番外 とある侍女の話<前編>
久しぶりの更新が本編でなくてすみません
しかも、続きます
後半が納得いかなくて推敲中なので、しばしお待ちください
わたしの名はニーネ・ロワノ。
ゼルフォード家に仕える侍女です。
わたしがゼルフォード伯爵家にお仕えするようになって六年が経とうとしています。
あのときから、まだ六年。
あれから、もう六年。
月日が経つのは本当に早いものです。
とか、しみじみ胸中で呟いてみたりしますが、特別『今日』という日になにがあったわけでもありません。
しいて言うなら、伯爵家の末のお嬢さま……シェリーナさまがまた新しい挑戦を始めたということでしょうか。
どうやら今度は料理に挑まれるようです。
調理場にはいろいろな食材が運び込まれ、裏庭では昨日から男たちがなにかを作っていました。
それが料理にどんな関係があるのかは不明ですが、こと細かに指示を出されるシェリーナお嬢さまに迷いは見られません。
なにか確信があられるようにも見えました。
現に、辺りには甘くて良い香りが漂ってきています。
いつも通り、その成果を期待して良いようです。
わたしも含めた侍女仲間も、その成果が見られるのを今か今かと楽しみにしているのは当然でしょう。
なにせ、お嬢さまがなされることなのですから。
間違いなどあろうはずもありません!
わたしがゼルフォード家に来たのは、シェリーナお嬢さまが生まれる一年ほど前のこと。
古参の侍女が持病の悪化を理由に職を辞すことになり、その補充として選ばれたのがわたしでした。
わたしはこちらでお世話になる前にも一度、他の貴族の家で侍女をやっていました。
初めての侍女勤めでしたが、しばらくすると仕事仲間にも認められ、順風満帆といった日々を送っていたのですが。
それが、なぜ伯爵家にお世話になる事態になったかと言いますと……。
以前お仕えしていた家の主人は手癖が悪く……ようは妾にならないかとちょっかいをかけてきたので、きっぱりと断ったら翌日にはクビを切られました、はい。
侍女仲間にも主人には気を付けろと忠告されていたので、大人しくしていたのになぜあんなことになったのか……。
気の毒そうにみんなわたしを見ていましたが、結局助けてくれるひとはいませんでした。
明日は我が身と思えば、それも無理はないことです。
……わたしは決して恨んではいませんよ、ええ、決して。
主人に円満にお断りをすることができなかった自分が悪いのです。
そんなわけで途方に暮れていたわたしに唯一手を差し伸べてくれたのが、職を辞した侍女、つまりわたしの叔母でした。
叔母の推薦のおかげでわたしはさらに良い職場を得ることができたのです。
もちろん、それまでしっかりと仕事をこなしてきたわたしを評価しての計らいです。
もし前の職場で仕事を疎かにしていたりしたら、いくら叔母であってもわたしを採用してくれるように頼んでくれることはなかったに違いありません。
その辺りは厳しいひとでしたから。
ということで、叔母には感謝してもし足りないくらいの恩ができました。
いつか返せると良いのですが。
まあ、そういった経緯があって、わたしはゼルフォード伯爵家にお仕えすることになったのです。
お仕えして初めて気付いたのですが、ゼルフォード家は前に居た貴族の屋敷とはずいぶんと違っていました。
まず、常駐している使用人の数が少ないこと。
現在屋敷に居るのは、屋敷の雑務を取り仕切る執事が一人、わたしを含めた侍女が六人、住み込みの料理人が三人、庭師が二人、力仕事もこなす男手の三人。
季節によってときどき人数は変化しますが、大抵十五人から多くても二十人ほど。
あとは、すべて近隣の町から通いで来てもらっています。
伯爵家という家柄にしてはどう考えてもひとが少ないです。
確かに、主人であるロベルスさまは王都に長期滞在中で留守であり、そこまで大げさな警備は必要ないとはいえ、奥さまとお嬢さまはいらっしゃるのですから、護衛なども何人か雇ったほうがいいのではと思わずにはいられません。
たかが使用人であるわたしに口を出す権利はありませんが。
ですが、心配くらいはさせていただきたい。
いまだ若さを保ち美しい奥さまと、その奥さまの愛らしさを受け継いだお嬢さま。
いつどこでだれかに狙われてもおかしくはないのですよ!
少し前まではここに天使の如き容姿をお持ちの双子のご子息も加わって、賑やかな限りでしたが、今は学園に通われているのでいらっしゃいません。
……目の保養ではありましたが、悪戯好きなお二人には手を焼かされました。
今では良い思い出ですね。
さらに、貴族は着替えも入浴も、使用人の手を借りておこなうのが普通なのですが、こちらではそんなことはありません。
奥さまもお嬢さまも、最低限のことはご自分でなさいます。
さすがに後ろに紐があるようなドレスなどはお手伝いさせていただきますが、基本的には身支度に他者の手を借りることないのです。
お嬢さまも同じく、朝食に呼ぶ前にすでに起きていらっしゃいますし、着替えも一人で行なわれています。
手がかからなさすぎて少し寂しいというのは内緒です。
ああ、だからといって、決して伯爵家が貧乏だというわけではありませんよ。
そういった教育方針なのだそうです。
使用人にも優しく、分け隔てなく接してくださる奥さま。
笑顔で挨拶をしてくださる礼儀正しいお嬢さま。
気さくな執事さんに、厳しいけれど暖かい先輩侍女。おしゃべり好きな料理人と、温和な庭師さん。
ここはとても居心地の良い職場と断言できます。
紹介してくれた叔母には本当に感謝しなければ……。