最終話 さい……なんだこれ、にゃにゃ、読めんのだぞ。『さいしゅうわって読むんだよ』ふむ、さいしゅうわなのだ!家康ですわ
手術室。
C.C.がHM-1のスイッチを押すと、機械は問題なく起動した。
「スタートシテクダサイ」
腹部を切開する。
外科医の驚きの声。
そのとき、あめちゃんの携帯が鳴った。
「これは……?」
昨夜のHM-1プログラム。
だが今度の内容は、あめちゃんの「9ではなく6ですわ」という『正しさ』を、覆していた。
──If 6 Was 9(もし6が9だったら?)
差出人はC.C.。
「今……?どうやって?」
分からない。
だが意味だけは分かる。
書き換えろ。
あめちゃんには解せない。
C.C.のプログラムに書き換えると、がん細胞の位置を自動スキャンして除去するという、HM-1の価値そのものが失われる。
『見逃しを許さない』という思想の否定。
それでも。
「三分だけ待ってくださいですわ!」
三分後。
「書き換えが終わりましたわ!」
あめちゃんがスタートを押した。
そして、正しさが入れ替わるとき、世界は同じ顔をして別物になる──
「にゃにゃー、まだなのかー?」
お腹側にリュックサックを背負ったヒツジみぃが、C.C.を呼ぶ。
『もう直ぐ準備出来るからね』
今日は退院の日。
このままマウスーランドへ行く予定だった。
病室を出て一階に降りたところで、アメリカ人が声をかけてきた。
「昨年は本当にありがとうございました」
「にゃにゃ、こいつはだれなのだ?」
『見かけねー奴だな』
「覚えてませんか?トーマスです。ほら」
彼は傷跡を見せる。
天然痘特有のものだ。
それから、少しだけ間を置いて、右手を差し出した。
礼儀として。感謝として。
C.C.は反射みたいに、その手に自分の手を合わせようとした。
指先が伸びる。距離が縮む。触れる直前で、止まる。
次の瞬間、C.C.は手を引いた。
拒絶じゃない。選び直しだった。
「ギタリストのライバルとは握手は出来ない」
トーマスは一瞬きょとんとして、直ぐ笑った。
悔しさと嬉しさが混ざった顔で出した手を軽く振る。
「お?おまえにゃにゃとあくしゅがしたいのか?かわりにみぃがしてやるのだぞ」
ヒツジみぃが右手を差し出す。
「そういえば、おまえまえににゃにゃがさわっちゃだめだといってたやつににとるな」
『大丈夫。もううつらないよ』
「ほう。よかったなー。じゃあ、みぃとあくしゅをするのだ」
「みぃは、僕のバンドのピアニストなんだ。世界最高のピアニストだぜ」
「じゃあ、いつか。ステージの上で」
トーマスとヒツジみぃが固く握手を交わす。
ヒツジみぃが得意げに言う。
「おまえ、にほんにきたらにほんごをしゃべるのだぞ。それがしょせーじゅつってやつらしいのだ。
みぃもあめりかにいくとな、あめりかごをしゃべるのだよ。ほったいもいじんなー」
「え?午前九時四十六分です」
「ふむふむ、なにかつうじとるようだな。
ひこうきをおりたら、こうやっていうのだ。さいとうしんぐてんです」
『斎藤寝具店です、だね』
「あぁ、今から十日間旅行に?それは良いですね」
「そんでな、さよならのときは、こうゆーのだ。はばないっすね」
『幅無いっスね、だね』
「えぇ!お元気で」
二人は病院から出て行った。
トーマスは右手を見下ろした。
弦を掻き鳴らす手だ。
同時に、救ってくれた世界一のギタリストの右手を思い出す。
世界最高のピアニストの右手の体温も残っている。
ギターを捨てる訳じゃない。
ただ、次は『救う側の言葉』を持ちたかった。
「世界一のギタリストと世界最高のピアニストか……敵わないな」
自然に笑みが零れたとき、ふとトーマスは白衣を着た未来の自分をみた。
それと──炬燵?
これから日本で医学を学び、医者になろう。
──いつか、自分も誰かを救えるように。




