第20話「月光の森のループ」— 四日目・答えが先に届く夜
夕日が傾くころ、灯台の窓ガラスが最初の星を先に掬い取った。僕らが腰掛けていた作業台には、この三日間の痕が均等に散っている。折り目のついた紙の跡、ワックス膜が固まった小皿、風を試すために削っておいた小枝。ルシは窓の隅を爪でゆっくりと撫でた。澄んだ音ではなく、薄い息のような微かな擦過音が鳴る。
「今日は、私たちから先に問わない日」彼女が言う。「その代わり、聴く準備は過剰なくらいに」
「準備は動作で示す」ジョラが盾のストラップを締め直し、うなずく。「止まるのは私たちが決め、始めるのも私たちが決める。森が問いを取り出したら、その時に答えよう」
ロウェルは金属と木材を交互に見比べた。「角度は昨日から二目盛り落とす。月の高度が少し上がる。同じ信号を同じ出力で叩くとずれる」
ネレイアは水袋を持ってきて掌を濡らす。「私は耳を薄くする。水音くらいに薄く。空気が変われば真っ先に聞こえるように」
子も時間通りに灯台の扉を叩いた。赤いフードは今日は少し暗く見える。子が取り出したのは蝋燭ではなく、薄い隕石片のように光る欠片だった。雲母――まるで月光が自分から剥がれてできた鱗のようだ。
「ギルドの倉庫で見つけました」子がささやく。「月小屋を作る時に残る欠片。月光をよく返します。今日はこれで道を折れって」
「いい標だ」僕は雲母片を受け取り、手の甲で転がす。光が転がって止まる位置で、ごく微かな震えが伝わった。「折る時、反射面が風を覚える」
僕らは言葉を減らし、準備の所作だけを合わせた。今日の代価は軽く、分散して払うと決める。ルシは歌の最初の息を少し遅らせ、ジョラは踏み鳴らしの癖を逆にする。ロウェルは階段の段数カウントを奇数から偶数へと切り替え、ネレイアは水が集まる時に耳を閉じないと約した。僕は冬の朝、ドアノブの前でのためらいを置いていく。子はフードの内側の塩の匂いを、もう一度分けてくれた。
森に着いた時、月はまだ枝のあいだから息を整えていた。最初の輪を一巡。足跡が苔を押す圧が、昨日と違う。二つ目の輪で、昨日叩いた場所――空気が四角く凍ったあの地点――を通り過ぎる。三つ目の輪に入った時、ルシがとてもゆっくり手を上げた。「今」
僕らは止まった。誰も問わない。風が先に問うた。
空気が一度、折れた。言葉ではない。けれど誰にでも分かる疑問符だ。向きが変わり、温度が上がっては下がる。風の末端が僕らをかすめ、箱へ戻っていく。往復。「何を返す?」
ルシが短く息を吸って放つ。「私たちが借りた怖れ」彼女の声は森を裂かず、木目に沿って薄く流れた。「初めて来た時、迷うのが怖くて掬い込んだ恐れ。返すよ。必要なら少しだけ残して」
「私は癖を一つ」ジョラが盾の縁を地に軽く触れさせる。「いつも先に歩いた足。今日は後ろで合わせる。せっかちを返納」
「僕は間違った角度」ロウェルが笑う。「正しい角度を見つけるには間違いを抱えねばと思ってた。今日はその信念を置こう。正しい角度だけを追う」
ネレイアが掌を開く。「集まる水を起こさせた耳。今日は消えていく水を聴く。忘れていいものをすぐ忘れる術。それを森に預ける」
僕は雲母片を持ち、呼吸を合わせた。「名前の代わりに、呼ばない合意を一つ。君の名を求めないという約束」
子も顔を上げる。「ぼくは……赤を少し。人がぼくを見分ける色。今日は森が見分けるようにします」
風の往復が終わると、どこかでとても静かなカチリという音がした。開く音ではない。装填とも違う。長い冬のあいだ薄く固まっていたガラス戸に掛かった小さな掛け金が、正しい位置にはまり込む時の音。箱の空気が少しゆるんだ。
「質問がもう一つ来る」ネレイアが囁く。
本当にそうだった。今度は匂い。濡れた木、乳白、古い紙肌の匂い。それが僕らをかすめ、箱の中へ入っていく。「何で縛る?」
ルシは子のくれた雲母片を受け取り、縁を掌にチッと触れさせ、月光が来る前の闇の光で一度だけ転がした。「糸でなく、反射で縛ろう。君が私たちを見る時だけ、私たちもここを見直せる。私たちが振り向きたい時ではなく」
「折りで補強」僕は紙をもう一度だけ折って小さな三角にした。「これを残す。開けば消え、折れば現れる。僕ら以外に折り方は分からない」
ロウェルがうなずく。「角度は僕が持つ。この面が月を掴めば、もう一方は風を留める。二つがずれた時だけ道が見える」
ジョラは盾の内側を僕の方へ半回転させた。長年身体に貼り付いた型を変えなければできない動作だ。「誰かが押しても開かないように。開いていそうに見えて、易々とは押し通れないように」
森がとても小さな歓声を送ってきた。歓声と言うには静かで、許しと言うには温かすぎる。その時、月が出た。枝の間からただ現れるのではなく、僕らの肩で一度弾んでから遊泳する。雲母片の上に光が集まり、細い糸のように長く伸びた。その糸は子のフードにそっと貼り付く。
「この糸が――」子が慌てて背を探る。「くっついた」
「その糸は君の帰り道を束ね、私たちの帰り道を覚える」ルシが言う。「痛くはないはず。代わりに嘘をつくとちょっとむずむずするかも」
子の笑いが葉を揺らした。僕らはその振動を足裏で受けた。箱の輪郭がひと息ぶんだけ現れる。開かない扉だが、敷居はあった。敷居は越えられる線だ。僕らはその線を越えず、その線を引くだけにした。
その時、上からまた低く澄んだ声が落ちた。「点検」
昨日のあの存在だ。だが昨日の軽い戯れと違い、今日は音色の温度が一定だ。まだ冷たくはないが、変わらない水のように静か。
「今日の安全助言」彼女が言う。「月が替わる時は言葉も替えなさい。同じ文を繰り返すと、巻き戻しは早くなる。あなたたちは今日、文を短くしなかった」
「私たちは約束を長くする」ジョラが上を見ずに答える。「長くしておけば逃げない」
「長い言葉には隙が多い。隙は危険を呼ぶ。キュレーターは危険が嫌い」
ルシが僕の肩から手を離した。「すべての危険が悪いわけじゃない。冬の陽だって危ない。でもそれを塞いではいけない。人は光を食べずには生きてないから」
「気軽に言うね」彼女が笑う。「それでもいい。今日は私が問う。箱に何を問いたい?」
僕らは互いを見なかった。代わりに沈黙で口を合わせる。今日は問わない日――その約束は破れない。
「問わない」僕は森に言う。「聴く」
一瞬、空気がとても浅く震えた。枝の影が目一杯伸びては縮む。そして――箱から匂いが変わった。海の鱗と月光が重なり、ふっと小さな塩花の匂いが弾ける。子のフードの匂いに似ているが、もっと古い季節の匂い。
「答え」ネレイアがほとんど聞こえないほどに呟く。「箱が先に話しかけた」
言葉の代わりに匂い。僕らはその匂いを慎重に分け合った。匂いには方向があった。巻き戻しの**目**が含まれていた。「三度は森、ひとたびは海。四つ目に人」
「三・一、四つ目に人」ロウェルがわずかに首を傾ける。「規則じゃなくリズムだ。今日、三つ目の輪で止まったのは正しかった」
「私たちの選択じゃなかったんだな」僕は笑いを飲む。「上手くやったんじゃなく、上手く聴けただけだ」
「よく聴くのもよくやること」ルシが静かに足す。「耳は鍛えられるから」
上の声は静かになった。もう去ったと思えるほど静かになって、最後に一語だけ残す。「てい—」
僕らは同時に手を上げた。ジョラが盾で空気を断ち、ネレイアが掌の水をはらりと散らす。水滴がほどけ、『止』の『る』が隠れた。単語は完成できない。
「その言葉は私たちの側でだけ折る」ルシが言う。「あなたが完成させたら、この森は止まる。止まれば、あなたの欲しい安全だけが残り、私たちの欲しい約束は消える」
返事は戻ってこなかった。戻らない返事も返事だ。僕らはもう問わない。代わりに、今日の道をもう一度だけ歩いた。三つ数え、一つを飛ばし、四つ目で止まる。雲母片の糸が子のフードから長く伸び、また月へ戻る。
帰り道で、子が恐る恐るたずねた。「今日は……ぼくが嘘をつかなかったからですか? 糸がむずむずしませんでした」
「嘘をつかなかったから楽だったんだろう」僕は笑う。「それに、君が先に聴いた。箱が匂いで話したことを」
子の肩が少し上がって、すとんと下りた。「最初は怖かったけど……その匂いがしたら、お母さんが洗濯から出してくれた冬の布団みたいでした。古いのにあったかくて、ちょっと塩っぽい」
「いい比喩」ルシが感嘆する。「明日も覚えておいて。匂いは嘘をつけないから」
灯台へ戻ると、海は穏やかだった。僕らは作業台に雲母片を置き、今日折った紙をその横にそっと立て掛けた。紙は月光を呑み込んで吐き出す癖を矯めたのか、もう過剰にはきらめかない。静かな呼吸だ。
短い夜のコージーカップのため、カップに熱い湯を少し注ぎ、塩をひとつまみ分け合う。香りだけレモン皮を手首にすりつけた。ルシが一口目を舌の裏へ落とし、僕らを見回す。
「今日の学び」彼女が言う。「巻き戻しはリズム。禁句より危ういのは反復、反復より危ういのは無意識。だから折る。折れば無意識が意識になり、意識が約束になる」
「そして答えは先に来ることがある」ロウェルがカップを置く。「僕らが問わなければ、森が問う。その時は僕らが答えればいい」
「私は今日、速度ではなく長さを選んだ」ジョラが盾を壁に掛けながら言う。「長く話し、長く歩くことが今日は正しかった」
ネレイアが窓を開け、夜気をひと掬い入れる。「塩花の匂いがまだ残ってる。巻き戻しの間隔が伸びた証拠。明日はもっとゆっくり来る」
僕は窓の外の月を見る。舌先の空白は今日はほとんど擦れない。それが、僕らが名を求めなかったからなのか、あるいは名が僕らをあまり悩ませなくなったからなのかは分からない。どちらにせよ、明日を待てると思えた。
灯台の扉を閉める前に、子がそっと手を挙げた。「明日は……ぼくが先に話さなくてもいいですか? 箱が先に話すのを、ぼくも待ってみたい」
「いいよ」ルシが微笑む。「明日の約束。私たちは先に問わない。君も先に話さない。その代わり――」
「その代わり、聴く」僕が引き取る。「そして、折る」
海が答えるように、とても遅い拍手みたいに浜を叩いた。夜は長く、巻き戻しは少しだけ遅くなった。僕らはそのあいだで互いの呼吸を合わせた。長く、けれど急がずに。それが、今夜僕らが結んだ契約だった。




