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こちら夢守市役所あやかしよろず相談課  作者: 木原あざみ
第三章:真夏の恐怖怪談
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「旧館のもじゃおさん」③

「ただいま戻りましたー」


 あやかしよろず相談課のドアを開けると、先輩の顔が上がった。なんだか不機嫌そうだ。

 七海さんは午前中からずっと奥の部屋にこもったままである。昨日に引き続き調べものがあるらしく、課長は夏季休暇を消化中。不機嫌の理由を察して、あたりはぺこりと頭を下げた。


「あ、すみません。電話番おしつけちゃって」

「おまえ、また税務課行ってたろ」

「な、なんでわかったんですか!?」

「見りゃわかる」


 たまに先輩が口にする台詞だが、あたしはそんなにわかりやすいのだろうか。いやでも、それにしたって行っていた場所までわかるものなのか。

 そんなことを考えながら、自分の席を引く。あ、そうだ。今日は午後一で河童のおばあちゃんに会いに行くんだった。


「先輩、このあとって……」

「おまえ基本的に昼休みはここにいるだろ」

「え? あぁ、まぁ、そう言われると。国保のときの癖ですね。昼も窓口が忙しかったから」


 昼当番という制度はあったが、昼当番の人間だけでは到底手が足らないのだ。だから念のためにと待機する癖がついてしまった。

 よろ相は昼休みに電話がかかってくるようなことは、そうないのだけれど。


「それでたまにおまえが昼休みに外に出るときは、聞いてもねぇのに、前日から誰それちゃんと食堂行くんですーって言ってくるじゃねぇか」

「そう言われると、たしかに」


 そうかもしれない。そして相手は九割九分夏梨ちゃんである。


「そのおまえがちょっと出てきますの一言でそそくさと消えたんだ。税務課で余計なおせっかいしてるとしか思えねぇだろうが」

「……おっしゃるとおり、です」


 観念して、あたしは頷いた。いや、べつに隠すつもりはなかったのだけれど。ただ、これ以上、先輩に迷惑をかけるのは忍びなかったという、それだけだ。


「でも、その、相馬さんはいらっしゃらなかったみたいで、べつに、だから、その」

「おまえが気づいてなかっただけじゃなくてか?」

「え? え、いや、……そうだと思うんですけど」


 そう言われると、途端に不安になってくる。え、いなかったよね、相馬さん。


「それで? 収穫はあったのか」


 先輩がそう言ったのとほぼ同時にチャイムが鳴った。立ち上がった先輩に続いて、あたしも慌てて立ち上がる。午後の仕事開始。出発だ。

 準備をして、奥の部屋に向かって声をかける。


「河童さんのところ行ってきますね!」


 気を付けて行ってらっしゃいという声を背に、あたしは先輩を追いかけた。


「収穫は、ですね! ほのかさん……、あ、あたしの同期なんですけど、が税務にいて、ちょっと話を聞いてみたんですが」

「それで?」

「えぇと、その、なんというか、中井さんが言っていた話がどうも本当みたいで。その、相馬さんと揉めたあとに、揉めた人の持ち物が失くなるっていうことが多々あったらしいです。ただ明確な証拠はないらしくて。現状、どうにもならない感じみたいですけど」

「それで?」


 淡々と問い返されて、あたしは「えぇと」と軽く言葉に詰まった。


「なんで相馬さんはそんなことをされるのかなぁと思って。もしなにかお力になれることがあればとも思ったんですけど、そもそもあたしは相馬さんのことをよく知らないので、勝手に決めつけるのもどうかとも思ったりもして」


 なんだか話しているうちに、自分でもよくわからなくなってしまった。うーんと悩みながら、つらつらと続ける。


「はっきりと理由は言えないんですけど、お節介だともわかってるんですけど。なんというか、ほうっておけなくて」

「ほっとけないって、本当にお節介だな、おまえは」

「わかってます。でも、寂しいじゃないですか。そりゃご本人が望んでひとりでいらっしゃるならいいと思いますよ。でも、中井さんたちがおっしゃってることが本当なら、相馬さん実はすごく寂しいんじゃないかなと、そう思ってしまって」


 もちろん同じくらい面倒な人だなぁと思うし、同じ課じゃなくてよかったとも本当に思っているけれど。

 ただ不器用なだけなのだとしたら、気の毒だなぁと思う。それも本当だ。


「先輩」

「あ? なんだ、今度は」

「なんで先輩は、相馬さんが隠したんじゃないって言い切れたんですか?」


 噂だけで人を決めつけちゃいけない。それもわかっているものの、あたしはやっぱり相馬さんがしたのではないかと思ってしまう。だって、中井さんやほのかさんが言ったことのほうがずっと信憑性があるし、ふたりとも人を貶めるような嘘を吐く人じゃないのだ。

 それに、そういった真っ当そうな意見の側につくほうが楽だ。

 面倒臭そうにあたしを一瞥して、先輩は溜息を吐いた。


「ほかのは知らねぇ」

「え?」

「でも、……まぁ、なんだ。少なくともおまえの机に入ってた一件はあいつじゃねぇんだろ」

「だから、どうして、そんなにきっぱり言い切れるんですか?」

「あいつが嘘吐いてなかったからだよ」


 だからなんで、そんなふうに言い切れるのだろう。嫌いなはずの相馬さんの言葉を信じることができるのだろう。

 よくあたしは「いい子」だと言われる。そう言われるとうれしいし、ほっとする。あぁ、あたしの気配りは間違っていなかったんだって。嫌がれるようなことはしていなかったんだって。

 そう評価してもらえているようで、ほっとする。


 ――でも。


 本当に「いい人」なのって、絶対にあたしじゃない。みんなから変人だって言われてる先輩のほうだ。


「なんか、先輩が言うと、本当な気がしてきました」

「だからってあいつがいいやつだとは口が裂けても言わねぇからな、俺は。あんなのはクソだ。ま、その噂とやらも、あいつの自業自得だろうしな」


 褒められ慣れていない悪ガキそのものの言い草に、思わず笑ってしまった。当然のごとく、なに笑ってんだと怒られてしまったのけれど。

 やっぱり先輩は優しい人だと心の底から思う。そして、そのことを知ることができてよかった、とも。ここに配属されなかったら、きっとあたしは知らないままだっただろうから。

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