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こちら夢守市役所あやかしよろず相談課  作者: 木原あざみ
第三章:真夏の恐怖怪談
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おばけよりも怖いもの①

「なんだか河童さん、今日はご機嫌斜めでしたねぇ」


 はじめて会ったときの善良そうなおばあちゃんの仮面はどこへやら。今日の河童さんは完全にへそを曲げたおばあちゃんだった。


 ……まぁ、へそを曲げた理由が理由だし。なんだかなぁっていうだけなんだけど。


「しかたねぇだろ。どこぞの馬鹿がゴミばっかり捨ててくんだ。おまえだって自分ちの庭に空缶やらなんやら投げ捨てられたら腹も立つだろ」

「まぁ、そうなんですけどね」


 夏になると川遊びやらバーベキューやらで、あの河原を利用する市民は急増する。楽しんでくれるだけであればいいのだが、悲しいかな先輩の言うとおり汚して帰る人間が多いのだ。

 そうじゃない人もいるのだろうけれど、たいした悪気も罪悪感もなく川にゴミを捨てる人がいる。そのことを、あたしは先刻の掃除で改めて思い知った。本当に、なんでもかんでも捨て過ぎだ。

 そんなわけで、すっかり帰りが遅くなってしまったのだ。定時を過ぎた市役所を見やり、川掃除で凝った肩を回す。お盆に残業をする人はさすがにあまりいないみたいで、本館からは三分の二以上の電気が消えていた。

 旧館の入り口に向かいながら、先輩に問いかける。


「やっぱり地域の方を巻き込んでの大掃除とかってできないもんですかねぇ」

「だからうちの案件じゃないっつったろ」

「じゃあせめて川に看板立てるとか。その看板づくりを小学生に手伝ってもらうとか」

「うちの一存でできるわけねぇだろうが」


 物の見事に一蹴されてしまったものの、律儀に返事をしてくれるだけマシなのかもしれない。それはそうでしょうけど、ともごもごと口のなかで呟く。

 先輩の言うことは基本的に正論なのだが、頑固が災いしてなかなか諦めることができない。


「それはそうなんだから、そうなんだよ」


 うんざりと評して差しさわりのない声に、あたしは慌てて「わかってますよ」と取ってつけた。

 少なくとも妙な意地を張って我を突きとおす真似をするつもりはない。身近な仕事仲間ひとり納得させることができないで、先に進めるわけがないからだ。

 まずは先輩ともっとしっかり話して、先輩の意見もちゃんと聞いて、それから七海さんと課長にプレゼンだ。

 ひそかに決意して旧館を見上げたところで、あたしはあれと首を傾げた。


「先輩」

「あ? なんだよ」

「今日って、たしか七海さん定時に帰るって朝におっしゃってましたよね」

「言ってたな、そういや」

「えぇ。なんですけど。なんかうちの課、電気がついてるような」


 二階の窓を指差したあたしに、先輩が眉をすがめた。やっぱり、ついている。


「七海さん消し忘れられたんですかね、珍しい」

「おい」

「はい?」

「おまえ、今から俺がいいって言うまで大声出すなよ。あと、静かに歩け」

「え? え、それって……」


 いったいどういうことなのか。クエスチョンマークを頭の上に盛大に散らしたあたしを黙殺し、先輩は無言で顎をしゃくった。怖い。様になっているのがやり慣れてる感が滲み出ていて、余計に怖い。


 ――昔は、もっと大人しそうだったのになぁ。


 まぁ、今のほうが生き生きしてるというか、肩から力が抜けている感じがするから、いいと思うけど。

 しかし、人って変わるもんだなぁ。そこまで思ってから、あたしは思い直した。あのころもしっかり向き合って話をしていたら、案外こんな感じだったのかもしれない。

 知ろうと思わなきゃ、見ているだけじゃなにもわからないのだ。

 苦笑いで頷いて、足音なく階段を上る先輩に倣い、できるだけ足音を殺してその後ろに続く。


 ――でも、なんなんだろうな、本当に。


 めったとないことかもしれないけれど、それでも。七海さんが電気を消し忘れたとしてもおかしくはないはずなのに、盗人がいることを確信しているかのような、足運び。

 先輩の世界は、本当になにが見えているんだろう。

 その目を借りたら、あたしとはなにもかもが違う世界が見える気がした。

 あやかしよろず相談課の前で足を止めた先輩が、ちらりとあたしのほうを振り返る。たぶん、入るぞという合図だ。

 同じく無言で頷き返すと、先輩が前を向いた。そうして勢いよくドアを開ける。


「……え?」


 想定していなかった光景に、ぽかんと口が開く。


「え、え、え? 相馬さん?」


 先輩は最初からわかっていたような顔で、なにも言わなかった。困惑するあたしの視線の先で、相馬さんはちっと舌打ちせんばかりの苦々しい顔で、先輩の机の引き出しから手を離した。

 はっきり言って怪しすぎる。

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