第1話「港の徴候」
手すりの下で、波は一行の文を繰り返していた。
同じ波形、同じ休符、そして微細な誤字。
俺はその誤字を拡大する――光の尾が反転した箇所、塩分が過剰に凝る角。
[Mini HUD]
EI 69→70(+1)/PI 02/反射率 18%
関税:契約 3%/「資格」加算 最大 +12%
スロット:■ ■ ■ ■ ■ ▢(ゲスト)
メモ:Seat#0――ラベル/パンチ 0|00/赤い糸/ラ—
「水は右へ引かれてる」ジョラが盾をそっと押さえる。
「角度は?」と俺。ロウェルがクリスタルを一寸だけ傾ける。「ブイ基準で11度。水門側の負担が増えます」
「敷居は低く」ジョラが繰り返す。盾の下縁が床に口づけすると、水路が整った。
ネレイアが隣に来て掌を返す。細い塩光が語尾みたいに震えた。
「敷居を立てるのは許しを容易にするため。塞ぐためじゃない」
「ああ」俺はうなずく。「拒否と許しの境が見えれば、踏み越えも減る」
港のラフ・マーケットは、昼からすでに熱気で満ちていた。濡れた天幕が風で海色を変え、陳列台には薄いガラスラベルがカードのように重なる。
資格/純粋/永遠/安全――禁句や高関税ほど、人の手がよく伸びる。
「永遠には触らないで」ルシが低く言う。喉のリングが短く青く灯って消えた。
「分かってる」ネレイアが笑う。「代わりに許しを二枚」彼女は商人の掌からラベルをふっと持ち上げた。
商人が瞬き。「合法キーワード。きょうは契約3%、許し1%」
俺はコーデックスで関税を読む。数字は嘘をつきにくい。
背後、細い横丁で誰かが嗚咽を呑み込んだ。きれいな足跡が三歩、水面に残る。三歩目に揺れ。
小さな少女だ。足首のファブリックバンドが緩すぎる。彼女は陳列台に手を置き、ただ大きく言った。
「資格ください」
空気がその語を拡大した。都市全体が噂を反復するみたいに。
[警報]敵キーワード先出し検知――加算関税スパイク(+8〜12)
[EI]70→72(+2)/[PI]02→05
「止まって」俺は手を上げる。「手はそのまま、言葉は取消」
「どうして……わたしも――」
「その言葉は自分を尋問するときに使うんだ」ロウェルが口を開く。息は短いが正確。「ここは尋問場じゃなく市場。君が欲しいのは入場で、資格じゃない」
少女の瞳が揺れる。手の甲が震えた。
ルシが音もなく近づき、商人へ小さく会釈。「入場ラベル二枚、同行一枚。関税はこちらで」
商人が俺をちら。俺はコーデックスを掲げる。「分散支払いで処理。トークンはこっち」
[Token Spend]Consent Token #2 分割使用――時間1tick(俺)/体温1tick/ラ音1点/息一片/触覚二指
スロット:■ ■ □ ■ ■ ▢ → 再充填待機(00:15)
「同意(Consent)は私たちで分けて持てる」俺は少女に言う。「代わりに、君が言って。きょうの目的」
彼女は唇を噛む。「……舞踏会。お姉ちゃんが、今夜。わたし……入って、約束を返してもらいたい」
約束という語が舌先を刺す。ラ—のスクラッチがまた軋んだ。
「舞踏会の同伴券は関税が低い」ネレイアが柔らかく笑う。「敷居は私たちが下げる。君は引いた線の内側だけ走って」
少女がうなずく。ルシが喉をコツ、と叩く。青いリングが「承認」で短く点る。
俺たちは横丁の水路に沿って敷居を再配置した。ジョラは盾で、俺は巻尺みたいな光線で。
「左手すり――ジョラ」
「中央ブイ――ネレイア」
「水門――ロウェル」
「後方――ルシと俺」
言い終えると全員が持ち場へ。チームは黙って動く方が強い。
最初の亀裂は、ガラスラベルの薄さから始まった。
――偽物だ。商人の横の商人――手が速すぎる。ラベル表面の硬い点が規格と違う。コーデックスが即座に上がる。
[検知]Port税 偽造ルート――入口:Caravanserai ポート/出力:ガラスラベル(資格/純粋)/加算関税 誘導
「捕る?」ジョラ。
「まだ」俺は首を振る。「流れを替えるのが先」偽を追えば、きょうの文脈線から逸れる。今日は構造→恋慕→取引→刃→泡。
取引の後の刃を落とすわけにはいかない。
ブイの鐘が三度鳴った。波が舞踏の開始を告げるように、防波堤へ靴音を散らす。
舞踏会場は港と階段で繋がった一台の機械みたいだ。床はわずかに傾き、客の足を中央へ流す。
俺はその流れの上に細い鉛筆線を引いた。敷居――越える時に同意を確認する低い段。
「この段を越えるとき、音を立てずに頷くだけでいい」俺は少女に言う。
「それが……同意?」
「ああ」ルシが答える。「言葉でも、身振りでも。礼が君のものであることが大事」
少女が敷居を越える瞬間、向こうから誰かが速く近づいた。ビロード/ルビー/鏡の破片。
アンナだった。微細なルビー片のように光る目元。
彼女は少女の手首をさらうように掴む。「まず資格を証明して」
エングレーブが閃く。**「資格」**キーワードが空気で膨らんだ。
[警報]敵キーワード――資格/加算関税 +12/EI 72→74(+2)/PI 05→08
「今日は契約だけって言ったよな」俺。
アンナが笑う。「門を守る口なら、資格を問うのが礼儀でしょ」
「敷居は塞ぐためじゃない。明確にするために立てた」ジョラが盾を傾ける。表面を水滴が転がった。
「だから――」ネレイアが一歩。「彼女の選択を先に聞こう」
少女は息を整え、頷く。「私は今夜、姉と踊るために、私の時間を使います」
短い宣言。正確な目的。コーデックスが反応する。
[キーワード呼出]同意/時間/関税納付(同行ラベル消費)/加算関税 無力化(現場証言 承認)
アンナの目が一度歪み、滑らかに戻る。「証言はいつだって日程の半分を食う」
視線を落とす。彼女の腰に薄い箱。漆、月光の目。開くなと言わんばかり。
昼なのに、表で月光が微かに流れる。
[メモ]「未開封条項」/浦島装置 類似/かぐや系 光沢――要検査
「君が売ってるのは資格じゃない。恐怖だ」俺はアンナへ。
「それが都市を清潔にする」
「清潔を望む気持ちは分かる。でも下層が荒れる」
背後からマリアンの声。商団会頭だ。手袋を外し、淡々と。「階段ガラス片の驟雨 予告。在庫の確保に入るわ」
「驟雨?」ロウェル。
「資格を強いたら、人は鏡の前で自分を切るの」マリアンが眉を上げる。「その破片が都市に降る」
俺は短く決断。「展開」
「左手すり防御――ジョラ」
「中央ブイ・カット――ネレイア」
「下水 水門開放 準備――ロウェル」
「儀式補正――ルシと俺」
一斉に動く。ネレイアが水の刃を半角度だけ上げると、海の刃が水面から生えた。踊りを壊す破片の軌跡を断つためだ。
ジョラの盾が手すりへ連打――トン/トン/トン。敷居が立つ音。
ロウェルは水門レバーの向きを確かめ、ロープを右手に巻く。手首が少し震えるが、顔を上げる。「恐れは他人のもの。責任は俺の」
ルシは空の手で喉を抱く。声を惜しむ癖。「音は私。拍はあなた」
「四、二」呼吸を合わせる。
最初の破片が落ちた。キラ/チン。
ネレイアの刃が破片の資格エングレーブを許しへ薄く書き換えて斬る。破片は鏡ではなく窓になって海へ抜けた。
二つ目は手すり左へ。ジョラの盾が12度に傾き、破片の流れを階段ではなく海へ送る。
三つ目は下水の上。ロウェルがレバーを半目盛/さらに半目盛――カチ。水門がわずかに開き、圧が反転。水は「内」に巻かず「外」へ押した。
[Mini HUD]
EI 74→71(−3)/PI 08→06
関税――「資格」加算 解除/契約 3% 維持
コーデックス:仮ポート圧 安定/ラ—(スクラッチ)継続
アンナは妨げなかった。むしろ観察していた。そして最後に、箱の結び目へ指を一度。「開くな」
「それは未開封条項」と俺。「同意で開け、同意で閉じる」
「誰かは、最後まで開かない方が良い」
「その誰かを決めるのはその人」ネレイアが差し込む。「あなたじゃなさそう」
アンナは笑みを消す。「きょうは情報だけ」背を向け、短く残す。「鏡法廷で会おう」
驟雨は止んだ。代わりに、薄いガラスラベルが一枚、足元へすべり込む。拾い、コーデックスに載せる。
資格――太字。だが、裏に**「入場」と「同行」が重ね刷りされている。偽造の痕。
「Caravanseraiポートへ逆追跡可」ロウェル。
「きょうは刃まで来た。なら次は泡**だ」マリアンが肩を回す。「夜に値が膨らむ」
「ラ—の空白は?」ルシがそっと。
「まだ」舌先の感覚はつるりと滑る。声の一番最初のマスが空いている。「でも今夜の舞踏会で――」
「合唱が始まったら、同じ音節で合わせて」ルシが目を閉じる。「その時、**ラ—**が見つかる」
少女はもう敷居を越え、舞踏会場へ。足跡は細い光の線を残し、その線は自然に誰かの手へ曲がる。
「私たちの仕事は?」ジョラが横で。
「資格を契約へ翻訳」俺は簡潔に。「それから、線を明確に」
風向きが変わる。ブイの鐘がもう一度三度。
コートを正し、チームをもう一度なめる。ルシは喉を惜しむ眼、ロウェルは角度、ジョラは敷居、ネレイアは許し――各々、準備完了。
そして――昼なのに、空の一片が月光みたいに光った。漆の箱の面で。
[Flag]浦島×かぐや――「未開封条項」手掛かり 確保
「舞踏会場へ」俺は言う。「パーティは契約で踊らせる」
――ブリーダーカット:ラベル検査チェックリスト(現場版)
・表面の硬点(青点)が中央から1mmずれ→偽造疑い
・裏面印刷:合法ラベルは語が一つだけ。重ね刷り=偽造ルート
・関税表(本日):契約3/許し1/同行2/資格12(加算)/永遠 禁止
Tips:ラベル交換は敷居の前で。敷居の後の交換は「同意」無効化の恐れ
[Mini HUD]
EI 71→69(−2)/PI 06→04/反射率 18%(維持)
キーワード関税:契約 3%/許し 1%/同行 2%
Plant:箱(未開封)/鏡の破片/Seat#0/ラ—(スクラッチ)
スロット:■ ■ □ ■ ■ ▢(ゲスト)――Token #2 再充填 00:07




