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12話 晩餐と和解

 部屋に引き上げると、母は人払いをした。

 いつもいっしょに居る侍女さんも頭を下げて出て行く。

 扉を閉める間際、心配そうにこちらに目を向けてきたが、私に気付く余裕はなかった。


「シェリーナちゃん」


 ずっと下を向いていた私は、母の声でのろのろと顔を上げた。


「お母さま、私はお父さまに嫌われてしまったのでしょうか?」

「まあ、シェリーナちゃんったら! どうしてそう思ったのか聞いても良いかしら」

「だって、あの後、お父さまはなにもおっしゃってくれませんでした……やはり挨拶ごときを噛むようでは貴族の娘として失格だということでしょうか」

「あら、そんなことないわ。あなたはとっても立派だったわよ」

「では、なぜお父さまはなにも言ってくださらなかったのでしょう」

 噛んだとはいえ、一応は挨拶をすませたのだから、父からなにかしらの言葉があると思っていた。

 しかし、返ってきたのは重たい沈黙。

 混乱した頭でも、それだけは覚えているのだ。

「そうねぇ。お父さまはシェリーナちゃんに『はじめまして』って言われて、少し寂しくなってしまったのよ」

「? はじめまして、ではないのですか?」

 あんな美貌の人物なら、一度見たら忘れないだろう。

 だが、そんな記憶一切ない。

 実の親子とはいえ、父とは今回が初対面のはずだ。

 先ほどとはまた別の疑問に眉を寄せて考えていると、不意に暖かな手が私の頭を撫でる。

 見上げると、母は困ったように微笑んでいた。

「確かに、あなたにとってははじめましてだったかもしれないわね」

「どういう意味でしょう?」

「お父さまは、何度かあなたに会いに来ていたの。お仕事の合間でほんのわずかな時間、それもシェリーナちゃんがぐっすり眠っているときばかりだったから、知らなかったでしょう」

 それは……さすがに寝ているときまでは外部の情報を得ようがない。

 決して私が眠っているときに来る父が悪いと言いたいわけではなく、そもそも忙しい合間を縫って来てくれていたのは本当に嬉しい。

 嬉しいのだが、そんな重要なことはだれか教えておいてくれても良いのではないだろうか。

 たとえば、母とか……母とか。

 まあ、この母はしっかりしているようで案外抜けているところもあるので、それも仕方ないかと無理やり納得する。

「あなたをこんなに不安にさせるなんて、ダメなお父さまね」

 ……母がそれを言いますか。

 まさかの新事実にがっくりと肩を落としつつ、私は今後の対策について考え始めた。




 * * *




 目の前には、腕によりをかけて作られたと分かる豪勢な料理の数々。

 久しぶりに母以外の家族と囲む食卓だ。

 けれど、それはどこか緊張感をはらんでいた。

 主に私と、父の間で。

 旅装から着替えた父は、まるで聖職者のように清廉な雰囲気をまとい、冴え冴えとした美貌がいっそう際立っていた。

 今日帰ってくるはずの姉さまは少し予定が遅れているようで、この場に姿はない。

 なにがなんでも帰ってくると手紙に書いてあったから、明日の再誕祭には間に合わせるのだろう。

 兄さまたちは普段通り、にこにこ笑いながらルストリア魔法学院での生活の話をしていた。

 授業がどうだとか、面白い友人が出来たとか。

 二人は相も変わらず、ひとをからかうのが好きらしく、その話のほとんどはちょっとした悪戯をして他人がどんな反応をしたかといったものだった。

 学院にいっしょに通うレイドの苦労が目に見えるようだ。

 そしてもう一人、悪戯の被害者が増えていた。

「でね、とても変わった奴なんですよ」

「今度の休みに家に連れてきてもいいですか?」

 どうやら、家に誘いたいくらいに気に入った友人ができたらしい。

 本当に友人か、と思わなくもないが。

「まあ、素敵ね! 私もぜひお会いしてみたいわ」

 母も乗り気だ。

 近いうちにその可哀想なその彼とも会えることだろう。

 主に話題を提供していた双子が満足そうに口を閉ざすと、しばしの沈黙が食卓を包む。

 よし、と私は内心で気合を入れた。

 先手必勝。


「お父さま」


 私から話しかけてくるとは思ってもいなかったのか、父は無表情ながらもピクリと眉を上げてこちらを見た。

 途端にくじけそうになる心を、私は必死に堪えた。

「先ほどは失礼致しました。お忙しいなか会いに来てくださっていたとは知らず、申し訳ありませんでした」

「……いや」

 なにか驚いたような顔をしたような気がしたが、ほぼ初対面である私にはいまいち分からず、それっきり私たちは黙り込んだ。

 き、気まずい。

 心が押し潰されそうになる。

 机の下で洋服の布地をぎゅっと握った。

「……」

「……」

 永遠に続くかと思われた空気。

 それを救ってくれたのは、兄たちだった。

 にこやかで、それでいてどこか棘のある笑みを浮かべる。

「「父さま」」

「ボクたちが言ったこと」

「忘れてないよね?」

「う、む……」

 対する父の態度はどこか苦々しげだ。

 ……兄さま方、なにをおっしゃったのでしょう?

 ごほんと咳払いをし、父の目がこちらを向く。

「シェリーナ」

「は、いっ」

 緊張で声がかすれる。

「すまなかった」

「えっ」

「先刻は、わたしも大人気ないことをしてしまった。……わたしはもともと口数が多いほうではない。だが、それでお前を傷つけてしまったのならすまなかった」

 父が、頭を下げていた。

 さらりと金の髪が頬にかかる、そんな何気ない動作さえ絵になるようだった。

「シェリーナ、許してくれるか?」

 その声にはっと我に返る。

「い、いえっ! 私も申し訳ありませんでした」

 私も頭を下げ、そして、顔を上げた私が見たものは――――口角を軽く上げただけの、けれど慈愛に満ちた笑み。

 それを直視してしまった私は、自分でも分かるほど真っ赤な顔をしていた。


「「ふふっ、シーナは可愛いねぇ」」


 兄たちは笑っていたが、私は先ほどとは違う意味でそれどころではなかった。

 パンパンと軽く手を叩く音がして、母がにっこりと微笑む。

「さあ、早くご飯を食べてしまいましょう。この後は、とっておきのデザートが待っているのよ」

「デザート? なんだろう、母さまがそこまで言うなんて」

「デザート! さっきからしているこの甘い良い匂いがそうなのかな」

「確かに、良い匂いはしているが」

「見てのお楽しみよ。シェリーナちゃんが考えた、とっておきなの」

 いつの間にか気まずさはなくなり、ただ笑顔の溢れる食事風景がそこにはあった。

 家族。

 私の望んでいたものが、すぐ目の前にある。


 この日、どうやら私は父との和解に成功したようだった。

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