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白狐さまと恋の話①

「のう、娘」


 地面に着かない足をぷらぷらと揺らしながら、神様はまじまじとあたしを見上げる。

 本殿の裏手の石段に腰かけて話をするのも、今日で六回目だ。

 相手は正真正銘の神様なのだが、見た目があまりにもかわいらしいものだから、ついつい、ほのぼのとした気分になってしまう。

 前回の帰り道にそのことを言ったら、先輩に「馬鹿か」と一蹴されたわけだが、かわいいものはかわいい。


「はい。なんですか?」

「娘には、好きな人間はおらぬのか?」

「好きな人ですか、そうですねぇ。おばあちゃんは好きですよ」

「違う。そういうことではない」


 回答が物足りなかったのか、拗ねたように頬が膨らむ。お気に召さなかったのであれば申し訳ないのだが、事実なので諦めていただくほかない。

 ちなみに先輩は、付き合っていられないと言わんばかりに草むしりに勤しんでいる。もうひとつちなみにで言うと、このあいだは石段を掃いていた。


 ――こっちも申し訳ないとは思うんだけど、課長と七海さんからふたりで行ってこいって言われちゃったからなぁ。


 心のなかで手を合わせ、お祭りまでのあいだと割り切る。


「やはり解せぬ」


 顎に手を当ててぶつぶつと呟いていた神様が、重々しく断言した。


「おぬしくらいの年であれば、男相手に好いただの惚れただの。そのような甘酸っぱい話が山ほどあるのではないか。いや、あるはずだ」

「そういう子も多いですけどね。残念ながら、あたしにはお付き合いしている人はいないんですよ」

「なんだ、つまらん」


 鼻白んだ声に、うっかり小さく噴き出してしまった。直後に慌てて切り替える。友達と恋バナをしているみたいだけれど、相手は神様なのだった。

 神様と恋バナっていうのも、なかなかすごい字面だなと思うけれど。


「好いておる男もおらぬのか?」


 疑わしそうな問いかけに、ぶんぶんと首を横に振る。神様の視線がちらりと動いたことに気づいてしまったからだ。その視線の先は言わずもがな。ひとり黙々とヤンキー座りで草をむしっている先輩である。

 残念ながら、そうではないんだな。というか、あのひと本当にじっとできないな。草の山があっというまにふたつ増えているのを視認して、生ぬるい笑みが浮かぶ。

 先輩に恋心とか、ない、ない。純粋な女子高生だったころをさておけば。


「ないですねぇ。ここ数年、仕事仕事で」

「つまらん。実につまらん」


 これ見よがしに神様の唇が尖る。


「我らと違って盛りの時間も短いだろうに。そんな体たらくでよいのか、娘よ」

「ははは」


 乾いた笑いを立てる以外に道はなかった。友達との恋バナを通り越して、市役所のお姉さま方と喋っている気分だ。

 良くも悪くも夢守の町は田舎で人情味が溢れている。

 つまり、やれ彼氏は、だの。結婚は、だの。子どもを産むなら早いほうがいいわよ、だの。そういったことを悪気なくみんな尋ねてくるのだ。


 悪気はないとわかっているし、気にかけていただいていることも事実だろうから、お節介だと一蹴する気にはなれない。とはいえ、ご期待に沿えるお答えを返せるかとなると、それはまた別の問題なわけで。


「あなたは、そういったことはあるんですか……って、あ」


 市役所にいる調子で質問返しをしてしまってから、あたしは固まった。

 おまえはもうちょっと考えてから言葉を口にしろ。いつだったか先輩に呈された苦言が脳裏を掠めていく。


 ――あたしって、本当にデリカシーがないのかもしれない。


 待ち人が来ないと寂しそうな顔をしていた人に、言っていいことじゃなかった。自分の浅はかさを呪ったまま返事を待つ。沈黙が怖い。

 神様はふんと鼻を鳴らした。


「おまえは子どものようだな」

「はぁ、その、……すみません」

「思ったことをなんでもほいほいと。――だが、そういう人間は嫌いではない」


 そう言った彼女の幼い顔には、慈愛に満ちた笑みが浮かんでいた。


「子どもは好きだ。子どもはかわいい。幼いころは、我の姿を捉える者もたくさんいる。だがな、いつしか見えなくなる。そうして終わりが来る」

「そんな……」 

「わかっていたことだ」


 あたしの言葉を遮って、神様は淡々と言い切った。


「それでも、あまりにも続けば、寂しいという感情を思い出すことがある」


 それが今回の祭りの騒動――騒動とすら言えないかわいらしい我儘だったと思うのだけれど――の顛末だったのだろうか。

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