世界で一番大っ嫌い
斎賀有也はその日一日苛々にさいなまれ続けていた。なぜ自分がそんな理不尽な目に遭わねばならないという理由は、はっきりしていた。 中学時代から成人した今まで、ずっと一緒に過ごしてきた仕事上の相棒、東理浩輔のせいなのだ。 彼がいるから、最近仕事に集中できない。斎賀の仕事は、表立って言えないような類のもので、一瞬の隙が命を奪う。だから仕事の最中は集中がいる。一切の感情を一時だけ排除して、与えられた任務をこなす。もともと後ろ暗い環境で育ったためか、危険で犯罪まがいの仕事に今さら良心の呵責を覚えることもない。ずっと、世間の闇に生きる覚悟のようなものも、とっくの昔にできている。
なのに、今では仕事中でさえ、集中が鈍るのだ。
それは、本当にささいなこと。
相棒が、自分以外の人間と普通に交流して、のんきに笑っている。テレビに映る女優を見て「かわいい姉ちゃんだな」ともらす。仕事のことで話しても、そっけない。
本当にそれだけだ。それだけで、自分は苛々している。だいたい、仕事上の相棒の行動一つにどうしてここまで自分が惑わなければならないのか。
「浩輔。寝るから、昼になったら起こして」
「んー」
前にも同じようなやりとりをした気がする。昨日も一昨日も、そういえば苛々していた。それでせっかく早起きしたのに、嫌になって昼間でずっと寝ていて、彼に起こしてもらっていた気がする。
過去のことなんて全然覚える気がないくせに、苛々してからは妙に過去を鮮明に思い出せる。
浩輔がパソコンのメールをチェックしていた。浩輔が朝食に珍しく粥を作って食べた。浩輔が仕事中に本気を見せた(普段、主に動くのは斎賀だけで、東理がうごくのはめったにない)。浩輔がテレビに出ている女優を熱心に見ていた。浩輔がろくに体も拭かず風呂から出てきた。浩輔が、浩輔が、浩輔が……
鮮明に思い出せるのは、彼のことに限定された。
なんだこれは。どういう特殊能力だこれは。
「あ、そっか」
ベッドに潜り込んで丸くなった斎賀は一つの結論に達する。
--僕が浩輔をすごく嫌いだから、こうなるんだな。うん、それしか考えつかない。この世で唯一嫌いになった奴だから、きっと意識して覚えちゃうんだよ。だって、今までの人生で(つっても二十年そこそこだけど)人を嫌いになったのって、浩輔が初めてだもん。他はどうでもいいと思っていた。そーかそーかそういうことか。ふざけんな忘れろ。
斎賀は余計に丸まって、毛布をかぶり直した。
「浩輔なんか、大っ嫌い」
「知ってる」
聞かれていても、斎賀は別に気にしないようつとめた。
「嫉妬からくる無自覚な」の続編のようなものです。が、そちらを読まないでも読めるようになっています。