ハデス様の恋の卵
あの日から、ハデス様はなんだか考え事が多い気がする。
でも私に気が付くとニコっと笑ってくれるので、落ち込んでいるというわけではないようだ。
そうこうしているうちに、もうすぐ次の満月がやってくる。
ハデス様はまた手紙を読んでいた。そして私にその手紙を見せてくれた。
「え?私も読んでいいんですか?セレーネ様から?」
「いいんだよ、君のことも書いてあるから」
セレーネ様の手紙はある意味すごくわかりやすかった。
「ハデス、元気?エマちゃんと仲良くしてる?私はやっとダーリンと両想いになったので、そろそろ帰るわね。エマちゃんもお家に帰りたいだろうし。次の満月には間に合わないから、その次の満月の前に帰るわね、エマちゃんにも伝えておいて」
そっか、セレーネ様が帰ってきたら、私はお役御免だものね。
家に帰れるのでうれしいはずなのに、なぜか胸が痛い。
ハデス様はそんな私を見て。
「長い間頑張ってくれたね。もうすぐ家族に会えるよ。エマの送別会も考えないとね」とニコっと笑った。
そうよね、セレーネ様のほうが私よりちゃんと働いてくれるものね。すこし鼻がツンとしてきてしまい、あわててハデス様に言った。
「すみません、ちょっと家でやることがあるので、いったん戻りますね」とハデス様の家を飛び出した。
ハデス様がそんな私をじっと見ていたのにも気が付かなかった。
そして満月の夜が来た。セレーネ様は次の満月より前に帰ってくるから、これが最後の月の卵の番人のお仕事。
また黒い卵があるといけないので、すこし甘めのお菓子やドリンクも持っていこう。あと、ふかふかのブランケットも。
ついてからも、ハデス様はあまり話さずもくもくと種を蒔いていたがいつのまにか姿が見えなくなった。月が真上に来たので、そろそろ休憩の時間だしと探しに行くと、だいぶ離れた場所で卵を見ながら立っていた。
ハデス様が見つめていたのはもうあと一歩で黒くなってしまいそうな卵。
それを見つめるハデス様は泣いているような怒っているような顔をしている。
「ハデス様、大丈夫ですか?」
ハデス様が振り返ると、その瞳はいつものやさしいダークブラウンではなく、赤く光っていた。
「エマ、、、、ごめんね、ちょっと離れていてくれないか?自分の感情がコントロールできないかもしれないんだ」
そういうとハデス様はしゃがんでその卵をなでた。
「これは僕の卵なんだ。僕がセレーネに恋した時の」
ハデス様はセレーネ様のことが好きだったの?それを聞いてまた私の胸はちくちく痛んだ。
「弟からセレーネを紹介してもらって、僕のことを怖がらなくて、いつも笑ってくれてすぐに好きになったんだ。でも弟のお嫁さんだから諦めていた。その時この場所に僕の卵があることに気が付いたんだ。ひびが入っていたから、そのうち割れるだろうと思って放置していたんだけど。セレーネが僕の弟も僕も置いて、新しい恋人のところに行った後、エマが来てくれてから初めての満月の日に卵を見にきたら。僕の卵のひびが消えて、その代わりに変色し始めていたんだ」
「だったら言ってくれたら、卵を拭きに来たのに」
「エマが来てくれて、本当にうれしかったから自然に普通の色になると思っていたんだ。エマと楽しい日を過ごして、満月の日に毎回チェックしていたけど、見るたびに色が薄くなっていったし」
「それがなんで?」
「あの手紙だよ、あの前にも弟から手紙がきて、セレーネと正式に離婚後するって書いてあって、もう気にしていないと思ってたのに、つい心が動揺しちゃったんだよね。まだセレーネの事で動揺する自分に悔しくて、ついベットルームの壁を蹴ってしまったけど」
足を痛めたあの日か。
「エマはそんな汚い心の僕にもすごく優しくしてくれて、いつもセレーネも他のみんなも僕にはいろいろ求めてくるのに、僕が寂しい時や困っている時は何もしてくれなくて。でもエマはいつも僕のためにいろいろしてくれて、すごく嬉しかったんだ。だから、エマさえいてくれたら、もうどうでもいいと思ったんだ」
ハデス様の眼は怪しく赤く光って、私をじっと見つつ近づいてくる。
「そうしたら、セレーネがエマを地上に帰すっていうし。なんであの女は僕をいつも苦しめるんだ。エマを攫って冥府に閉じこもればいいのかとずっと思ってたら、僕の卵はこんなになってしまったよ」
ハデス様はもう目の前にいる。そして手にはイチジクをもっている。
「エマは知っている?人間は冥府の食べ物を食べたら、もう永遠に地上には帰れず僕の物になるんだ。いつものご飯は地上から持ってきたもので作っているけど、これは違う。この冥府のイチジクをどうにかしてエマに食べさせたい、あの袋に詰め込んで冥府に無理矢理連れて行きたいってセレーネの手紙を見てからずっと思っていたんだ」
ハデス様は私の顎をくいっと持ち上げて、
「エマ、口をあけて」
私がハデス様の卵をみるとほとんど黒に変わっている。
ハデス様はイチジクの実を一粒つかんで、わたしの口元に持ってくる。
ハデス様がヤンデレになってしまった。みんなに優しいタイプはキレると怖い。




