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13話 襲撃と不穏

 太陽も沈み、夜の帳が降りた頃。

 一台の馬車がひた走っていた。

 馬車といっても貴族たちが使うような上等な箱馬車ではなく、かろうじて屋根と呼べるような布がかけられている幌馬車だ。

 御者台に座るのはまだ少女と呼べる年頃の娘。

 邪魔になるからと金の髪を後頭部で一つに結び細い首筋を無造作にさらす姿は希少で、こんな時でなければじっくりと眺めていたいほどであったが、今はそれどころではない。

 少女は危機迫ったように馬に鞭をくれ、全速で走らせる。

 走らせ始めて半刻ほどが経っただろうか。

 繋がれた馬も全身に汗をかき限界を訴えているが、今はそれを押してでも先に進まねばならぬ理由があった。

 金にものを言わせて半ば無理やり買い取った馬車と馬ではあるが、存外に良い買い物だったらしい。

「もうすぐです! もうすぐ、ゼルフォード領に入ります! それまで御辛抱ください」

「は、いっ」

 馬車の中の少年は振り落とされないように必死で車体にしがみつきながら返事をした。

 全速力を出している馬車の揺れは半端ではない。

 小石を一つ車輪が踏むだけで、馬車は大きく飛び上がる。多少は整備されているとはいえ、街中とは違って石畳で舗装されているわけでもないのだからそれも仕方ないことだ。

 それでも馬車が転倒しないのは、御者をする少女の卓越した技術によるところが大きい。

「っ、エルティーナ殿!」

 切迫した声に振り向いた少女は、慌てて手綱を引く。

 馬はほんのわずかに方向を変え、その馬車のすぐ横を炎の塊が飛び去っていった。

 追手が魔法を放ったのだ。

 次々と迫りくる攻撃を器用に回避しつつ、少女に焦りの色が浮かび始める。

「どこに向かっているか、分かったようですね。まあ、ようやくとも言えますが」

 少年を連れて密かに出立したのが昨日の昼。

 尾行に気付き、乗合馬車で目的地を目指すことを諦め、代わりに馬車を購入したのが今日の昼過ぎだっただろうか。

 追手になど気付いてもいないように「乗合馬車は窮屈でたまらない!」と大声でのたまい、まるで貴族の我がままといったふうを装うのも忘れなかった。

 馬はともかく、実際、馬車の制御ができる貴族などめったに居ないのだが、そこは貴族の高圧的な雰囲気で誤魔化しておく。

 そうして馬車を乗り換えた二人だが、それでも最初は人目がある場所ではすぐに襲ってこないだろうと、警戒をしつつも街道を来た。

 だが、人通りも途絶え、日も傾きかける頃になると、背後での動きがにわかに慌ただしくなった。人数が増え、不穏な空気が増す。

 少女の決断は早かった。

 すぐに馬に鞭を打ち、全力疾走を始める。

 背後は突然の行動に慌て、旅人などを装って徒歩だった者は置き去りにし、馬を駆れる者だけで追ってきた。

 人数は減ったが、危険が去ったわけではない。

「巻き込んで、申し訳ありません」

 少年が歯を食いしばりながら、謝罪の言葉を口にした。

「いえ、それは構わないのですが……奴らも手段を選ばなくなってきましたし。これは少しばかり不味い、かもしれませんわね」

「そ、そんな!」

 思わずといった様子で悲痛な声を上げる少年に、少女が笑う。

「ですが、このわたくし、エルティーナ・ゼルフォードがなんとか致しましょう! なんとかしてみせましょう!」

 根拠のない自信を以て、少女、エルティーナは断言した。

「あまり使いたくはありませんでしたが……この際、やむを得ませんね」

 エルティーナは片手で手綱を握り、空いたもう片手で懐から丸い石を取り出す。

 小さな声で何事かを呟くと、少しして満足げにほほ笑んだ。


 襲撃者に追いつかれまいと、馬車はただひた走る。




 * * *




 それは食事後、新作のデザートを皆が口々に絶賛しているときだった。

 ちなみに、今回、デザートとして出したのは、小麦粉とバターをたっぷり使用した甘いパイだ。中身は先日作ったジャムだ。

 以前作った焼き菓子も甘味ではあるが、私にとっては食後のデザートというよりもちょっとしたおやつ感覚だったため、新たに提案したのだ。

 結果は、ご覧の通りの好評。

 お父さまも一口食したあと目を見張って、ぺろりと平らげてくれた。

 夕食は終始和やかに進み、お父さまや兄さま方には初お目見えとなったデザートも好感触。

 まずまずの成果と言っていいだろう。

 あとは、さらなる甘味の開発と研究に取り組み、前世ではありふれていた菓子類の普及を目指すのみ。

 もちろん、未知の領域である魔法の考察も忘れてはいない。

 だが、あちらは私がまだ未熟なためにほんの入口程度にしか触れさせてもらえないのだ。

 前世の知識という下地があるぶん、甘味の普及をしばらくは優先させてしまうのも仕方がないとも思う。

「「シーナはやっぱりすごいね」」

 にこにこと向けられる双子の笑顔。

「えと……そんなこと、ない、です」

「可愛いなぁ、シーナは」

「可愛いねぇ、シーナは」

 二人の座っている席が私と向かい合わせでなければ、頭をくしゃくしゃと撫でられていただろう。

 困ったように見上げれば、やはり穏やかにほほ笑んでいる母。

 ならばと、父を見れば、なにやら難しい顔をしていた。

 つい先ほどまでの穏やかさが嘘のような表情。

 厳しい顔で立ち上がると、執事を呼ぶ。

「セルヴェ」

「ここに。どうかなさいましたか、旦那さま」

 特別声を荒げたわけではないが、執事、セルヴェもそこに緊張の色を察したらしい。

 すぐにやって来て、部屋の隅で父と小声で話をしている。

 首を傾げて二人を見ていると、やがてセルヴェは部屋から立ち去った。

「あなた、どうなさったの?」

「いや――。エルティーナが近くに来ているらしい」

「まぁ、エルが?」

「ああ。迎えに行ってくるから、お前たちは先に休んでいなさい」

 それだけ言うと、慌ただしくも優雅な足取りで父はセルヴェの後を追うように出ていった。

 事情も分からず取り残された私たちは、首を捻るばかりだ。

「どう、したんでしょうか?」

「そうねぇ。なにかあったのかしら?」

「「大丈夫だよ、シーナ」」

「お父さまに任せておけば、なんの問題もないよ」

「お父さまに任せておけば、すべて解決してくれるよ」

「二人の言うとおりね。さぁ、そろそろ部屋に戻りましょうか」

 なにやら腑に落ちないものを感じたが、母に促されては抵抗もできず。

「「シーナが眠るまではいっしょに居てもいいでしょ、お母さま」」

「仕方ないわね。今日だけよ」

 両脇を双子に挟まれ、私は部屋へと連行されるのだった。




 * * *




 ロベルスはゼルフォード領地の最端にいた。

 移動の魔方陣を使い、ここまで 飛んだ(・・・)のだ。

 星の瞬く空へと一瞬だけ目を向けてすぐに正面へと向き直る。

 ロベルスの背後にはセルヴェと、数人の男たち。その中には、庭師のパルドの姿もある。

 ゼルフォード家には使用人がそれほど多くいるわけではない。

 警護の数が少ない貴族の家というのは賊の格好の餌食であるのだが、それでも、この屋敷が外敵に脅かされないのは雇っているのが精鋭ばかりだからである。

 普段は庭師や下男などに扮しているが、その実彼らはゼルフォード一家の護衛でもあるのだ。

 シェリーナを見守る穏やかな様子とは一変して油断なく目を光らせる彼らは、どこまでも優秀だった。

「来ます。馬車です。どうやら背後から襲われているようです」

 木の上で偵察をしていた男が告げる。

 遠くから近付いてくるなにかに、男たちは各々に構えた。

 次第に、赤々とした炎をまとった馬車が見えてくる。御者台には見知った少女の姿があった。

 どうやら、襲撃者の中には魔法使いがいたようだ。

 小さな爆発音が続けざまに聞こえてくる。

 はっと息を飲み思わずといったように駆け出そうとした一人を制し、ロベルスは馬車を待つ。

 この先は、ゼルフォード領ではない。

 いかなる理由であろうと、勝手に武力を行使していい場所ではなかった。

 ロベルスは若くして成功を収めた人物である。

 それ故に、その功績を妬み恨むものも多くいる。

 彼らはどこからか情報を得、そしてロベルスが失脚するのを今か今かと待っているのだ。

 下手な対応をして相手に糾弾材料を与えるわけにはいかなかった。

 じりじりと焦燥を感じながらも、領地へ達するのを待つしかない。

 やがて、その時がやってくる。

 馬車が隣領地を越え、ゼルフォード領へと到達した。

 駆け込んできたと同時に、ロベルスは魔法を発動し馬車の幌を覆う炎を一瞬で消し止める。

 ロベルスたちのすぐ横を勢いよく通り抜けた馬車は、次第にその速度を落としていき、やがて止まった。

 男たちは領外を油断なく見やり、馬車を守るように立ちはだかった。

 暗闇から馬車を追ってきた襲撃者たちが姿を現す。

 そんな中、転がり落ちるように下りてきたのは御者台の少女だ。

 多少薄汚れてはいるが、怪我はないようだった。

「父さま! お久しゅうございます。こんな格好で失礼」

「話はあとだ。なにを連れてきた」

「たいしたものではございませんわ」

 厳しい顔をする父に、少女はさらりと言ってのける。

「……」

 ため息を吐くのをかろうじて堪えると、ロベルスは襲撃者に相対する。


「この先は我が領地だ。問題を起こすつもりならば責任を持って相手をしよう」


 朗々とした声が響き、襲撃者の動きが止まった。

 しばらく、無言の対峙が続く。

 やがて分が悪いと悟ったのであろう、襲撃者たちは踵を返して暗闇へと姿を消した。

 それを追うこともせず、ロベルスは見送る。

 完全に気配が消えたのを確認し、ようやく傍らの少女へと目をやった。

「助かりましたわ、父さま。このままではさすがに厳しかったので」

 にこりとほほ笑んで、悪気なく告げる少女は紛れもなく自分の娘だ。

「……帰るぞ」

「はい」

 そうして夜は更けていった。

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