番外 とある侍女の話<後編>
わたしは魔法使いでも、研究者でもないので、あまり詳しくはないのですが。
この世界には魔法というものが存在し、生き物は多少なりとも魔力を持って生まれてくるのだそうです。
それはシェリーナお嬢さまも例外ではありません。
ただ、だれもが魔法を使えるかというと、それも違います。
ある一定以上の魔力を持った一部の者だけがそれを体外に発現させることができ、そのほかは魔具という補助なしにはその力を使うことができません。
わたしは後者で、そしてお嬢さまは当然ながら前者でした。
通常でしたら、その成長とともに魔力との接し方を知り、力を操る術である『魔法』に慣れていくものです。
ですが、とある理由からわたしたちゼルフォード家の使用人はお嬢さまが生まれてすぐに魔法から遠ざけるよう言い付かっていました。
それはもう徹底的に。
調理場で使う魔具などにさえ近寄らせないようにとのお達しでした。
そんな環境であったにもかかわらず、どこかで魔法のことを聞き知ったらしいお嬢さまは、嬉々として魔法について知りたがりました。
ですが、奥様からの言い付けと、お嬢さまのためと思えばこそ。
わたしたちは心を鬼にして、お嬢さまから魔法を遠ざけ続けました。
そんなこんなで苦節三年。
お嬢さまが三歳のとき、奥さまから与えられていた魔法への接触禁止令が解除されました。
とはいえ、その前に学ぶべきことはたくさんあったようで、すぐに『魔法』の講義へ移ることはなかったようなのですが。
それからのお嬢さまの快進撃と言ったら……これまで以上に熱心な勉強家ぶりでした。
本来はご子息たちの家庭教師として呼ばれたみなさまも舌を巻くほどの吸収の速さ。
まるでなにかに追われるように、お嬢さまは知識をその小さな身体に蓄積させていったのです。
それはどこか鬼気迫るようなご様子だったと、教師のお一人が漏らしていたのをわたしもお聞きしたことがありました。
一を聞いて十を知る、とはよく言ったもので、お嬢さまはまさにその通りのことを実践されておられたようです。
それだけでなく、教師のみなさまが思いも付かなかった解釈や、新説を立てることもしばしばあったと聞いております。
わたしには難しくてよく分かりませんでしたが、新しい算術方法なるものを発表なさったとか、頭痛に効く新薬を開発されたとか、水害にも強い橋を設計なされたとか……。
まだ幼いお嬢さまがどうしてそのような知識をお持ちなのか。
なぜそれほどまでに『知識』に飢えていらっしゃったのか。
それは一介の侍女であるわたしなどには想像も及びません。
けれど、これだけは確信できます。
シェリーナお嬢さまは特別で、素晴らしい才能の持ち主だということ。
これまでお嬢さまが為されてきたことがすべてなのです。
そしてこれからも、きっとお嬢さまはわたしたちの思いもよらなかった偉業を為すに違いありません。
わたしは陰ながらそれを見守っていけたら幸せなのです。
「ニーネ、手伝ってもらえますか?」
おっと、お嬢さまが呼んでいるようです。
漂ってくる甘い誘惑にも勝てませんし、そそくさとその場を後にするわたしでした。
お嬢さまに、そしてゼルフォード伯爵家のみなさまに出会えたことに心からの感謝をしながら、わたしの一日はこうして過ぎていくのです。
* * *
ニーネ・ロワノ。二十五歳。独身。
十六歳で男爵家の侍女になったが主人と揉めてクビになり、その後ゼルフォード家で働くことに。
わりと物事をはっきり言う子なので、面倒に巻き込まれることもしばしば。
ということで、長らくお待たせしました。
今回は短いですが、これにて番外編終了です。
魔法に関しての記述をいろいろ考えてみたのですが、今後の本編で詳しく説明していく方向で落ち着きました。
本人はいたって普通と思っているのに、他人からみれば普通ではないとバレている主人公でした(笑)