河童の川探し⑥
先輩に泣きついてどうにか起こしてもらい、河川敷に上がったときはもう誰もいなかった。けれど、河童がいた事実を示すように草木の一部分が倒れている。
「あの……」
狐か狸に化かされた気分で、あたしは先輩を振り仰いだ。先輩の言葉と自分の目を信じるならば、化かした相手は河童なのだろうけれど、すぐに信じることはできない。
「河童って化けれるんですか」
「シダの葉で頭を撫でると人間に化けるって言うだろ」
「知らないですよ、そんな妖怪豆知識!」
知るわけがない。化けるのなんて、せいぜい狸か狐じゃないの。狸がかわいく葉っぱでどろんってするのがふつうなんじゃないの。
ふつうって、その、アニメでしか見たことはないし、この目で見ることになろうとは想像もしていなかったわけだけど。いや、でも。
悶々と悩んでいると、つなぎの裾を絞りながら、先輩が呆れた溜息を吐いた。
ちなみに濡れ鼠のあたしは、衣服をどうのこうのしようということは諦めている。
「うちは、こんなのばっかりなんだよ。実際に見ないと信じねぇだろうから、説明のしようがなかっただけで」
「説明のしよう、って。つまり、その」
「詳しいことは帰ったらおっさんが説明するだろ。よろず相談っつうのは、人間からじゃなくて、こういう……、なんつうかな、妖怪からの相談がほとんどなんだよ」
「はぁ」
としか言いことはできなかった。たしかに信じることのできないことばかりだ。だが、目にしてしまった事実はある。あれは、なんというか、河童だった。でも、河童だとしても、なんで。
疑問を覚え、ゴミ袋を縛りながら先輩に尋ねる。
「でも、じゃあ、あの河童のおばあさんは、なにを相談したかったんですか?」
失くしたものを見つけてほしいと、あのおばあさんは言った。だが、先輩は、あのおばあさんは河童なので、自分ですぐに見つけることができると言った。
先輩が溜息交じりに濡れた前髪を後ろにかきやる。水でぺしゃんこになった頭には、鳥の巣頭の面影はなかった。
水滴が気になったのか眼鏡も外して、つなぎの胸ポケットに突っ込んでいる。露わになった横顔は、あたしにはとても懐かしいものだった。
先輩だと思った。言わなかったけれど。昔、あたしが勝手に憧れた、最上先輩。
「おまえを試して遊んでただけだ」
その答えにあたしは慌てて横顔から視線を外した。そして、繰り返す。
「試す?」
試すって、どういうことなんだろう。その答えは、また先輩から返ってきた。先輩でもなんでもないから教えないと言ったくせに。あたしからの問いかけに、先輩はちゃんと答えてくれる。
まぁ、たまに無視をされることもあるけれど。
「妖怪は完全な悪じゃないが善でもない。人間を騙すし、試す。取引のできる信の置ける生き物かどうかを知りたいんだ」
その言葉をあたしはゆっくりと噛み砕こうとした。そうすると、このあいだの山のおばあさんもそうだったのだろうか。
これから接することになる市役所の新人が信の置ける人間かどうか、試したかったのだろうか。
そうだったとして、あたしは信頼できる相手だと思ってもらえたのだろうか。
「まぁ、一応おまえは合格ってことだったんだろ。少なくとも、今日の河童は」
よくわからないながらも、あたしはほっとした。信用できると思ってもらえたのなら、素直にうれしい。信頼は関係を築いていく第一歩だと思う。
本当に相手が「あやかし」であったとしても、同じはずだ。
「繰り返すが、あいつらは完全な悪じゃない。妖怪なんて言い方をするが、時代と地域が変われば神と称されることもある」
悪い奴じゃない。あるいは、試されたからと言って怒るな。そう言われた気がして、あたしはどう答えようか悩んでしまった。
妖怪のことはわからない。でも、先輩のことは少しだけわかる気がした。
このあいだの山のおばあさんも、今日の河童のおばあさんも、先輩はきっと嫌いではないのだろう。
「人間だって同じですよね。良い人もいれば悪い人もいる。相性が良い人もいれば、そうでない人もいる」
それには答えず、先輩は黙ったまま歩き出した。慌ててそのあとを追いかける。
水を含んだ靴が気持ち悪い。帰ったら干さないといけないと考えると億劫だし、疲れたなぁとも思う。でも、それ以上の充足感もたしかにあった。




