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こちら夢守市役所あやかしよろず相談課  作者: 木原あざみ
第三章:真夏の恐怖怪談
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おばけよりも怖いもの⑤

「相馬さん! もし本当ならそう言ってください! 取り返しのつかないことになったらどうするんですか!」

「……」

「もしかして、あたしがほのかさんと喋ってたからですか? でも、ほのかさんは相馬さんの悪口なんておっしゃってませんでしたよ」


 後半は完全に嘘だったが、嘘も方便ということにしていただきたい。先輩から突き刺さるなんとも言えない視線から察するに、先輩にはバレている気がするが。とりあえず、相馬さんをなんとかするほうが先決だ。

 しょうもない意地で取り返しがつかなくなるなんて、馬鹿らしすぎる。それに、――。

 どんな人だろうと傷ついていい人なんていない。偽善でもいい。あたしはそう思っているし、目の前にいる人を、――助けられるかもしれない人をほうっておけない。


「相馬さん!」


 お願いですからと言い募る。相馬さんは口を開かない。きっと馬鹿みたいにプライドが高いに違いない。そんな人が、自分のしたことを素直に告白することはできないのかもしれない。

 先輩が口を挟まないのは、今のところあたしを信用してくれているからだ。そう思い切って、できるだけ柔らかく問いかける。


「その、ほのかさんの決議書を盗ったのは、相馬さんですか」


 返事までしばらくの間があった。妙な緊張のなかで、ゆっくりと相馬さんが頷く。ひとまずあたしはほっとした。

 けれど、次の瞬間、腕を舐めるように見つめていた相馬さんが、きっと顔を上げた。


「どういうことだ?」

「どういうことって……」

「ほら見ろ、適当なことばっかり言いやがって! なにひとつ減ってないじゃないか!」

「すげぇな。ぜんぶ把握してんのか」


 馬鹿にしたように先輩が呟く。いや、そりゃ、まぁ、腕に目が現れて徐々に増えていった日には毎日チェックするんじゃないかなぁと思ったが、完全に失敗したらしいあたしは沈黙を選んだ。余計なことは言うまい。


「なぁ、相馬。それ盗ったのはおまえで間違いないんだよなぁ」

「だからそうだと言っているだろう! なんで何回も言わなきゃいけない」

「おまえに反省の色が見えないからだろうが」


 うんざりと首を振った先輩が、相馬さんを見据えたまま尋ねる。


「なんで盗った?」

「は?」

「だから、なんで盗ったって聞いてるんだよ!」


 かなりドスの聞いた声に、相馬さんの肩が揺れた。そして、振り切れたように叫ぶ。


「そいつが俺のことを馬鹿にしたからだよ!」

「違うだろ、素直に言え。ここまで来て誤魔化すな」


 消えるもんも消えなくなるぞと、迷いを滲ませている相馬さんを脅すような言葉が続く。


「おまえがそうやって嘘ばっかり吐くから、どうにもこうにも進まないんだろうが!」

「おまえも!」


 逆切れのように相馬さんがあたしを指差した。


「え? あ、あたしですか?」

「おまえも、細宮も! ちょっと愛想がいいだけで、なんでおまえらばっかりがかわいがられるんだ! おかしいだろうが!」

「えええ、そんな」


 というか、あたしべつにそんなにかわいがられたり贔屓された覚えないんですけど、税務課で。ひどい対応をされた記憶もないが。でもそれって当たり前じゃないだろうか。

 誤解ですと言い募るより早く、呆れ切った声で先輩が割って入る。


「それでおまえになんの悪影響があったよ。単なる僻みじゃねぇか」

「そうだよ、悪いか!」


 逆切れが爆発したような台詞に、こんな場面にもかかわらず、あたしはへにゃりと力が抜けた。なんだそれ、小学生か。

 そんなことで、簡単に人に悪意を向けるの。

 信じたくなかったけれど、糾弾することもできなかった。これみよがしに溜息を吐いた先輩が、相馬さんの胸に決議書を押し付ける。ぎこちなく相馬さんがそれを手に取った。

 捨てる意思はなさそうな雰囲気に、少しだけほっとする。


「ほら」


 呆れ切った顔で、先輩が相馬さんの右腕の肘あたりを指した。


「一個減ったじゃねぇか」


 その指摘に、相馬さんがばっと自分の腕を凝視する。そして思わずと言ったふうに呟いた。心底ほっとした声で。


「き、……消え、た」

「それに懲りたら、もう面倒なことするんじゃねぇぞ。俺はあと六十回も付き合わねぇからな。ちゃんとしろよ」

「ちゃんと?」

「おまえがまたやらかしたら増えるぞ。減らしたかったら、改心しろ」


 胸糞悪いと吐き捨てながらも解決方法を提示してあげているのが、なんとも先輩らしかった。

 居心地悪そうに視線を逸らした相馬さんは、お礼を告げることもなくその場を去っていく。

 足音が完全に消えたところで、あたしはほっと息を吐いた。ようやくいつものあやかしよろず相談課に戻った気分だ。

 ふたりきりになった課内で「本当に最悪だな」と先輩が言う。言葉どおりの苦り切った横顔を見つめたまま、あたしは言った。


「先輩は、本当に優しいですよね」


 にことほほえむ。心の底からの本心だ。見習わなければならないなぁと思うし、口先ばかりの自分が少し恥ずかしいなぁとも思う。またぜんぶをこの人に任せて頼ってしまった。もっとあたしにできることを増やさないといけない。そう反省していると、呆れ切った声が響いた。


「おまえの頭はあいかわらず幸せだな、本当に」

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