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こちら夢守市役所あやかしよろず相談課  作者: 木原あざみ
第一章:ようこそ「あやかしよろず相談課」
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いざ「よろ相」初出勤③

「こんにちは、の時間じゃなかったね。おはよう、かな。ごめんね、うちの真晴くんが失礼なことをして」

「い、いえ」


 条件反射の否定に、男の人がくすりと笑う。その背後から、――姿はまったく見えなかったけれど――、「だから、ここでその呼び方するなって言ってるだろ」という声が聞こえて、あたしはおずおずとその人を見上げた。


「あ、あの……」

「あぁ、ごめんね。いくつになっても思春期の抜け切らない子で。悪い子ではないんだけどね」

「はぁ」

「だから、おい!」

「言いたいことがあるなら、隠れてきゃんきゃん吠えていないで、出てきたらいいじゃないか。これから一緒に働くかわいい後輩なんだから」


 歯牙にもかけない調子で「ねぇ」とほほえまれ、あたしは慌てて頭を下げた。


「す、すみません。ご挨拶が遅くなりまして。本日よりお世話になります、三崎はなです。国民健康保険課から本日付けでこちらに異動となりました。ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、頑張りますのでよろしくお願いします!」

「はい、元気なあいさつをどうもありがとう。僕は七海總司と言います。この課は少し独自色の強いところだから、慣れるまでは大変かもしれないけれど、フォローはするから頑張ってね」

「は、はい!」


 優しい言葉にうっかり泣きそうになってしまった。よかった、すごく優しそうな人で! まともそうな人で!


「ごらんのとおり、うちの課は少人数でね。在籍しているのは、僕と真晴くんと、あとは課長だけなんだ。課長はいつも始業ギリギリにならないと来ないから。紹介はそのときにするね。――ほら、真晴くん。いつまでも照れてないで、こっちに来なさい」


 職場の先輩というよりは、保護者みたいな対応だ。少人数の課だから、アットホームで和気あいあいとしているのかもしれない。


 ……和気あいあい。


 自分で想像しておいてなんだが、和やかなイメージと先ほどの先輩の態度が悲しいくらい一致しなかった。

 上下関係のないアットホームな楽しい職場です、とか。ブラック企業の謳い文句そのものでは。いや、ブラック企業というか、その墓場の。夢守市役所の墓場の。

 思い浮かんだ未来予想図に、無言でぶんぶんと頭を振る。


 ない、ない。そんなことない。だってほら、七海さんはものすごく優しそうだし。


「ほら、真晴くん」


 その七海さんが振り返って呼びかける。嫌な想像は脇に置き、あたしもひょいと室内を覗き込んだ。来客者に対応するための部屋なのだろうか。テーブルを挟んで、ふたり掛けのソファーが二脚並んでいる。

 こんな部屋があるんだ、すごいなぁと眺めていると、ソファーの奥から黒い影がぬぼっと出現した。


「ひぃ!」

「三崎くん、三崎くん。真晴くんだよ」


 七海さんの声に、かくかくと首を縦に振る。そりゃそうだ。むしろ先輩じゃなかったら誰だという話だ。怖すぎる。

 仏頂面のまま近づいてきた先輩は、目を逸らしたら負けだと言わんばかりにこちらを凝視している。


 ――あの、そんなにお気に召さないことをしましたでしょうか、あたし。


 後退したいのを必死で堪え、視線で七海さんに助けを求める。


「あ、あの、七海さん」

「あぁ」


 その視線を受けて頷いた七海さんは、優しげな笑顔でとんでもないことを言った。


「三崎くん。これが最上真晴くん。きみの教育係だから、まぁ、なんとか仲良くしてあげてね」

「きょ、教育……」

「そう。教育係。真晴くんは新卒でここにやってきて、えぇと、今年で何年目だったかな?」

「……六年」

「そう。六年。だから、もう立派な中堅だ。ここの業務内容のことはよくよくわかっているから。わからないことはなんでも真晴くんに質問してね」

「は、はぁ」


 ぎこちなく頷いて、七海さんから先輩へと視線を戻す。やっぱり睨まれている気しかしない。なぜだ。

 不安におののきながらも必死に笑顔を取り繕う。ここであたしがビビってそっぽを向いた日には、コミュニケーションが破綻する。そんな予感がしたからだ。

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