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02新たな出会い①

頭がガンガンとする…肌寒い……


「うっ…」

雛菊は額を押さえながら起き上がった。

押さえた手を見ると乾きかけた血がついている。転んだ際に軽い切り傷が出来てしまったようだ。


どれくらい時間が経ったのだろう。

辺りを見回すと、そこには誰もおらず変わらず勢いの強い川の音だけがする。太陽の位置も意識を失う前から左程変わっていないようだ。


「…葵!」

雛菊ははっとすると、勢いよく下流の方向へと走り出す。


頭がガンガンする。

しかし、意識が遠のきそうでも倒れるわけにはいかない。


葵はどこなの…!?


しばらく川沿いに走っていると、人口で作られたような深い池にたどり着いた。奥には滝があるみたいだ。

この川の終着点である滝壺に辿り着くまで全速力で走りながらも隈なく葵の痕跡を探したが、何も見つけることは出来なかった。川に居なかったとすると、もしかしたらここまで流されたのかもしれない。


雛菊は持っていた鞄を地面に投げ捨てると、服や靴を脱いで下着姿になる。

そしてそのまま池に飛び込んだ。


池の深さは3メートルほどで、水も澄んでいるから少し潜っただけで底がよく見える。

でも…葵は見つからない。眼前に広がっているのは岩や魚ばかりだ。


水に潜って水面に上がって空気を吸うという行為を何度繰り返したことだろう…。

この場所は桜が咲いていることもあり季節は春なのだろう。一瞬見たスマートフォンのディスプレイも4月をさしていた。そのため、水に潜るにはまだまだ寒い。


ずっと冷たい水の中にいるせいもあってか雛菊の手先や足先の感覚はすでにない。

しかし、雛菊に水に潜らないという選択肢はない。なんとしても最愛の弟を見つけたいのだ。


ぼーっとする頭を無理やり気力で動かしながらもう一度水の中に潜った。

何度水の中を探しても、見えるのは石ころや魚ばかり。


また息の補給をしようと水面に上がろうとしたとき、水底にある大きめの岩の影に見慣れた埜が見えた。


…!!

もしかしてあれは葵の上着!?


雛菊は息苦しいのを我慢してそこへ泳いでいく。そして、震える手でその上着を掴んだ。

それは確かに葵の上着だった…しかし、葵の姿はない。


水の底に落ちていたのは血がべっとりとついた葵の上着だけだった。

服が落ちていた周囲には人影どころか他の服等も見当たらなかった。


雛菊は息の続くギリギリまで周辺を探すと、無気力に水の上へとと上がって行った。


「プハァッ」

水面に上がった瞬間、勢いよく息を吸い込む。そして十分に息を吸い込むと、仰向けにプカリと水に浮いた。

空は雲一つなく晴れ渡っている。


葵はどこにいるんだろう…ここに流れ着いていないとなると、通って来た川の途中にいたのだろうか。

最悪の場合なんて考えたくない。絶対に葵は生きている。寂しがりやの葵が自分を置いて他の場所に行くなんて有り得ない。


雛菊は涙をこらえながら一分程度空を見上げると、水から上がり先程通って来た川に再度行くことを決める。



そのとき、

ガサリッ

河原の雑木林から音がする。


雛菊はその音にビクリと身体を固めた。

もしかして信長達がやってきた!?


雛菊が音のした雑木林を睨んでいると案の定人影が現れた。

人影がどんどんこっちにやってくるが、丸腰の雛菊はその人影を睨むことしかできない。


そして、その人影が雑木林から出てきたとき

「「ギャーー!!」」

互いに目が合った瞬間に叫ぶ。


出てきた人は信長一行ではないが、若い男であった。

雛菊と男性は互いに顔が真っ赤。


急に自覚してしまった…私、下着姿だった。

雛菊は咄嗟に肩まで水に浸かる。より一層水の冷たさが身体を刺すが流石にほぼ裸の姿を見られるのは避けたい。信長の前ではアドレナリンがマックスで出ていたので正気ではなかったのだ。



その人もやっぱり時代劇で見るような武士の格好をしていた。

先程不本意にも出会った信長は30歳前後に見えたが、目の前にいる人はもっと若く見える…雛菊と同年代だろうか。

しかし、若いからといって油断するわけにはいかない…この人も信長たちと同じ武士なのだろうから。


「な、な、ななんて格好をしてるのだ!?」

顔を沸騰させん勢いでいう少年武士。


……いやいやいや、殺意は感じないけど純情少年だからといって騙されませんからね?

この時代の人は皆敵、誰も信じることはできない。


ガサリッ

「…何事だ?なにかあったのか。」

純情少年が出てきた茂みから低音ボイスの落ち着いた声が聞こえてくる。


まだ他にも人がいるのっ!?

雛菊は咄嗟に身構える……下着姿だから格好はつかないが。


低音ボイスの主であろうその人は、やはり武士の格好をしている。

白の小袖に深緑の肩衣、白の小袖からは黄緑の下着が見えていた。細い帯は緑色で肩衣と同じ色の袴には刀をさげている。そして特徴的なのは右目の深緑色の眼帯。


やはりここはかなり昔の時代らしい。これが夢だったら泣いて喜ぶのに…。

そもそもなんで私は武士にしか出会わないの?この時代にも商人や農民はいるはずでしょうっ!?

またも混乱し始める雛菊は頭を回転させる。


「ま、政宗様ぁ!」

純情少年は鼻を押さえながら、眼帯男の方へと振り返る。

どうやら少年は鼻時が出そうなのを必死に押さえているらしい。


政宗という名前に眼帯の隻眼…この嫌な予感が的中するのなら……この人は伊達政宗だ。現代でも有名な戦国武将の一人だ。


水温で寒いのに身体中にダラダラと冷や汗が流れる。

この人もあの非道な信長と同じ戦国武将…絶対に油断しちゃいけない。何故出会うのは戦国武将ばかりなのだろう。


「ここここんなところに裸の女がっ!」

雛菊を見ないように彼女を指差し、政宗に報告する純情武士。


「いやっ、半裸ですからっ!」

雛菊は条件反射でそう答えてしまった。

確かにこの時代にこんな下着はなかっただろうけどさ、裸ではないって!


「…。」

片方だけの目で雛菊を見る伊達政宗。その無表情の顔は何を考えているのかわからず、信長とは違った怖さがある。


しばらく無表情で雛菊を見つめた後に政宗が口を開いた。

「…年頃のおなごがこんな時期に水遊びか?」


開口一番がこれってどういうこと!?

極度に緊張をしているせいか意外な言葉で雛菊の力が抜ける。

これ以上を気を抜いたらまだ気絶しそうだ。

雛菊は鈍くなる頭を押さえながら政宗を睨みつける。精一杯の威嚇だ。


「…。」

返事をしないでいるのに、政宗は言葉を続けた。

返事をしなかったので不敬罪で激怒されなかったのは奇跡かもしれない。

「顔を青白いし唇も紫だ。額からも血が流れてるではないか。このままでは死ぬぞ。」

政宗が片方しかない目で雛菊を捕らえて言う。


…いかにも倒れそな顔色をしているので、政宗は先ほどから雛菊をじっと見ていたのだ。


「でもっ!葵が見つからなくて!」

咄嗟に答える雛菊。

やっと葵の服が見つかったのに、ここで引くわけにはいかない!私の命より葵の命、諦めることはできない。


「葵…とは何だ?」

政宗が眉を潜める。


「私の弟です!」

目の前の武士達への恐怖よりも、葵のことで頭がいっぱいになる。


「…そうか。その弟はこの池に落ちたのか?」

「いえ…もっと上流で川に切り捨てられました……。」

雛菊は涙が流れそうなのを我慢しつつ、そのときの光景を思い出して唇を噛み締めた。

あんな大怪我のまま川を流されるなんて…あまりにも酷すぎる。人間のする行為だとは思えない。


「…もうここは十分探したんだろう?この池はそんなに広くない。そんな顔になるまで捜してもいないということは…もうここにはいないんではないのか?」

その的を射た政宗の指摘が雛菊にぐさりと刺さる。


「でも葵の上着は見つかったしっ、もしかしたら…っ!!」

「現実を見るんだ。」

雛菊の言葉は政宗の冷静な声に遮られてしまった。


わかってる…本当はわかっている。

こんなにも葵を捜して見つからないってことは……ここに葵がいないということだって。


わかってる、あんな斬られ方をして川に残された人間がすでに生きてるはずがないってことも。

でも…そんな計算だけで現実を受け止めることなんて出来ない、奇跡くらい信じさせてほしい。


葵が…葵が死んでるなんて……。


そのことを思った瞬間、雛菊の目から涙がポロポロと溢れ出てきた。

葵は死んだのかもしれない…葵を捜してるときに何度もよぎったその考えはその都度すぐに心の中から無理矢理かき消していた。


「…弟を捜すのもいいが自分の身体も大切にしろ。年頃のおなごがそんなに長い間水に入っているものじゃない。」

「私のことなんてどうでもいいんですっ!私は自分の身体より葵のことが大切です!!」

葵が見つかるなら、生きてるなら私自身のことなんてどうでもいい。


「だが自分がくたばったら弟を捜すこともできないだろう。」

政宗のもっともな言葉に雛菊は水の中で葵の服をぎゅうっと握りしめた。


「うっ…」

伊達政宗のもっともな意見に雛菊は言葉を詰まらす。


その瞬間にふらりとめまいがして一瞬目の前が見えなくなる。


「おいっ、女!」

それを見た純情武士が声をあげる。


…政宗の言うとおり、今の雛菊はかなり消耗しているらしい。

今日は一日でいろいろありすぎた…だからこんなになっちゃうのも当たり前なのかも。

徐々に鈍くなってくる頭でそんなことを考える雛菊。


「…いっ…おいっ…聞いてっ…のか、女!」

意識が途切れてくるのと同時に純情武士の声がところどころ耳に届いて来た。


あれ…なんだか池の水位が上がってきてる気がする……

ああ、そうか…水位が上がったじゃなくて私が沈んでるんだ…。


意識がなくなる瞬間、

「おいっ、しっかりしろ!」

という、伊達政宗の怒鳴り声とバッシャーンという誰かが池に飛び込んだような音が聞こえたきがした。


そこで雛菊の意識は完全にフェードアウトした。

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