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01運命の日②

両親が眠っているお墓につくと、二人は丁寧に墓石を掃除し花や線香を添えた。

そして、二人揃ってお墓に手を合わせる。


お父さん、お母さん…私と葵は相変わらず元気に過ごしてるよ。突然のお別れになった時は世界がモノクロになっちゃったけど、周りの支えのおかげでもうずっと色とりどりの世界の中で生きていけてる。

中学教師になるために勉強を頑張りながら、昔から続けている剣道と合気道も楽しんでる。最近では居合いも始めたんだ。

葵はお父さんとお母さんが驚くほど身体が大きくなったけど、相変わらず私にべったりで甘えん坊。優しい大人に成長したよ。二人が遺してくれたお金と思い出でこれからも支え合って生きていくから空から見ててね。


雛菊は両親に報告を終えると、目の前の墓石に微笑んでから立ち上がった。

頻繁にお墓参りに来るので報告する内容は重なることが多いが、両親に話しかけると心が安らぐ。両親と一緒に時間を過ごしている気がするのだ。


雛菊が隣を見ると、葵はすでに挨拶を終えたみたいで雛菊のことをじっと見ていた。

「姉ちゃん、話長すぎ。」

笑って言う葵。


「はいはい。さ、行こうか!」

雛菊も葵に笑い返すと葵の腕を引っ張り歩き出した。

歳のわりに雛菊と葵はとても仲が良い姉弟だ。特に葵は姉のことが大好きで、雛菊の帰宅予定時間が遅れたり部活で怪我をするだけで大騒ぎだ。幼少期に両親を亡くしたことで、唯一の近い家族である姉のことをより大切に思っているのだろう。


「早く昼飯食いに行こうぜ。朝早いから腹減った!」

葵が言う。


雛菊はスマートフォンで時刻を確認すると、10時を過ぎた頃だった。

「もう少し我慢して。いつものお蕎麦屋さんは11時からだから開いてないよ。」


「えー!マジか~」

食べ盛りの葵にとって待つのも惜しいらしい。


お墓参りの日にはいつも家族で行っていた蕎麦屋で昼食を食べるのが恒例だ。

どこか時間を潰せる場所はないか…雛菊は少し考えると口を開いた。

「あ!駄菓子屋さんに行くのはどう?あそこならここから近いし、小腹も満たせるでしょ。」


「ナイス!早速行こうぜ~!」

葵は目を輝かせて言うと、足早に歩き出す。雛菊も腕を引っ張られるようにして葵の後を追う。



10分程歩くと、緩やかな坂の途中に佇んでいる駄菓子屋に到着した。雛菊達も幼い頃によく行っていた駄菓子屋だ。

「あら、いらっしゃい。久しぶりね。」

いつもの駄菓子屋のおばあちゃんが迎えてくれる。


雛菊が小さな籠を持つと、葵は間髪入れずにお菓子を放り込んでいく。緑やピンクのゼリーにおまけつきのチョコレート、グミ、ヨーグルトのお菓子…他にも色々だ。


そんな葵を見て雛菊は小さなため息をつきながらも自分も駄菓子を買おうと手を伸ばす。

子どもの頃と違って今はある程度自由に使えるお金を使えるので好きなように贅沢にお菓子を買えるので楽しい。気分は富豪だ。

雛菊が選んだのは色とりどりの飴玉だ。カラフルでたくさんの味がある。

次々と大玉飴を袋に入れていく雛菊。


「そんな飴ばっか買ってどーすんだよ!?」

「だって今住んでるところには駄菓子屋さんなんて滅多にないから今のうちに買いだめしとかなきゃ!」

そう言う雛菊の手に握られた袋の中は飴玉でぱんぱんだ。


そして、何だか懐かしい気分になった雛菊はビー玉やおはじきのネットも籠に入れる。

この歳になっておはじき等で遊ぶことはないが、家で飾りとして使ったら綺麗になりそうだ。



駄菓子屋さんで買い物を終えると、葵は早速買ったお菓子を食べ始める。

「まだ蕎麦屋の時間まであるけどどーする?」

葵が細長い緑色のゼリーを吸いながら言う。


「うーん…。」

ここら辺は田舎ということもあって他に開いている店も少ない。どこか座れる場所を見つけて待つしかないのだろうか。


「お!そう言えばここって昔よく遊んでた森に行く道じゃん!久しぶりに行ってみようぜ!」

思いついたようにそう言った葵は雛菊の返事を待たずに走り出してしまった。


まったく…いつまでも元気で子どもっぽいんだから……。

雛菊も小走りで葵の後を追った。


舗装されていない道を少し歩くと、すぐに小さな森の入り口に差し掛かる。雛菊や子どもたちがよく遊び場にしていた場所だ。

この時間にはまだ誰もいないようで、静かな風が二人の頬を撫でる。木々の隙間からは太陽の光が漏れていた。


葵が駄菓子を一通り食べ終えた頃、浅い森の奥にある小さな洞窟を見つけた。

子どもたちが秘密基地として使っていた小さな洞窟には苔や蔓がついている。

しかし、幼い頃は洞窟の中がうっすらと見えていたのにも関わらず、今日は昼近い時間であるのに洞窟の中が見えずなんだか奇妙だ。


「おおー、ここも変わってねぇな。」

そう言いながら洞窟に入って行く葵。幼い頃は薄暗い洞窟を怖がって雛菊にくっついていた葵も成長したものだ。

雛菊も葵についていくが、岩がゴロゴロしており歩きづらい。


葵が歩き進める中、何か違和を感じた雛菊は歩く足を止める。

ビュッ

洞窟の中からこの季節に合わない生暖かい乾いた風が吹き雛菊の長い髪をなびかせる。

その風とともに桜の花びらが目の端をかすめた気がする。

6月に咲いているはずのない桜の花びらに驚いて振り返るも、花びららしきものは風と一緒に飛んで行ったのか再度の確認は出来なかった。


…この時期に桜はありえないか。しかもこの洞窟は出口はなく歩き進めても岩の壁で行き止まりになるので、風が吹くこともないだろう。

気のせいだよね…。


雛菊が少し不安を感じていることをよそに葵は先に進んで行く。

「ちょ、ちょっと待って…!」

いくつになっても弟のことが心配な雛菊。


「姉ちゃんって結構ブラコンだよな。」

追いついてきた雛菊に笑って言う葵。


「それをあんたが言う?なんかこの洞窟暗すぎて怖くない?」

「ブラコンじゃなくて怖がりか~。剣道も合気道も師範並みなのに情けねぇな~。」

そう言う葵は雛菊の手を取る。


「ねぇ、この洞窟なんかおかしくない?子どもの時はこの季節でも中はひんやりしてたと思うんだけど、なんだか温度も暖かいし…。さっき奥から風が吹いた気もするし。」

「そうか?実は吹き抜けてて奥に出口があるとか?」

「いやいや、何度もこの洞窟に入ったことあるけど出口なんて見たことないし…。」


雛菊はふと後ろを振り返る。

「え…?」

そこには目を疑う光景が広がっていた。


「どうした?」

様子のおかしい雛菊に気付いた葵が振り返って言う。

雛菊は足を止めて身体を固めていた。


「こっちの方向から入ってきたよね?それなのに入口からの光が全く見えないんだけど!」

雛菊は軽くパニック状態だ。

そんなに中に進んでいないのに少しも光が見えないのはおかしい。周囲を見回しても光はどこにも見えず完全な闇だ。


「雲で太陽が隠れてるだけだろ~。」

雛菊の焦りをよそに葵は呑気に足を先に進めていく葵。

こんな奇妙な場所で葵を一人置いていくことも出来ずに雛菊も葵の手を強く握り直しついて行く。


暗い中進んで行く二人だが、雛菊の記憶ではこの洞窟はこんなに奥が深くなかったはずだ。記憶では奥行10メートルもなかったはずだが、感覚ではすでに30メートルは歩き続けている。


「やっぱりなんかおかしいよ、帰ろ!」

雛菊は葵の手を引いて言うが、

「おっ、やっぱり出口あんじゃん!」

葵は雛菊の声に被せるように元気良く言う。

葵が指差した先を見ると、確かに出口があり洞窟内に光が差し込んでいる。


暖かそうな日光を見てホッと胸を撫でおろす雛菊。

昔はこの洞窟ってトンネルみたいに吹き抜けてなかったと思うけど記憶違いだったかな…。



二人が洞窟を出ると……そこは…ほとんど手の加えられていない地面を固められただけの道と道の両端に多くのピンク色の桜の木が咲き乱れていた。

二人はその季節外れな光景を見て立ち尽くす。


「この時期って桜咲くもんなのか?もう6月末だぞ…」

葵は信じられないとう表情で声を出す。


「いや、そんなこと聞いたことないけど…。」

近所の桜の木はすでに緑色の葉でいっぱいだ。

それにおかしいのは桜だけではない。洞窟を出てから気温が下がった気がする。最近は夏目前ということで雛菊の服装はタンクトップに薄いジャケットという格好だ。この場所はまさに桜の季節というような温度で、この気候だと桜が咲くことにも納得できる。

なんだか洞窟に入る前と後で違う世界に来たかのような錯覚を感じる。


「もしかしてまだここは温度低いから桜咲いてるとかか?」

「えー、こんな洞窟歩いたくらいの距離でこんな気温変わる?そもそも今6月末だし。」

「…だよな。」

葵は首を捻ってポケットからスマートフォンを取り出した。


「しかも圏外かよ…。」

「本当だ…。」

雛菊も自分のスマートフォンを取り出して画面を見るが画面には圏外と表示されていた。


「いくら田舎だからって、住んでた頃でも圏外になったことないのに…え?」

そう言いながらスマートフォンを操作しようとした指を止める雛菊。


様子のおかしい雛菊とともに葵もスマートフォンの画面を見る。

表示されていた日付が”1543/4/5”だったのだ。

21世紀のはずの現在、そもそも1543年だなんてスマートフォンに表示されるはずもない。

雛菊は葵が持っているスマートフォンを覗き込むが、驚くことに葵の画面にも”1543/4/5”の文字が表示されていた。

片方のスマートフォンだけが1543年の表示だったら不具合の一言で片づけられるが二人とものスマートフォンが1543年を表示していると言うのは…。


そして二人のスマートフォンの画面が同時に消え電源が落ちてしまった。充電は十分残っていたはずなのに何度ボタンを押しても電源は点かない。


何故か急に悪寒のようなものが雛菊の身体を駆け巡る。

「と、とにかく来た道戻ろうぜ!」

雛菊の悪寒を断ち切るように声を振り絞った葵は再度雛菊の手を握り後ろを振り返る。


もう一度洞窟に入ると、二人は足を止めて愕然とした。

足を止めるしかなかったのだ…何故なら洞窟に入って数歩歩いただけで岩の壁が現れたからだ。先程出てきたはずの洞窟の出口が無くなっていた。


「なっ、なんでだよ!?俺たちここから出てきたよな!?」

葵がとても焦った様子で言う。

もちろん雛菊も意味のわからない現象に焦り、心臓は大きく脈を打っていた。


洞窟だった場所から再度周囲を見渡しても桜並木や自然が広がるばかりで洞窟らしき岩は全くない。


雛菊は汗ばむ葵の手を強く握る。

葵はパニックになりかけてる、私だけでもしっかりしなきゃ。出来るだけ冷静に振る舞わないと…!


「だ、大丈夫!なんでか不思議なことが起こってるけど、ここが日本であることは確かだし…一旦ここから離れて他の道を探してみよう?」

「でもっ…」

「大丈夫、大丈夫だから。私たち二人一緒なんだから大丈夫。」

雛菊は出来る限り落ち着いた優しい声で葵に語りかける。

「…うん。」

葵は雛菊の言葉に一息吐くと、手を握り直した。


大丈夫

大丈夫…

雛菊も心の中で自分に言い聞かせる。



洞窟だった場所から離れた二人はとりあえず桜並木を真っすぐと歩いて行く。

どこか建物やアスファルトで舗装された道がないか入念に探しながら歩くが、今のところそれらしきものを見つけることは出来ていない。


歩き続けて10分が経過した頃、相変わらず続いている桜並木の間から川が見えた。

「あ、川があるよ。行ってみようか。なんかの本で遭難したときは川沿いに歩いて下ると良いって読んだことあるし。」

そもそもここが川の上部なのかは不明だが、水の周辺には家や田んぼがある可能性が高い。川の周辺を探索しているほうが良さそうだ。


「特に行く宛てもないし、そうすっか!」

葵の返事は先程より少し元気になっている。


二人が川の近くにやって来ると、透き通って綺麗な水が流れている。そこそこ大きな川であるが、整備はされておらず水の流れは早く深い。


「葵、危ないから川に入っちゃ駄目だからね。」

川に片足を入れただけでも川に身体を取られて流されてしまいそうだ。

「子どもじゃないからわかってるっての!」

葵はそう言いながら川を覗く。

そんな葵を見た雛菊は本当にわかっているのか心配そうだ。


「ここで少し休憩しようぜ。」

「そうね。そこの大きな岩に座ろっか。」

葵と雛菊は流れる川を見ながら岩に腰を下ろす。

穏やかな風が二人の頬を撫でる。

葵は先程駄菓子屋で買ったお菓子を取り出し食べ始める。それを見た雛菊も鞄から大玉飴の詰まった袋を取り出す。


そのとき、遠くにガサガサという音と複数の足音が聞こえた。

誰か近くにいる…!

耳の良い葵は反射的に立ち上がる。

そんな雛菊を見てお菓子を食べながら驚いた表情をする葵。


「さっきの桜並木の方から足音が聞こえる!見失う前に追いかけるから、葵もお菓子食べたら来て!」

これで人に道を聞けるかもしれない!

雛菊は急いで鞄を掴むと葵の返事を聞かずに急いで走り出す。運動能力抜群の雛菊は走るのも早くあっという間に走って行ってしまった。


突然不思議な場所に来てしまってやっと見つけた元の場所に戻る希望…しかし、その喜びは束の間のことだった。もしこの後に起こる悲惨な出来事を知っていたら絶対に走り出さなかったはずだ。

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