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こちら夢守市役所あやかしよろず相談課  作者: 木原あざみ
第三章:真夏の恐怖怪談
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エピローグ①

「先輩ってなんだかんだ言っても、人のことをよく見てますよねぇ」


 珍しく課長と連れたって先輩が外回りに行ってしまったので、今日のあやかしよろず相談課は七海さんとあたしのふたりきりだ。

 急ぎの仕事もなかったので、ファイルの整理をしつつ、あたしはこのあいだの相馬さんの一件を七海さんに話していた。

 先輩からすでに聞いていたのだろうけれど、そんなことはひとつも言わず、七海さんは優しく聞いてくれる。だからつい余計なことまで喋ってしまう。


「あたしもよく考えてることを言いあてられるんですよね。先輩いわく、あたしがわかりやすいから、だそうですけど」


 そんなに顔に出てるんですかねぇとあたしは笑った。心を読まれているみたいで不快だとは思わないが、謎な人だとは思う。


「七海さん?」


 いつもだったら、そんなことないよ、あるいは素直なのはいいことだよといった相槌を打ってくれるのに返事がない。不思議に思って顔を上げると、七海さんはどこか困ったようなほほえみを湛えていた。


「どうかしましたか?」

「真晴くんはね、人の感情がわかるんだ」

「え?」


 きょとんとするほかなかった。予想外すぎるし、奇想天外すぎる。


「ごめんね。突飛な話だったね」

「あ、いえ、……その」


 あやかしがこの世に存在しているのだから、突飛な話ではないのかもしれない。けれど、どう言っていいのかわからなくて返事に窮してしまった。

 そのあたしに言い聞かせるように、七海さんはゆっくりと言葉を紡いだ。


「感情がわかるというのは、心が読めるだとか考えていることが寸分違わずわかるとか、そういったことではないんだ。ただ、感情がわかるというだけで」

「わかるって、……その人が笑っていても本当は怒っているとか、そういうことですか?」

「真晴くんにどういった世界が見ているのか僕にはわからないから、正確には理解できていないんだけど。世の中には繊細な人がいるよね。過敏に他人の機微を察知しすぎてしまうような。でもそれは得てして本人の主観が入ったものさしでしかない」

「先輩の場合は、『この人はそう思っているに違いない』っていう思い込みじゃなくて、事実として見えるっていう話ですか?」

「信じる信じないは、きみ次第」


 にこりとほほえんでみせてから、「今のはいじわるだったね」と七海さんが言う。


「ごめんね」

「いえ……」

「じゃあお詫びついでにもうひとつ種を明かそうか。僕は目がいい。真晴くんは心がいい。ちなみに課長はね、耳がいいんだ」

「耳が?」

「なんだったら、今度聞いてみたらいい。この庁内のことであの人が知らないことはなにもないんだよ。本当の生き字引は僕じゃなくて、あの人なんだ」


 文書番だと噂されていた七海さん。その七海さんを頼って来たのが相馬さんだった。それが今回の一件の始まりで――、こんな話を聞かされることになるなんて思ってもいなかったけれど。

 そういえば、相馬さんとうとう公文書の紛失を認めて報告したって言ってたなぁ。昨日ほのかさんに聞いたばかりの話が頭に過る。

 こってり絞られて相馬さんはいたく凹んでいたらしい。


「こういうのを血筋というのかもしれないね」

「血筋、ですか?」

「そう。僕と真晴くんは親戚だと言っただろう。課長も僕の遠縁でね。田舎の市役所なら縁者が庁内にいることは間々あるけれど、こんなふうに同じ課に配属されることは本来だったそうそうない。なんでか知っている?」

「え……っと、その、あまり良い言い方じゃないと思うんですけど。共謀してなにか悪いことをしたりしないように、ですよね」


 七海さんたちがそんなことをする人じゃないことは、わかっているけれど。そんなふうな決まりを聞いたことがある。

 自分の兄弟が先に市役所に入ってしまったら、同じ事務職であればまず採用はされないというような話。


「そうそう。ただご存知のとおり、ここは特殊だからね。もとはと言えば、このよろ相を立ち上げたのが課長のおじいさんなんだ。以降、ここに配属されるのは課長の親族ばかり。もちろん、三崎くんのような例外もあるけれどね」


 閉じた部署だろうと笑った七海さんに、あたしは曖昧に頷いた。夢守市役所の墓場、一度配属されたら二度と配置転換されない謎の部署。たしかにそう言われていた。

 配属されるまで、あたしもなにも知らなかった。ここが、どんなところなのかなんて。


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