表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/70

七海さんの話①

「――くん、三崎くん」


 ふいに声が聞こえて、没頭していたファイルから顔を上げる。


「七海さん」


 そうして、外が真っ暗になっていたことに気がついた。あたしの席の横に立っていた七海さんが、いつもどおりの顔でほほえむ。

 課内にはあたしたち以外は誰もいないようだった。


「すみません。もしかして、けっこう前から声かけてくれてました?」

「そのとおり。根の詰め過ぎは身体に毒だよ」


 優しい声で諫めて、七海さんが窓際へと近づいていく。その白い指先が窓を閉めてブラインドを下ろすのを、あたしはなんとなく眺めていた。帰れって言われてるんだろうな。わかっていてなお居残る度胸はない。読み込んでいたファイルも、残すところあと一ページだ。


「これだけ読み終わったら、帰ります」


 言われる前に宣言をすると、七海さんは眉を下げた。


「それを読めば、きみの困り顔は解消されそうなのかな」

「え……、と」


 空元気で応えることに失敗し、中途半端な笑みを浮かべる。解消されるわけがないことは、自分が一番わかっていた。


 今あたしが読んでいたのは、七海さんから貸してもらったファイルだ。あの神社に関する雑事をまとめたもの。この課が創設されて以降で相談のあった上森の案件。

 けれど、あたしが求めていた神様個人のことはなにひとつとして記載はなかった。白狐様とはこういうものだという記述はあっても、白狐様がどんなことを考えていたかだとか、そういったものはなにもない。

 日記ではなく記録なのだから、当たり前なのだろうけれど。

 それでも過去に似たような事例はなかったか、なんらかの手掛かりはないか。そんな一縷の望みに縋り、ページを繰っていたのだ。


「真晴くんがなにを言ったのかは、だいたいのところ想像が付くのだけどね」


 そう言って七海さんは先輩の席に座った。あたしもファイルを閉じて、身体ごと向き直る。


「たしかに真晴くんは、きみより長い期間この仕事に従事しているし、おそらくきみよりも生まれつき、こういった特殊な事案に慣れてもいる」

「……はい」

「彼が考えて解決してきた事柄のなかで、うまくいったと評されるだろうことも、きみが手がけたものより多いかもしれない」


 当たり前のことを淡々と言ってから、「でもね」と七海さんは声を潜めた。


「それが本当に正解かどうかなんて、誰にもわからないんだよ」

「え……?」

「そのままの意味だよ。難しく考えなくていい。世間一般的に考えれば真晴くんの意見が正しいかもしれない。でも、あのお狐ちゃんにとっては、もしかするときみの意見が正しいのかもしれない。そんなことは僕にはわかりようがないからね」


 どこか懐かしむように、ふっと七海さんの目元がゆるむ。優しい表情だった。


「だから、自分が後悔しないように、しっかりと考えて選択をすればいい。まぁ、責任は伴うけれどね」

「でも」

「もちろん、判断をするまでに、自分とは違う価値観を持つ誰かの意見を聞くことも大切だろうし、相談することもいいことだと思う。誰かと話すなかでまとまっていく考えもあるだろうからね。でも、最終的に判断を下すことができるのは、当事者だけだ」


 優しい顔のまま、七海さんはシビアなことを言う。その厳しさは先輩に通じるものがあった。


「その判断が正しかったのかどうかは、未来でしか知ることができない。だから判断を下すときに必要なものは覚悟だけなんだと僕は思うよ」

「覚悟、ですか」

「そう。覚悟。自分はこういった信念をもって選んだのだと胸を張って言えるような、ね。そうすれば、もし誤っていたとしてもしっかりと自身の非を認めることができるだろう?」

「それで、もし」


 どこまでも正しく厳しい言葉に、縋るような声が出た。


「うん?」


 続きを促すように七海さんが笑みを深くする。ぎゅっと掌を握りこんだまま、あたしは言葉を絞り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ