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第3話「舞踏会/港の二重舞台」

舞踏会場は海に向けて半ば開いていた。欄干の下では水門が息をし、床には薄い水膜が張られ、鏡のように光を返す。足首の布バンドが歩みに合わせて小さく点滅する。ここでは手で招待状を振らない。――足で招待を証明する。


「三歩だけ」と管理官。

左。停止。右。


まずルシが静かに踏む。青いリングが短く二度点る。ジョラは盾紐を締め、欄干側へ退く。ネレイアは中央で裾を持ち上げ、水を跳ねさせない。ロウェルは欄干の水晶球をほんの少し傾け、ブイの角度を合わせた。


俺はコートのボタンラインを整え、水面の波紋を見る。水は正直だ。不安が来れば波紋は漏れ、虚偽が近づけば縁から巻く。まだ呼吸は一定。だが港側の水門が大きく吸うのが見えた。あちらが荒れれば、この鏡床もまず震える。


「敷居から」と俺。

ジョラが盾を寝かせ、床に細い線を引く。水が線に沿って僅かに凹み、すぐ伸びる。線があるだけで、人は自ら速度を落とす。――彼はいつも、それを信じている。


「ブイ角、指二本」とロウェル。

「許す」ネレイアが掌で水勢を抑える。珊瑚色の髪が泡のようにふくらみ、場のリズムが整った。何も振るわないのに、水の剣を抜いた時の気圧に似ている。


その時、階段の下から幼い声。


「あの……し――(=資格)は――」


一音が空気を掻いた。鏡床の縁が細かな棘を立てる。ここで**『資格』はキーワード関税を呼ぶ。誰かの足が重くなり、別の誰かの足が軽くなる。差が鏡を歪めた**。


俺は手のひらを見せる。「言葉より先に、足」

少女の目が大きくなる。脇でルシが低く呼吸を合わせ、喉のリングがそっと点り消える。拍が半拍遅れる。俺は小さく頷いた。

「左、停止、右。 それから言え」

少女は足を揃え、勇気を集めて一歩目。左、停止、右――布バンドがカチ、カチと規律に点滅する。鏡縁の棘がひとつずつ伏せられた。少女は唇を噛み、招待状をぎゅっと握る。


「よくやった。ここには順序がある。行為→キーワード→代価だ」

「代価……?」

ルシが通路の台座を示す。ガラス杯と小さなガラスコイン。彼女は喉にそっと指を当て、低く言う。

「ここでは少しずつ分けて払うの。息一片、声一点、記憶の小さな傷――みんなで出せば痛みは薄い」


管理官が近づき、少女のバンドを確かめる。「沈黙も、真実なら証言です。招待状の裏の文様は消さないで」

裏の黒真珠の刻印は半ば擦り切れ、縁を0|0|0の微細なパンチが巡っていた。少女がコツと爪で弾くと、小さな陽が跳ねる。


俺は舌先を転がす。ラ—。昨日からその音節が滑る。コーデックスの奥で擦れる記録が走る。ルシが横目で「平気?」と口だけ動かす。俺は小さく頷いた。今日はまだ俺の番じゃない。


欄干の下でブイの鐘。ロウェルが手を上げる。

「水門、ひと呼吸大。ブイ角、さらに指一」

「手滑り注意」ジョラが盾で流路をわずかにずらし、ロウェルはロープを引いてホイールを回す。水が低く唸り、白いマントが濡れても手のテンポは乱れない。


舞踏会の脇で、四角仮面の露店が薄いガラス片を掲げた。ラベルだ。煌めく活字――資格。

「資格ラベル! 貼れば貴賓! 言わずとも通過!」

――貼った瞬間に言葉が先行するラベル。身体より言葉が先に立つ仕掛け。鏡床はそれを**『証拠』と誤認する。規則が言葉に引きずられ始めれば、街の秩序はすぐ誤差**へ。


「接近禁止線」

ジョラが盾で露店の行路をやわらかく塞ぎ、線の外に立たせる。ルシが俺の掌に小さな封止ラベルを貼る。銀インクの『虚偽表示 禁止』――今朝作った付属条項だ。

ネレイアが露店へ歩む。「ここは合意で踊る床。貼るんじゃなく、互いに聴いて踏むの」

「合意にも資格が要る」――仮面の奥の目が赤く光る。

ルシが拍を囁く。二――停止。 水面の呼吸が均される間に、俺は露店の手首へ封止ラベルをペタ。

「契約違反だ。偽ラベルで他人の足を騙すな」

管理官が布バンドを確認。鏡床が足跡を僅かに押し返す。露店は箱を閉じ、退く。周囲から小さな拍手。


「今日は敷居を低く」ジョラが盾を担ぐ。「誰でも自分で止まれるように」

ネレイアが中央へ戻り、ロウェルを見やる。

「今夜、同行権を申請。ただし拒否権は最上段」

ロウェルは一拍置いて、強く頷く。「恐れは他人のもの。責任は俺の」


俺は欄干の先――防波堤の標を見る。椅子の絵、数字0。裏板にラベルスロットと競売パンチ。誰かが座席を商品にしている。Seat#0。いずれ俺を待つ席。今は触れない席。

「ラキュイナ」とルシ。Curatorの競売人。

「今日は放置。まずアンカーを守る」


灯台の路地で赤い糸が一本、風に揺れた。縫い目のように書類と座席を縫い、誰かの約束が解けた跡にも見える。ナイフは出さない。俺はカラビナの羅針をコツ。針が一瞬だけそちらを向き、戻る。舌先でラ—がまた滑る。空白は残った。


人々は再び踊る。バンドの灯は呼吸のように規則的。鏡床はもう震えない。塩、濡れ革、レモン皮――夕餉の匂いが満ちる。

「代価」とルシ。少しだけ、皆で。

階段裏の陰でガラス杯に、小さなものを落とす。

――俺は海茶カップの微傷 半片、ジョラは盾革の匂い 半条、ロウェルは掌の水膨れ 一層、ルシはラ音 一点、ネレイアは喉の手前の息 一片。杯の肌が一度冷え、すぐ温む。

杯は触れずに掲げ、下ろす。合意の印。 分散支払い――誰も大きくは減らない。


灯台下の屋台では海藻茶。レモン皮で縁をひと撫で、塩をひとつまみ。俺たちは欄干にもたれ、一口を舌の下へ。嫉妬の塩味の後に香ばしさ――今日はこの順序がいい。


さっきの少女が見上げる。「さっきの順番……足→言葉→最後は代価」

「そう。そうすれば互いに傷が浅い」

「同行権ってなに?」

ネレイアがしゃがむ。「一緒に入り、一緒に出る権利。でもいつでも**『嫌だ』が最優先**――その言葉がいちばん先」

少女の顔がふっと明るくなる。言葉より先に、止まれる権利――今日いちばん大事な文だ。


「行こう」ジョラが杯を空けて立つ。「水門が息を整える」

再び欄干へ。鴎と笛が細く混じる。下水門の口は舞踏会より暗く、風は下へ吸い込まれる。欄干端の椅子標が一度だけ揺れ、止まった。


「今夜の手順」と俺。「敷居を引き直し、水勢を引き、誰が先に言おうとするか聴く。そして――」

「そして代価を分ける」とルシ。声はまだ澄んでいる。

俺はボタンラインを正す。舌先の空白をもう一度なぞり、空白のまま足を踏み出す。ネレイアが先頭で水上に足を載せ、ロウェルがロープを巻く。ジョラは盾で闇を割り、俺はその後ろへ。


夜の下水路は、いつだって本文だ。俺たちは本文へ降りた。


[Mini HUD]

EI 68→66(−2)/反射率 17→15

キーワード関税:契約 3%(※『資格』発話回避)

Plant:0|00/赤い糸/ラ—スクラッチ/真実の沈黙

スロット:■ ■ ■ ■ ■ ■(満)

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