稲荷神社の夏祭り①
祭囃子が聞こえる。
神社の周辺は初夏の湿気と騒めく風が混ざり合い、いかにも夏祭りといった雰囲気だ。
静山さんのご実家に車を停めさせていただいて、歩くこと約五分。神社の石段の手前で境内を見上げたあたしは、そっと息を吐いた。
その隣で、ほんの少しだけ寂しそうに静山さんが笑う。
「俺が子どものころはもっと賑わってた気がするんだけど。……何年もご無沙汰してた俺が言う台詞じゃないけど、なんだか寂しいなぁ」
「もっと賑やかだったんですか?」
「うん、そうだね。このあたり、なにもないでしょ? 市街地までも車で三十分近くかかるし。子どもたちの身近な娯楽は限られているから」
そういう環境だからこそ、このお祭りは特別で。お祭りの夜は、浴衣を着た子どもたちがいっぱいいたんだよ。静山さんが言う。
そのたくさんの子どもたちのひとりが静山さんで、神様のお友達のゆうたくんだったのだ。不思議な気持ちで石段を上るあたしの後ろで、先輩が鼻で笑った。
「当たり前だろうが。過疎化が進みまくってんだ」
「そうなんだよなぁ。俺の母校は小学校も中学校も合併されちゃって、もう残ってないよ」
「あぁ、それは」
寂しいことだなぁと素直に思った。
自分の思い出が目に見えるかたちでなくなってしまうことは寂しい。
小中学校の統合は、行政の面から見るとしかたのない面はあるけれど、理屈と感情はべつものだ。
「最上の家のあたりも、ここほどじゃないにしても過疎が進んでるだろ。三崎ちゃんは市街地だったよね?」
「あ、はい。そうですね。駅からは少し離れていますけど、まだ小学校も中学校も無事残ってます」
街の中心部とは言いがたい場所であるものの、あたしの出身小学校は市内有数のマンモス校だった。
田舎特有の巨大校区というやつである。校区の隅っこに家があったあたしは、一時間近くかけて学校まで歩いたものだ。夏の通学は大変だったなぁと昔のことを思い出す。まぁ、冬は冬で雪が積もると大変だったんだけど。
「それはなによりだね」
人好きのする笑みを浮かべる静山さんの横顔を、提灯の薄明りが照らす。いつもの優しい静山さんの笑顔。
人懐っこい、優しい笑顔の男の子。神様のなかにいるゆうたくんが大きくなったら、こんな感じかなとあたしが想像したとおりのそれ。神様は、どう思うのだろう。
「あぁ、やってる。でも、屋台の数も随分と減ったなぁ」
境内を歩きながら、静山さんが呟いた。
先輩とはじめて訪れたときの静かさに比べれば格段に賑やかではあるものの、混んでいるというほどではない。
参加しているのは、おじいちゃんやおばあちゃん、それに小さい子どもを連れたお母さんばかりで、中学生くらいの子どもの姿は見当たらなかった。
出店している屋台も六軒ほど。おまけにそのうちの半数が、地元の青年会主催のものだ。
――でも、なんだか懐かしい感じがするなぁ。
そんなことを思いながら、あたしは狭い境内を見渡した。
この町に引っ越してくる前にあたしが住んでいたのは、いわゆる都会の街だった。住居は駅近の高層マンションで、小さな神社のお祭りとは無縁なところ。
とは言っても、あたしが知らなかっただけで、マンションの近くにも神社はあったのかもしれないし、お祭りもあったのかもしれない。あの当時のあたしを連れて出してれる人がいなかったというだけで。
お父さんもお母さんも忙しい人だった。そうしていつしかすれ違い、離婚を決めた。あたしがこの町に来たきっかけ。
おばあちゃんが大事にしていた庭付きの古い一軒家で、あたしはたくさんのことを教えてもらった。
都会に比べると生活は不便になったけれど、幸せな日々だった。頑なだった心が解けて、おばあちゃんとこの町が大好きになった。この町のためになることをしたいと思うようになった。




