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プロローグ「アーカイブ・ゲート、契約の門」

雨の匂いは、上から降りてきた。

天井のない空みたいに白いホール。扉の上に小さな銘板が並ぶ。Port / Ballroom / Caravanserai / Forkwood。名前は違っても、鍵は一つだった。


足元の排水溝が浅く鳴った。水が来る。

俺はコートのボタンラインを揃え、カラビナのコンパスをコツ、と叩く。金属の内側で短い振動。儀式タイマーが目を覚ます。

[Briefing]人魚圏域 EI 71/残り 68:14:08/反射率 18%


「空席は、きょうも残す」

ルシが喉をさすりながら言った。青いリングが点いては消える。

「残す。負債や約束を抱えた誰かが、私たちと一緒に越えるかもしれないから」

ジョラが盾紐を締める。「敷居は低く。線は明確に」

ロウェルは扉上のクリスタルを指二本分だけ傾けた。「反射角、一致」

ネレイアは掌をひらく。塩分の光が薄く走る。「所有しない。許しで」


台座にはガラスの杯が五つと空の杯が一つ、薄いガラスのコイン箱。

縁の目盛りには――記憶1/声1/時間1tick/体温1tick――**通行トークン(Consent Token)**の最小単位(6枠スロットに装着する通行証)。


「まず、行為」

杯を合わせ、呼吸をそろえる。四、二。

「次、キーワード」

俺は短く宣言した。「契約」

ルシが低く重ねる。「招待」


そして、代価。

――俺は最初の海茶のカップ縁にあった微細な傷の触覚、

ジョラは盾革の匂いを一本、

ロウェルは滑車の綱の張力を指二本分、

ルシはラ音を一点、

ネレイアは喉の奥で止めた息をひとかけ――を杯に落とした。


[Token Minting]分散支払い=100%/Consent Token 5枚発行 → スロット:■ ■ ■ ■ ■ ▢

[Transit]許可


水が足首まで満ち、扉が開いた。タール、濡れたロープ、濡れた革の匂い。遠くでブイの鐘。

波は同じ形で三度砕ける。その隙に、ごく薄い空白――無音の一拍。


回廊の床には浅い水。踏むたびに細い光の線が残る。

ここでは検問は手ではなく、足が受ける。


正直な眼をした監理官が近づいた。

「お名前は伺いません。足を伺います。三歩だけ」

左。停止。右。ルシの足首が一度だけ折れ、リングが二度、短く点滅する。

「通過。そして参考までに――沈黙も真実であるかぎり証言として認められます。招待状裏の紋様は消さないでください」


招待状裏の黒真珠エングレーブはほとんど擦れていたが、縁には微細なパンチ 0|0|0 が残っていた。爪でコツ、と弾くと、陽が一点跳ねた。

舌先で音節が滑る。ラ――が擦れるように抜けた。(24hスクラッチ:本日中に「契約」を呼び出す際、ラ音節は無音処理)

コーデックスの奥でカチ、と記録音。


ドームの向こうの外港は、踊るために組まれた都市らしく、手すりと階段が幾重にも絡む。仮面を外した人々の足首には同じファブリックバンド、足跡は細い光の線を残した。

名を呼ばない誓い。守るなら、呼ばない。


「本日の関税」ロウェルがリーダーを読む。「キーワード関税:契約 3%/『資格』加算 最大12%」

「『資格』は向こうの鍵だ」俺は言う。「俺たちは契約だけを言う」

ジョラがうなずく。「敷居は私が引く」


手すりにもたれたとき、風が文を裏返した。波の拍と都市の低音が一度重なり、ずれた。そこに休符が滑り込む。

防波堤の先には新しい椅子の標識。下の数字は 0。背板にはラベルスロット、縁には競売のパンチ。誰かが「席」を商品にしている。


「ラキナ」

ルシが低く名を吐く。Curator の競売人。「席を開く……いや、売る」

「誰が買う?」

「誰かを座らせたい者。あるいは、座る準備ができた者」彼女は笑う。「それから、あなたの残した約束を、誰かがレジに載せた」


ラベルと標識の隙間で、赤い糸が一本、風に揺れた。縫合線――文書と席を縫い止めた痕。

俺は糸を取らない。代わりにコンパスを叩く。針は席を指し、パンチは陽の下でごく微かに震えた。まだ逃げ遅れた文字のように。


「Null は停止を崇め、Curator は安全を口実に凍結し、Pallor は代価を群衆の1%ずつに分散する」

俺は帳簿を読むように言う。

「私たちは?」ルシ。

「現場で支払う」俺は標識に手を置く。「席#0の実物を確認する。競売なら規則で開け、展示ならライブに換える」


ルシが喉のリングをコツ、と弾く。青が広がって消える。

「その前に、失った**ラ――**を取り戻して。無音合唱のキーは、いつも同じ音節から始まるから」

舌先の空白をもう一度確かめ、ボタンラインをまっすぐに。約束の線を立て直す。


手すり下の夜市では、もう『資格』を売る声が上がっていた。薄いガラスラベル、重い句点、速い手。

きょうの**文脈線(Canon Corridor)**は単純だ。構造 → 恋慕 → 取引 → 刃 → 泡。

やることは一つ。アンカーを保存し、キーワード関税を避けて、契約で流れを矯正する。


仲間を見回す。ルシは「喉を惜しむ」という合図を、ロウェルは角度を、ジョラは敷居を、ネレイアは許しを整えた。

ゲスト枠がかすかに鳴る。名はまだ空だ。きょう私たちと越える者を選ぶのは私たちではない。現地の負債と約束が決める。


「出発」

俺たちは港へ歩み入った。


――ブリーダーカット:海茶(Sea Tea)

乾燥海藻 二つまみ/熱湯 500ml/塩 ひとつまみ。

レモンの皮でカップの縁を一度なぞる(香りだけ)。最初の一口は舌の下へ。

Tips:嫉妬の塩気のあとに来る香ばしさが「契約」の味。


[Mini HUD]

EI 71→69(−2)/反射率 18%

キーワード関税:契約 3%/「資格」最大 +12%(注意:敵キーワードの先出し禁止)

Plant:0|00/赤い糸/ラ—スクラッチ/真実の沈黙

スロット:■ ■ ■ ■ ■ ▢(ゲスト)

【次回予告】#01「港の徴候」――『資格』を売る手、先に合言葉を口にしてしまった少女、そして敷居の初実戦。

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