら、昼間訪れてくれる領民にもささやかながらお土産として焼き菓子を用意した。

 お菓子類を一般に広めるという打算ももちろんあったが、わざわざ祝いに来てくれるのに手ぶらで返すのもどうかと思ったからである。

 それを告げるとデノンやサーシャたちはいたく感動した顔で、はりきって協力してくれた。

 おかげでこの数日はかまどが大活躍だった。

 そして、夕刻になると正装をして貴族の方々に再度挨拶をする。

 憂鬱で仕方ない。

 ちなみに、再誕祭は夜遅くまで続くが、その主役である 子供()はその前に退散させられる。

 要は、情報交換の場でもある夜会へと変わるのである。

「今日はこちらの服にしましょう。朝食後は、もう少し凝った格好にして、夕方になったら再誕祭用の衣装にもう一度着替えますからね」

 ニーネが選んだのは淡い水色の普段着だ。

 宝石などの華美な装飾もなく袖口を一周するように凝った刺繍がされているくらいで、かといって地味すぎるわけでもない、動きやすさ重視の服装だ。

 それを身に着けながら

「……失敗しないように、がんばります」

 一言だけ言った。

 抜け殻になった寝台を整えていたニーネが驚いたようにこちらを見る。

「あら、お嬢さまが失敗だなんて! ありえませんわ」

 なぜか使用人たちのなかでの私の評価は高い。

 特になにをした記憶もないのだけれど……。




 先導していたニーネに続き食堂に入ると、すでに父と母がそろっていた。

 父が帰ってくると喜んでいた母は、今日もにこにことなにやら嬉しそうに父に話しかけている。

 無表情ながら、父も頷いたりぽそりと一言告げたりしていた。

 朝から仲の良い様子でなによりだ。

 それと同時に、昨日とは違う違和感にも気付く。

 昨夜と同じ席に座る父と母。兄たちはまだのようで姿は見えない。

 そして、少し離れた席に久しぶりに会う見知った人物と、見知らぬ人物が増えていた。

 一瞬だけ足を止め、しかし何事もないかのように進む。

 とりあえずそのことは横に置き、両親に挨拶をするのが先だ。

「おはようございます、お父さま、お母さま」

「おはよう」

「あら、おはよう。シェリーナちゃん、昨夜はよく眠れたかしら」

「はい、お母さま」

「それは良かったわ。今日はいろんなひとが来るけど、緊張しなくても大丈夫だからね」

「はい」

 ペコリと頭を下げて、次に向かう。

 私が食堂に足を踏み入れたときからその視線はずっと感じていた。

 そわそわと落ち着かない様子で、前に会った時からお変わりないと内心で思う。


「シーナ!」


 すぐそばで聞こえた嬉しそうな弾んだ声。

 次いで衝撃を受けて体全体が柔らかいものに包まれた。

「おはよう、わたくしの可愛いシーナ! 久しぶりね、大きくなったわね、もっと顔をよく見せてちょうだい!」

 顔を見せて、と言っているのに苦しいほどに抱きしめられてはどうしようもない。

 ぎゅうぎゅうと締め付ける拘束からなんとか顔だけ抜け出し、訴える。

「く、くるしい……」

「え? あぁ、ごめんなさい。つい、嬉しくって」

 うふふっと笑う少女。

 自由になった私は一歩下がって彼女を見上げた。

「おかえりなさい、姉さま。お久しぶりです」

 しばらくぶりに会う実姉、エルティーナは今年で十三歳のはずだ。

 記憶に残る姿よりも少しだけ大人びて、背丈が伸びたような気がする。

 兄たち同様、姉は全寮制のルストリア魔法学院に通っているため、年に数度しかこの屋敷に帰ってこない。

 久しぶりに見るその人は母に似た優し気な顔立ちで、けれど意志の強さを秘めた瞳は父譲りだろうことがうかがえた。

 実際にこうして並べてみてみると、血のつながりがよく分る。

「ええ、ただいま。ただいま、シーナ。私の安らぎ!」

 そう言って、姉は再び私を抱きしめた。

 甘い匂いがした。

「あ、ずるい」

「あ、抜け駆け」

 そんな言葉が背後から聞こえた。

「だって、本当に久しぶりなんだもの。ちょっとくらい良いでしょう?」

 今日もそっくりな容貌をした兄二人が食堂に入ってきたところだった。

「「おはようございます、父さま、母さま」」

「おはよう、アリスタ、アイラス」

「おはよう」

 父母に挨拶を済ませると、振り返って姉に軽く頭を下げる。

「「姉さま、おかえりなさい」」

「ふふっ、アリスタもアイラスも元気そうね」

「もちろんです」

「当然です」

 同じ学院に通っているとはいえ、エルティーナは去年中等部に上がったため、初等部の双子ともめったに会う機会はないはずだ。

「それに二人だって、昨夜帰ったときにシーナを堪能したんでしょう? わたくしにだってその権利はあるはずよ」

「「それは……そうですけど」」

 むぅと口をとがらせる双子。

 悪戯好きの天使もさすがに姉には口では勝てないらしい。

 珍しい姿を見た。

 そんな感想を持ったその時だった。


「賑やかですね」


 楽し気な声がした。

 意識的に追い出していた見知らぬ姿が視界に入る。

 同じ卓についている以上、客人として扱うべき対象なのだろうが、両親からは特に紹介もなく。

「……どちらさまですか」

「ああ、失礼しました」

 警戒心もあらわに訊いた私に、気分を害すでもなく苦笑しながら自己紹介を始めた。


「イスラギ帝国第三皇子フェンユと申します。この度はエルティーナ殿に大変お世話になりまして」


 その言葉に、思考が一瞬止まった。

trick or treat

ってことで、なんとかハロウィンに間に合いました!

いや、内容関係ないですけど……

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