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こちら夢守市役所あやかしよろず相談課  作者: 木原あざみ
第一章:ようこそ「あやかしよろず相談課」
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河童の川探し①

 あたしが暮らす夢守市は、日本海側に位置する人口九万人弱の地方都市だ。市の面積の六割を山林が占める、海と山に囲まれた静かな町。

 大手を振って宣伝できるような特産物はないものの、自然豊かな住みやすいところ。とは言っても、若年層の市外流出は留まるところを知らず、高齢化は進み出生率は低下中。その連鎖を打ち止めるべく、若者にとっての住みやすい町をアピールしているという、そんなどこにでもある一地方都市である。


 その夢守市にあたしがやってきたのは、小学三年生の夏だった。両親の離婚に伴い父の実家のある夢守市に引っ越したのだ。

 最初の戸惑いもなんのその、おばあちゃんと暮らすなかで夢守市が大好きになったあたしは、高校卒業後に市役所に就職した。

 そんなこんなで夢守市在住歴めでたく十三年。すっかりこの町に馴染んだつもりでいたのだけれど、まだまだ知らないことはいっぱいあるんだなぁ、ということを、あたしは現在進行形で思い知っている。


 よろず相談課の仕事内容もそうだし、あんな山奥におばあさんがひとりで住んでいることも知らなかった。ついでに言えば、旧館のもじゃおさんが最上先輩だなんて、夢にも思っていなかった。

 まぁ、それはべつにいいんだけど。


 昼休憩中の職員食堂の一角で、よろず相談課に異動してからの日々をつらつらと報告したあたしに、同期の夏梨ちゃんがあんぐりと大口を開けた。

 せっかくの美人が台無しと言いたいところだが、相手は入庁直後にめちゃくちゃかわいい子が入ったと噂になったレベルの美人だ。愛嬌が出てかわいいなぁくらいのもので、台無しにはまったくなっていない。


「というか、なんで、あんた、そのもじゃ……じゃないや。最上さんのこと知らなかったのよ」


 国民健康保険課に隣接する福祉課が配属先だった夏梨ちゃんは、唯一の高卒同期ということもあって一番の仲良しだ。

 今日も、福祉課も繁忙期で忙しいだろうに、一緒にお昼を食べようと誘ってくれたのだ。異動になったあたしを心配してくれてのこととわかるので、感謝しかない。


「だ、だって」


 痛いところを突かれて、慌てて弁明する。


「先輩が市役所に入ったらしいっていうのは噂で聞いてたけど。入ってすぐに捜してまで挨拶に行くのもどうかと思ったし」


 在学中に仲良くさせてもらっていたのだとすれば、挨拶に行くのが筋だろうけれど。たった一回話したことがあるというだけの関係性だったのだから、下手をしたらストーカーだ。


 ……そもそも先輩、あたしのことまったく覚えていなさそうだったしな。


「あたしが先輩のことを一方的に知ってただけ、だし」


 言っていて、なんだか空しくなってくる。空笑いをしたあたしをしみじみと見つめ、夏梨ちゃんは肩をすくめた。


「はいはい、そういうことにしておきましょうか」

「そういうこともなにも、そういうことだし」


 自分で作ったお弁当を箸でいじくる。だって本当に、そういうことでしかないし。溜息を吐くと、夏梨ちゃんが小さく眉を上げる。


「というか、それだけ言われて、よくけろっと『先輩』って呼べるわね、あんた」

「え?」

「え? って。あんたの話を聞いた所感なんだけど。昔のこと引っ張り出されて『先輩』呼ばわりされたくなかったんじゃないの、その最上さん。イメージもえらく変わっちゃったんでしょ」

「で、でも」


 どうにか主張しようと、あたしは反論を試みた。


「先輩は先輩だし、それに、照れ隠しみたいなもんじゃないかなとも思って」


 だって、七海さんいわくの野生動物だし。たしかに最初に「先輩」呼ばわりするなとは言われたけど、それ以降は訂正されていないし。


「それに、まぁ、もし本当に嫌がってたとしても、逆にちょっとくらいいいかなみたいな」

「本当に無駄にポジティブよね。というか、逆になにがいいのか教えてほしいんだけど」

「いや、まぁ、ちょっとくらいは嫌がらせしてもいいかな的な」


 というのは冗談だけど。はははと笑った,直後、真顔の夏梨ちゃんに気づいて首を傾げる。なに、その顔。


「そうか。いい度胸だな、三崎」

「せ、先輩ぃ!?」


 突如として背後から響いた声に、あたしはワンテンポ遅れて叫んだ。机に手を付いて立ち上がる。

 恐る恐る振り返れば、分厚い眼鏡ともっさりした前髪で表情はまったく見えないものの、怒っていること間違いなしの先輩が立っていた。


「外に出るぞ。おまえもとっとと準備しろ。探しただろうが」


 昼休みと言ったところで、言い訳になるわけがない。あたしはまだ半分ほど残っているお弁当を包み直して、半泣きで夏梨ちゃんに手を合わせた。ごめんね。

 夏梨ちゃんは、笑い出したいのを我慢しすぎた、みたいな顔で頬を引きつらせていた。

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