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こちら夢守市役所あやかしよろず相談課  作者: 木原あざみ
第一章:ようこそ「あやかしよろず相談課」
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河童の川探し④

「河童だ」


 意味のわからない単語に、無言で先輩を凝視する。


「だから、河童」


 不愛想に繰り返され、あたしは頭をフル回転させた。まさか苗字なのだろうか。呼び捨ての理由はさっぱりわからないが、先輩が付けたあだ名とは思いたくない。


「よろしくお願いします、河童さん」


 疑問を捨て、あたしは笑顔で挨拶をした。

 先輩の知り合いなんだろう、たぶん、きっと。優しそうなおばあさんだし、孫みたいな感じでかわいがっていらっしゃるのかもしれない。口が悪いのもご愛敬みたいな、そんな感じで。

 思い込みって、重要だ。とりわけこの課で平穏無事に生き抜いていくためには。


「あなたが新しくいらっしゃったというお嬢さんね」

「三崎と申します。まだまだ勉強中の身ですが、よろしくお願いします」

「えぇ、こちらこそ。今後もお呼び立てすることがあると思いますから」


 うふふと上品にほほえんだところで、おばあさんは「実はね」と声を潜めた。


「今日は探し物を頼まれてほしいの」

「探し物?」

「そう。つい先日、この川に大切なものを落としてしまって」


 悲しそうに川を見つめながら、おばあさんが言う。

 なるほど、だからここに呼び出されたのか。その点については納得したものの、大丈夫かなという不安が募った。川の流れは速くないから中に入ることは難しくないだろうけれど、すでに下流まで流されている可能性もある。


「それって、どんなものなんですか?」

「そうね。言葉では説明しにくいのだけど、とにかく、とても大事なものだったの」

「大切なものだったんですね。えぇと、それで、それはどんな形状の」

「見たらきっとすぐにわかるわ。とてもきれいなものだから」

「え、えぇ……と」


 まるで謎かけだ。戸惑っていると、先輩がこれ見よがしに溜息を吐いた。


「あのな、ばあさん。そんな不確かな情報で、俺にあの川に入れってか?」

「あら、無理強いするつもりはないのだけど。でも、ねぇ」


 物憂げに川に注がれる視線に、「あ」と気がついた。

 あたしや先輩だったら、「ちょっと面倒だな」とか「ちょっと濡れちゃうかな」くらいの労力で川に入ることができる。探すことができるけれど。


 ――おばあさんには無理だよね。


 自分で探したくても無理が効かないだろう。安全のためにも無理をしてほしくはないし、あたしたちを頼ってくれた気持ちを慮ることもできる。

 そんな頼み事をできる相手が、よろず相談課しかなかったのかもしれない、ということも。

 あたしは無意識にお守り袋を握り締めた。もしこれを失くしてしまったら、あたしは死に物狂いで探すと思う。それこそ、なにをしてでも。

 川を一瞥した先輩が口を開こうとしたのを、あたしは慌てて遮った。


「あたしが探します! 大事なものなんですよね」


 おばあさんに目線を合わせ、小さな手をぎゅっと握る。


「ご自分じゃどうしようもなくて、うちを頼ってくださったんですよね」


 よろず相談課があってよかった。あたしは、はじめて素直にそう思うことができた。

 前の課だったら、こんな電話を受けても「それは困りましたねぇ」と言うことしかできなかったはずで。けれど、ここなら対応することができるのだ。かかってきた電話を絶対にたらいまわしにしない。あたしたちで解決する。だから、よろずに相談が集まってくる。

 ごみ掃除しかすることのない窓際部署だと。心のどこかで思っていた自分が恥ずかしい。


「おい、三崎」


 咎める声を無視して、勢いのまま言い切る。


「任せてください!」


 だって、あたしは、あたしが生まれ育ったこの町が好きで。この町の役に立ちたくて市役所に入ったのだ。

 そんなきれいごとばかりの世界ではないことは知っている。でも、真摯に応じていれば、ありがとうという言葉をもらえることがある。あなたがいてよかったと言ってくれる人がいる。

 それが十人のうちのたったひとりであっても、そう言ってくれる人がいる。

 それだけで、あたしは頑張ることができる。あたしは、そう思っていたはずだ。仕事に忙殺されるうちに忘れていた熱源が、ゆっくりと蘇っていく。


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