お前なんか居なくなっても誰も困らないと言われたので居なくなってみた結果
「ほら、早く中に入れ!」
お父様に腕を掴まれた私は、強引に『離れ』の玄関に押し込まれた。そのまま扉を閉められる。薄暗さの中に埃の匂いが充満していた。
「お、お、おと、父様、おか、お義母様! これはどういうことなのですか!」
私は震える声で必死に叫ぶ。
「どうもこうもない。レーラ、お前はこれまで貴族令嬢として全く役目を果たせていない。むしろ足を引っ張ってばかりではないか」
「そうですわ、レーラさん。このままではあなたと姉妹扱いされるコリンヌが可愛そう。だから今後、あなたにはその離れで暮らしてもらいます」
お父様とお義母様の声が、ドア越しに冷たく刺さる。
「で、で、ですが、ですが私は、その、ソニエール侯爵家のエンゾ様との縁談が……」
「エンゾ様との縁談なら私が引き継がせてもらうわ」
ひときわ高い声がした。義妹のコリンヌだ。
「ひ、引き継ぐ……?」
ソニエール侯爵家が、我がルクレ伯爵家に縁談を持ちかけてきたのは2か月ほど前だった。当初侯爵家は、次男であるエンゾ様と長女である私との縁談を求めていた。婿入りさせるつもりだったのだ。
しかし初めに我が家を訪れた時から、エンゾ様の気持ちはコリンヌに向いていたようだ。
理由ははっきりしている。
「だってレーラお姉さま、魅力が無さすぎるんですもの」
明るいが嘲るような口調だった。昔からそうだ。コリンヌは何でも私のものを欲しがり、奪っていってしまう。当主の座も、縁談の相手もそのうちの一つに過ぎない。
「おいおい、言い過ぎだろ」
エンゾ様の声だった。本気で止めているような声色でもなく、含み笑いをしている。
「そういうことだ、レーラ。こうなったのは全て、お前の行いが撒いた種のせいだ。せいぜい反省しながら過ごすんだな」
お父様の言葉だった。
「そうそう、あなたなんか居なくても誰も困らないのですわ」
お義母様も同調する。
これまで私はルクレ家のために尽くしてきたつもりだ。朝から夜まで働いた。けれど認められることはついに無かったということなのだろう。
「心配しなくても、今まで通り三食食べさせてあげるわよ。使用人に届けさせるから。ま、外に出なければぶくぶく太ってしまうかもしれないけれどね」
その言葉と共に、四人の靴音が玄関から遠ざかっていく。
「そ、そんな……!」
私はドアに寄りかかりながら膝を付いた。あまりの事態に力が入らなくなっていた。
天を仰ぐ。薄暗い天井に蜘蛛の巣が張っているのを見ながら、私は両手を突き上げた。
「いよっしゃあああああああああああ!!! これでやっと一人になれるうううううう!!!
これで朝から夜まで嫌がらせのようにやらされていた農作業をやる必要も、嫌味や悪口を言われる生活ともおさらばだ!
はい、回想入りまーす。
私には前世の記憶がある。日本人だった私は、一人でラーメン屋に入ることも出来ないほどのコミュ障だった。かといって一緒に入ってくれる友達なんていない。
それでもお店の味を食べてみたい! と思い、自分で作ることにした。
そして出来上がったラーメンを食べたら不味すぎてショック死した。
気が付いたら伯爵令嬢レーラ・ルクレとして生まれ変わっていた。
レーラは生まれながらにある能力を持っていた。
それは【緑の活性】というスキルで、半径10㎞の植物の育成を助けるものだ。といっても、お父様が言うには私のスキルで活性化出来るレベルは微力で、特に珍しいものでもなかったらしい。
それより問題だったことは、私が「コミュ障」というデバフを今世でも標準装備していたことだろう。
お茶会の時は必ず自己紹介の時に噛んだ。話を振られても緊張から「うっ……あっ……っす……」とゾンビに変わりかけた人みたいな呻き声を発するだけ。
満足に相槌を打つことも出来ず、結果、居ない者として扱われることとなった。
私なりに必死に努力してきたつもりだ。相手をしてくれる使用人に向かって挨拶練習を繰り返したし、一人でも発声を行ってきた。けれど他人を前にすると途端に頭が真っ白になってしまう。
こんなことなら、人間と話す必要のないワオキツネザルとかに生まれたかった。役立たずな私は愛想を尽かされて当然。
一生、一人で生きるべき人間なのだ。
と、いうわけで一人を満喫させて頂きまーす。
この離れは農作業をする時の拠点として使っていたので、普段から使用人がある程度掃除をしてくれている。
私は本棚から分厚い本を抜き取って、流れるようにソファーに横になった。これから私がすること、それは「寝っ転がりながら本を読む」である。
行儀の悪いことをしても、もう誰からも咎められない。何て素晴らしいんだろう!
開いた本にはこう書いてあった。
「スキル【箱庭】魔導書」
箱庭? 魔導書? よく分からないけれど、私は一先ずページをめくってみる。
えーっと、何々? 『このスキルは適合者にしか使えない。適合者は100万人に1人くらいしかいないようだ。確かめる方法は、次の言葉を詠唱すること』ですって?
いやいや、100万人に1人って少なすぎるし、どうやって統計取ったのよw そんなの適合できるわけないじゃないですかw
でも一応詠唱してみよ。
「新緑の扉を開かん、出でよ箱庭!」
ヴ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ン゛と、業務用冷蔵庫が唸るような音がした。
それと共に、木漏れ日のような光が満ちた。
眩しくて目を閉じそうになったが、驚きで目を見開いていた。
そこにあったのは、緑の光で輝く、扉のようなものだった。
な、何か出たー!!
よし、入ったろ!
スポォッ!!!
こうして私の箱庭ライフがスタートした。
◆
扉に入った私はその場で立ち尽くしていた。
見渡す限りの平原が広がっている。まばらに草が生えているだけで、どちらかというと荒野に近い。
えっと、箱庭要素どこ? 神様視点で全部箱庭ってこと……?
どうも、神です。
向こうまで行けば街とかあるのかも。
私はひとまず歩き出した。
「痛っ!」
鼻っ柱がいきなり何か硬いものに当たった。
果てしなく続いているように見える平原だったけれど、どうやら見えない壁のようなものに隔てられているらしい。
試しに、その見えない何かを手で叩いてみる。鉄でも叩いているかのような鈍い音と、重苦しい手ごたえだ。
私は見えない壁に沿って、手をついて歩いてみた。外から見たら、さぞパントマイムに見えることだろう。
壁を一周して元の所に戻ってくるまであっという間だった。
一室のように四方を壁で囲まれている。中の面積は6畳ほどといったところ。なるほど、確かに箱庭だ。
けれどせっかく手に入ったレアスキル。これを使わない手はない。よし、沢山の綺麗な花や植物を植えよう。そこに椅子と机、お洒落なカップなんかを持ち込んだりして、優雅にお茶を飲むのである。
【緑の活性】という元からのスキルと合わせれば絶対上手くいくはず。作業のことを考えていると、段々ワクワクしてきた。
やっぱり最初に植えるのは薔薇だ。庭園には欠かせない。1か月ほどで収穫出来るベビーリーフも植えてみよう。
前述した通りこの離れは農作業の拠点なので、クワも野菜や植物の種もある程度揃っていた。
うーん、育つの楽しみー!
◆
数か月後。
箱庭の外ではちょっとした騒ぎになっていた。ジャンメール伯爵領で育てていた薬草が枯れ始めていたのだ。
この薬草はウレール草と呼ばれる種で、かなりの高値で取引されていた。伯爵家の貴重な財源だ。
「どういうことだ! 何故ウレール草が全て枯れそうになっている! これではウレナーイ草ではないか! ってやかましいわ!」
レーラの父親であるウロウは、農業の責任者である文官に文句を言っていた。
「し、しかし閣下、これまではレーラ様のスキルがあったではありませんか。ウレール草は繊細な植物で、本来ならばかなりのの手間と人手を割いて、ようやく植えた量の半分ほどが収穫できるような代物です。彼女が居ない今、同じように育てるのは無理ですよ!」
「あいつなら屋敷の離れに居る!」
「え、そうなのですか?」
伯爵がレーラを幽閉したのは、彼女の持つ【緑の活性】がパッシブスキル(常時発動しているタイプのスキル)だったからだ。つまり、レーラが離れに居ようが、農作業をしていなかろうが、本来は発動するものなのだ。
そしてレーラには秘匿されていたが、彼女のスキルはかなり強力だった。確かに【緑の活性】は珍しくないが、彼女は強い魔力でスキルの効果を大幅に底上げしていたのだ。
伯爵には誤算があった。
閉じ込めていても発動するはずだったスキルだが、レーラが箱庭に入り浸っているせいで、上手く機能しなくなっていたのだ。彼女が出てくるのはご飯の時と睡眠の時だけ。
勿論、誰もその事実に気付いていない。
「お姉様? お姉様ったら! お姉様……別に一句詠んだわけではないのよ。たまには出てきて良いのだからね? ねえ、お姉様?」
コリンヌは最近、伯爵家の薬草栽培が上手くいっていないことに気付いていた。もしかして自分の言葉に腹を立てたレーラが何か細工をしたのでは、と気が気ではなかった。夜もよく眠れないほどだ。
しかしレーラは全くそんなこと気にしていなかった。何故なら幽閉されてから一度もコリンヌの声を聞いてすらいなかったからだ。
◆
あれから順調に拡張が進みつつある。
現在、お花を色ごとに分けた花畑を作るために一生懸命育てている。開花すれば虹色の畑になる予定だ。
私は黒い画面を操作していく。
「何を追加しますか?
ヒヨコ 50ポイント
ヤギ 120ポイント
馬 300ポイント」
ヒヨコをタップすると、目の前にピーピー鳴きながら私の靴の上に乗って来る、一匹のヒヨコが出現した。
このタブレットみたいにタッチ操作できる液晶は、箱庭のスキルの一部。箱庭を発展させるとレベルが上がり、ポイントがもらえる。
そのポイントを使って、色んな植物の種や動物と交換出来るのだ。
私はヒヨコを大事に抱えて、小屋まで連れて行く。
中には土間があって、既に3匹のニワトリが居る。
ニワトリさんをゲットできたのはまさに革命だった。卵という、貴重な動物性たんぱく質を得ることが出来るようになったお陰で、この世界で自給自足が可能になったのだ。
レベル5になった時、拡張した範囲は近くの川まで達した。お陰で水が自由に使えるようになり、レベル10では到達記念として木の小屋が無償プレゼントされた。
ここに寝具を持ち込んだことで、屋敷に帰る頻度が大幅に減り、箱庭づくりに専念出来るようになった。
今では農作業の合間に暇が出来たので、弓の稽古に取り組んでいる。
最初は中々上達しなかった。指導もない、パワーもないで、上手くいくはずもなかった。
でも、離れの中で見つけたコリンヌの肖像を的に括りつけてから、私の弓スキルがレボリューションを起こした。
それまで命中率0%だったのに、30%になり、50%になり、今では100メートル離れたところから、コリンヌ(ビッチ)の左鼻の穴、右鼻の穴に自在に打ち分けることが出来る。
弓を打ちながら、私はある決意をしていた。
それは今まで避けていた、しかしこれ以上箱庭を発展させるためには絶対必要な、あることについてだった。
「建築」である。
どうやら箱庭のスキルでは木や動物など自然のもの、そして銅像のようなインテリアはポイント交換出来るのだが、建物は全く手に入らないらしい。
木の板さえポイント交換出来ないのだ。レベル10で貰った小屋は、そういうピーキーな仕様のための救済措置だったのかも知れない。
今の小屋も悪くはないけれど、出来れば可愛いお屋敷を建てたい。ピンク色の屋根にしたり、丸い窓を作ったり……、それからお洒落なテラスも欲しい!
作りたいものは無限にある。
よし、やるぞ!
私は決意を胸に、手始めに木の伐採に取り掛かるのだった。
◆
更に一か月後。
「お願いします! 出て来てくださーい!!!」
ジャンメール家の一同+エンゾは、屋敷の離れに向かって土下座していた。既に薬草は全枯れしている。ここまで異常が続いている以上、流石にレーラが原因だと考えざるを得なかった。
しかし幾ら呼び掛けても全く反応はない。
「くそっ! 父親であるこのワシが頭を下げてやっているのに、無視をするとはどういうことだ!」
伯爵はドンドンと離れの扉を叩いた。開けたかったのだが、どうやらレーラが内側からドアを板で打ち付けているらしく、全く開かない。
ちなみにご飯は裏口の狭いスペースから出し入れしているらしい。
もう損失はとんでもない額になっている。今年はまだ蓄えがあって耐えられるが、来年も同じなら確実に巨額の赤字を抱えることになる。
「……本当に、この中にいらっしゃるのでしょうか」
と、傍で見ていた文官。そう言われると伯爵には自信が無い。使用人は毎日配膳の時、レーラと顔を合わせており、今日も見たというのだが、自分で確かめたわけではない。
実はこの使用人、レーラに賄賂を貰って嘘の証言をしていたのだ。
「ええい、出てこんかー!」
伯爵は斧を持ってきて、扉を壊し始めた。
「ちょっ、閣下! それは流石に駄目ですよ!」
文官が制止しようとするも伯爵は止まらない。……いや、しばらくして止まった。あまりに扉が頑丈に打ち付けられているので、中々開かないままバテてしまったのだ。
数十分の格闘の後、ようやく扉が開いた。
ジャンメール家の面々は雪崩れ込み、手分けして探し回る。しかしレーラの姿はどこにも見当たらないのだった。
数時間探し回った彼らは無力感と、徒労感でへたり込んでしまった。離れは文字通り屋敷からは離れているものの、伯爵邸は鉄の柵で敷地を囲まれている。もし乗り越えようとすれば必ず見張りの兵が発見できるはずだ。
それなのに彼女は忽然と消えた。どこに行ったのか、全く見当もつかなかった。
一方、レーラはそんなことなど全く知らず、箱庭ライフに勤しんでいた。もし伯爵たちがレーラの能力について正直に話していれば、優しい彼女は少しくらい出てきたかも知れない。
利益を優先させ、彼女を飼い殺しにしようとした結果。つまり全ては自分たちの撒いた種だったのである。
この後、レーラたちは再び顔を合わせることになるのだが、その時には完全に二者の立場は逆転しているのであった。
おわり




