河童の川探し②
「川ですか」
先輩が言った場所は、市役所から車で十キロほど東に走ったところにある二級河川だった。
ひどい台風が来ると氾濫することはあるものの、基本的には流れの穏やかな浅い川だ。中流付近の河川敷には桜並木が整備されていて、近隣住民の散歩道になっている。
桜はもう散ってしまっているだろうから、残っているのは花筏くらいだと思うけれど。
「桜並木のあたりですか?」
仏頂面の先輩がハンドルを握りながら「もっと上だけどな」と応じる。
「上流って。どこから始まっているんでしたっけ」
「天狗山」
地域の子どもが使う俗称だったが、すぐに理解することはできた。そうすると、あと十五分くらいかな。かかる時間を逆算して小さく頷く。
――そういえば、天狗山の話も、昔よくおばあちゃんがしてくれたなぁ。
山腹にある鳥居が天狗が休むための場所なのだそうだ。この町には大昔、立派な天狗がいたのだという、そんな昔話。
幼いあたしは、おばあちゃんが楽しそうに語るファンタジーにいつも心を躍らせていた。
「天狗山かぁ。懐かしいですね。昔はあたしも天狗って本当にいるのかなぁ、なんて考えたりしてました」
笑われるかなと思っていたのに、先輩は「そうか」と静かに相槌を打っただけだった。その反応がうれしくて、さらに話を続ける。
「先輩は、そういうの信じてましたか?」
「嫌がらせか」
「嫌がら……、あ、違います! 違います、その。すみません」
思い当たり、あたしは素直に白旗を上げた。
「なんというか、学校で先輩を知ったほうが先だったので、それで、つい」
なにも言わない先輩に、不安になって言い足す。
「あの、もし、本当に嫌だったら、やめます」
「どうでもいい」
「どうでも、とは、あの」
「好きにしろよ」
その声に怒気はない。そのことを悟って、あたしはほっとした。
先輩はわかりにくいけれど、わかりやすい。野生動物というのは言い得て妙なのかもしれない。
「さっきの話なんですけど。先輩は天狗とか……そういった妖怪を信じてました?」
日本昔話に出てくるような、あやかしたち。おばあちゃんの語り口は不思議とリアルで、それでいて親しげだった。
この年になれば、そんな話は誰ともしなくなる。だから、「天狗」という単語を口にしたこともひさしぶりだった。ついつい話題を引っ張ってしまう。
「会えるものなら会ってみたいなぁって思ってたんです、あたし」
先輩は前を見たまま、冗談なのかなになのかわからない調子で呟いた。
「まぁ、今から会いに行くのは河童だけどな」




