第八話 だいはちわ?しちめんちょーじゃなくなったのだ。第八話ですわね
キャサリン・ジェインウェイ中佐が大佐に呼ばれたのは、二時間前のことだった。
本来なら、その日から一週間の休暇を取り、故郷ブルーミントンへ帰る予定だった。
科学士官中佐である自分が緊急招集を受けるのは稀だ。
余程のこと。そう予想はできたが、内容は見当もつかなかった。
大佐室に入ると、開口一番こう言われた。
「君は、Dr.C.C.を知っているかい?」
アカデミー出身者で、その名を知らない者はいない。
偉大な科学者であり、音楽家であり、医学者。
次の言葉が、彼女の血を凍らせた。
「彼を殺せ。上からの命令だ」
「上から……?」
「アメリカ大統領からだ」
「なぜ……」
「彼は政府の研究機関から、極めて重要なものを盗んでいった。彼の前ではセキュリティが意味を成さないらしい。僅か十分で犯行を終え、怪我人は一人も出さずに、ね」
重要なものとは何か。
問いかけるより早く、大佐は続けた。
「ヴォイジャー計画は知っているね?君も宇宙艦隊志望だろう?」
公には発表されていない。だが、既に複数の地球外知的生命体と接触している。
その中に、人類の科学技術が足元にも及ばない存在──ヴォーグがいる。
「彼らから奪った動力がある。それを盗んだ」
「……何のために?」
「理由は分からない。だが、あれは個人が持って良いパワーじゃない。国が管理しなければ、この地球が滅ぶ」
そこで漸く、キャサリンは口を開いた。
「私には……できません」
「何故だい?国のために人を殺せないとでも言うのかい?」
「違います。国のために人は殺せても……恩人は殺せません。そうする必要があるなら、自分を殺します」
大佐は数秒沈黙し、頷いた。
「……そうか。彼と何かがあったんだな」
「はい。昔、兄の命を救っていただきました」
「君の兄は、トーマス・デヴィッド・ギャラガー氏だったな?」
何があったかは聞かない。
だが、君がやらなければ別の者にやらせるだけだ──そう告げられて、キャサリンは短く頷いた。
二〇一二年八月
忘れもしない、二〇一二年八月の夏休み。
家族で海外旅行に出かけた。
私は何度か来たことのある日本だったが、兄トーマスは海外旅行自体が初めてだった。
いつも私をからかう兄が、飛行機の離陸のときだけはずっと手を握っていたのが可笑しかった。
福岡。広島。姫路。大阪。京都。名古屋。東京。
凡そ一カ月間で日本を横断する旅。
広島で原爆ドームを観た、その夜。
兄は一人でレンタカーを借り、広島の夜へ飛び出していった。
その時に感染したのだろう。
発症は十一日後。名古屋駅を歩いていたときだった。
兄が倒れ、ホテルへ運び、熱を測ると四十度。
暑い夏だったから熱中症だと思った。だが、それは始まりだった。
解熱剤で一旦熱が引いても、兄の顔にぶつぶつが出始めた。
それは増え続け、三日もすると顔中に広がり、熱は再び四十度へ戻る。
救急車で運ばれる兄を見ながら、私は思った。
東の最果て日本で、兄は死ぬのだ、と。
大学病院で診察を受けた結果は、天然痘が強く疑われる、というものだった。
三十年以上前に撲滅されたはずの感染症。
医師は言った。
地球上に天然痘ウイルスは存在しないはずだ、と。
治療法は無い。感染力が高過ぎる。隔離してくれ。
匙を投げられた。
病院の受付で支払いを待っていると、二人がやって来た。
その時、私は彼らが誰か知らなかった。
Dr.C.C.と、ヒツジみぃ。
彼はこちらを認識すると、静かに言った。
「天然痘か……珍しいね」
持つ看板に、異国の文字が浮かぶ。
それを見てヒツジみぃが何か言い、兄の顔へ触れようとすると、C.C.が優しく制止した。
「うつるから、触っちゃいけないよ」
そして続ける。
「彼は二度目の高熱の段階だね。そろそろ治療しないと死んでしまうよ」
その言葉で、私の怒りが爆発した。
「あなたに何が分かるんですか!日本の医師が匙を投げたんですよ!?あなたに治療出来るとでも言うんですか!」
彼は答えず、別の質問をした。
「彼の名前は?」
「……トーマスです」
兄が、やっとのことで言った。
「じゃあトーマス。君は数日で死ぬ。もし最悪の結果になっても、君の体から次の人を救う鍵が採れる。研究対象になってくれないかい?」
「なんてことを……!」
両親が声を荒らげる。
だが兄は弱々しく、それでもはっきり言った。
「はい……僕の体が皆の役に立つなら、遠慮なく使ってください」
C.C.は問いかける。
「君の夢は?」
「僕は、将来……世界一のロックギタリストになって、世界中をツアーで……」
「もう、やめてください!」
母が叫び、待合の人々がこちらを見る。
日本語は通じない。だが空気は伝わる。
それでもC.C.は気にせず続けた。
「素晴らしい夢だね」
兄は涙声で問う。
「ありがとうございます……でも、僕に未来は無いんでしょう?」
「ないね」
C.C.はきっぱり言った。
そして、こう続けた。
「君は世界で二番目のロックギタリストにしかなれない」
その後、C.C.は地下室へ私を招いた。
機械へ向かい、驚くほどの速度で何かを入力し始める。プログラムだと直感した。
私は邪魔をしないよう、HM-1の周囲を眺めた。
彼が手を止め、作業が終わったらしいことが分かる。
「これで、すべてが変わる」
彼は私の顔を見て言った。
「君の名前を聞いていなかったね」
「私の名前は……キャサリン・ジェインウェイ」
彼は機械のスイッチを押した。




