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こちら夢守市役所あやかしよろず相談課  作者: 木原あざみ
第三章:真夏の恐怖怪談
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VS税務課①

「と、いうわけなんですけど、どうでしょう」


 上森のお祭りが終わって、早二ヶ月。通常業務の合間にちびちびと作成していた渾身のプレゼンを、この日ようやくあたしは先輩に披露することができた。

 題して、地域の方たちにこそ、あやかしとうまく付き合ってもらおう大作戦。

 鼻息荒い説明を聞き終えた先輩は、ものすごく嫌そうに「なんでだ」と呟いた。


「なんで、と言いますと」

「だから」


 きょとんと繰り返したあたしに、先輩が苛々と書類の山を指先ではじく。あいかわらず手癖が悪い。


「そういうのは地域振興課の仕事だって言っただろ」

「そりゃ、まぁ、聞きましたけど」


 これもちょうど二ヵ月前だ。白狐さまに会いに行く車中で、思いついたまま口にした提案は見事にぶった切られている。


「だから、今度こそ先輩に一蹴されないように、ちゃんと考えたんです」

「それがこれか」


 先輩はうんざりとプレゼン資料を持ち上げた。繰り返すが、がんばって作成した渾身の一作である。


「たしかに川の清掃とかそういうことは地域振興課の仕事だと思います。でもですね、あくまでもあやかしとうまく付き合ってもらおう大作戦の目的は、忘れられているあやかしをみなさんに知ってもらうことなんです」

「……おまえ、ついこのあいだは、見えないやつは見えないし、見えなくて当たり前だっていう俺の話に納得してなかったか?」

「それは、はい。しました」

「だったら」

「でも、地域の伝承は伝えていかないと、消えてなくなっちゃうじゃないですか。あやかしを信じる信じないと伝承を知らないというのは、また別問題ですよ」


 勢い込んだあたしをよそに、先輩は無言で資料を繰っている。


「あたしだって、元々は……、その伝承は知っていました。でも、あやかしの存在は信じていませんでした。でも、それでも否定はしませんでした。祠にも毎日参ってましたし」


 そこまで言ってから、言葉足らずに気づいて補足する。


「あ、祠っていうのは、うちの家の裏庭にある祠なんですけど。おばあちゃんいわく、竜神様の祠だそうで。それも本当かどうかはわからないんですけど。というのも、化け狸のおばあちゃんや白狐さまみたいに姿を見たことはないので。あ、でも、もしかしたらこれから見れる可能性もあるのかな」

「いや、聞いてねぇし」


 脱線しかけた話を遮って、先輩が溜息を吐いた。苛々しているというよりはやるせなそうである。

 その雰囲気に、もしやとんでもなくお門違いのプレゼンを披露したのかとぎくりとする。


「ちょっと冷静に考えたらわかるだろ。どうやって市役所の人間が一般市民にそんな伝承を披露すんだよ。何課だ。謎過ぎるだろ。クレームが入るのが関の山だぞ」

「で、でも、十人中ひとりくらい、そういうことに目を留めてくれるようになるかもしれないじゃないですか。変なことでも継続すればいつか妙なことだと思われなくなるかもしれないですし」

「あいかわらず性善説の塊みてぇな脳みそだな」


 ばっさりと切り捨てて、先輩が資料を机の上に置いた。


「そもそも、なにをどうしたらそんなに人間を信じられるのか、その意味がわからねぇ」

「え、……っと」

「人間なんて、大なり小なり建前だらけじゃねぇか。裏表のねぇあいつらのほうがよっぽど気楽に一緒にいれる。あいつらだって、妙な人間と関わり合いになりたくなんてねぇだろうよ」


 後半はほとんど吐き捨てるようだった。言葉にならないもやもやを抱えたまま、あたしは取り為すように言った。


「でも、先輩はあやかしじゃないんですよ」

「七海みたいなこと言うな。わかってるに決まってんだろ、ばか」


 その七海さんは、今日は朝から奥の部屋にこもったきりだ。課長は珍しく外に出ている。だからこそこの機会に先輩に前もって資料を見てもらおうと目論んでいたのに。

 吐き捨てるだけならまだしも、今の言い方はなんだか拗ねた子どもみたいだ。

 仮にも先輩なので、さすがに言わないけれど。これ以上この話をするのは今はやめておこうと決めて、机の引き出しを引く。プレゼン資料をひとまず仕舞っておくつもりだった指先が、妙なものを引き当てた。


「……ん?」


 あるはずがないものが引き出しに納まっている現実に、声に緊張が走る。


「なに、これ」


 恐る恐る取り出して、あたしは震えた。意味がわからない。


「なんだ」

「せ、せ、せ、先輩!」


 お義理のように問いかけてくれた先輩に、あたしは思い切り縋りついた。そして手に取ったばかりのものを先輩の眼前に突きつける。

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