第五十九話
◯
「ほら……じっとして、ゼウ」
「で、でも……う、ぁ……」
「こう?」
「うん、すごく……いいよ、イリア」
「えへへ、うれしい」
「今度は、俺がするから」
「うん。きて、ゼウ……あっ」
「イリア……」
「あっ! あぁ! ゼウ……ゼウっ!」
「エッチなのはいけないと思うぞ!」
私が室内に飛び込むなり、フラガラッハ様はバーンと言い放った。
ベッドの上でうつ伏せのイリアと、そのイリアにマッサージに施していたゼウが振り返って、室内に妙な空気が流れる。
「む……」と、私の腰に下げられたフラガラッハ様が小さく唸った。
「入る時はノックくらいしてよね、お姉ちゃん」
「なんだ、さっきのけしからん声は。紛らわしい」
「ゼウさんにマッサージしてもらってたんですぅーだ」
いぃーと口の端を伸ばすイリアの横で、ゼウが頬をかきながら顔を背けている。顔の傷痕でわかりにくいが、ほっぺたから首にかけてキスの跡が無数に残っていた。おそらく服の下には倍の数のキスマークがあるに違いない。
「事後ですね。マッサージはピロートークの代わりですか」
「何か言ったか、フィリア?」
「いえ……羨ましいなと思っただけです」
「む?」
「イリア。ゼウ様も。レオ師団の方たちが呼んでいます。整備と荷物の積み込みが終わったとのことです」
先にイリアの部屋を出た私は、フラガラッハ様の柄の先をソフトになでた。
「フィリア……その触り方はこそばゆいのでやめてくれ」
「失礼いたしました」
言いながら、私はさすさすとフラガラッハ様をこする手を止めなかった。
最近知ったのだ。犬や猫が喉をなでられると喜ぶように、フラガラッハ様は柄をなでられると気持ちがいいらしい。そのままムラムラしてくれれば最高なのだけど。
アンダーソン邸の攻防から三週間。母ケイアスに擬体と白魔法の大部分を奪われた際のキス以降、フラガラッハ様からのアプローチはなかった。
ただ、安全が確保されている状況という条件はつくものの、フラガラッハ様の御身を私の擬体が携行することを許可してくれていた。
「なぜそうまでして、人間が愛し合う姿をご覧になりたいのですか?」
「イリアになぜ魔法使いの素養が発現したのかわかるか?」
「いえ」
「イマジネーションだ」
「創造性ですか」
「そうだ。お前の妹のいかがわしい妄想は、私の感覚を何度も支配した。創造と創意工夫こそが、我々聖魔神器やウィザードたちに欠落しているものに他ならない」
「つまり、イリアの卑猥なスケベ心がオーバーロードして、体内の魔力を魔法へと進化させたわけですね?」
「いや、うん……まぁ、そうなんだけど……」
言い方。
「生命の営みには輝きがある。そこにあるのは、生物としての生々しさと、愛情と労りという感情の美しさだ。ごく短い時間を生きる人間の彩りを、私は学びたいのだ」
「私でよければ、いつでもお見せしますよ?」
「え?」
「アフマウ様の擬体に入っていただければ、謹んで夜伽させていただきます。あんなことやこんなことも、存分にレクチャーして差し上げますから」
さすさすさす、と柄をこする。
「おまたせ、お姉ちゃん」
私がさらに言葉を紡ぐ前に、イリアとゼウが部屋から出てきて話は中断された。
惜しい。あと少しでいけそうな感じだったのに。
「フィリア……」
「はい」
「まぁ、なんだ……。なんであれ、お前が元気になってよかった」
ぽっと自分の顔が熱くなったのがわかった。
あぁ。
——愛しています。
なかなか伝える機会が巡ってこないが、まぁいい。
これからの旅で、きっとフラガラッハ様の方から言わせてみせると、私は改めて心に誓った。
◯
我々とエステリアを除く全ての国でアングルの遺体は奪取された。
アングルの遺体の部位は四肢と上半身に下半身、それに頭部を加えた七つ。そして、フィリアが奪われた白魔法の擬体は六つだ。
ケイアスとウィザードたちが、もしフィリアの白魔法と擬体を用いてアングルの復活を目論んでいるのだとすれば、アフマウの擬体をケイアスから取り戻した我々は、期せずして連中の企みの一端を阻止したことになる。
とはいえ、アンダーソン邸は全壊し、残ったのはアングルの遺体を地下に封印してあるゼウとイリアの『愛の部屋』のみだった。
幸か不幸か、フィリアが仕掛けた強固な防壁魔法は、その力のほとんどを失った彼女には解除できなくなっていた。平原に野晒しにされたラブルームはシュールを通り越して荘厳ささえ漂わせていたが、ダリア王国は周りを社で囲ってそのまま祠とすることを決めた。レオ師団の他、エステリアからも騎士団を派遣し、駐屯基地として守りを固めるらしい。
こうして、我々パーティーは宿なしの身となってしまったのだった。
バルトガを初めとしたレオ師団の面々がダリア王に掛け合ってくれたおかげで、我々は王都内の客間に仮の住まいを持つことを許された。だが、ケイアスとキディの目的に私とゼウも追加された以上、いつまでもこの場所に留まるわけにはいかなかった。
「お待たせしました、皆さん」
王宮の広場を抜けたところで、アルトとジーナ、バルトガが待っていた。
「うわぁ」
イリアがポカンと口を開く。
通りを占領するように、大型の四輪モビールが鎮座していた。ウッド・モビールよりも強固な鋼鉄の車体——アイアン・モビールの大型車両である。
特筆すべきは、フロント運転席の後方に備えつけられた、巨大な居住区画にあった。
「これ、すごいよ、みんな!」
車内からドアを開けてヒナが顔を見せる。
「キッチンどころか、シャワーとトイレまである。小さいけど個室も二つあるから、けっこう快適かも」
「もはやキャラバンだな。手配するのに苦労しただろう」
「フィリアさんたちは、二度も王国を救っていただいた恩人っス。これくらいの恩返し、当然っスよ!」
ジーナがフィリアの腕を取ってにっこりと微笑む。ジーナにとってみれば、フィリアこそが命を自分の救ってくれた恩人なのだ。
「あの……そんなにブンブンと腕を振られては、恥ずかしいです」
「妹がどんどん増えるな、お前は」
「からかわないでください」
頬を赤らめ口を尖らせるフィリアに、アルトとバルトガも笑顔を見せる。
「公務に出ている王は別にしても、我々としてはレオ師団全員で見送りたかったのだがなぁ」
「ありがたいが、気持ちだけいただいておこう。口下手でシャイな男が一名いるのでな。大勢での見送りは性に合わんらしい」
ゼウがブスッと表情を曇らせた。
「ゼウ殿、先の貴殿の闘いは圧巻であった。戻られたら、ぜひまた手合わせをお願いしたい」
「あぁ、よろこんで」
バルトガから差し出された手をゼウが握り返す。
居住区画へ乗り込むと、イリアが感嘆のため息をもらした。
「すごーい」
確かに広い。移動式のアパルトメント。私とフィリアは擬体を使わなくても支障はないので、アンダーソン兄妹とイリアの三人が住む分には充分なスペースと言えるだろう。
「荷物の積み込みはほとんどないのだな」
「あぁ」
ウィザードたちがアンダーソン邸へ攻め込んでくる前に、ゼウたちは屋敷から必要な家財を事前に運び出していたのだが、私はその少なさに驚いた。
両親を亡くした後、ゼウは屋敷の家財をあらかた売り払ってしまっていたらしい。両親との思い出よりも、ヒナを食わせていくことを優先したゼウの心情は計り知れない。
「旅なんて師匠との大陸行脚以来じゃん。あの時は中央から南部をちょろっと回っただけだったから、楽しみだねぇ」
「お前は残ってもよかったんだぞ? アルトさんたちは王都に部屋も用意するって言ってくれてるんだからな」
「イヤに決まってんじゃん。自分だけイリアさんとイチャイチャしてさ、あたしだけ仲間外れにするつもり?」
「学校はどうするんだ」
「勉強はいつでもできる。フィリアねぇもイリアさんも、もう家族なんだよ? 二人とも、あたしの大切なお姉ちゃんなんだ。一緒にいたいって思うことの、何がいけないの?」
ヒナの剣幕に、ゼウがたじろいだ。魔物を一撃で屠り去る武術家も、妹には勝てないらしい。
「いいではないですか、ゼウ様。ひとりぼっちにされるのは、寂しいものですよ?」
「さっすがフィリアねぇ。言ってやって言ってやって」
「勉学についてはご心配なさらず。私が家庭教師をいたします」
「へ?」
ヒナの表情が凍りつく。
「幼いイリアにひと通りの学問を教えたのも私ですので、実績もあります」
「え? いや、待って……」
「うわぁ……お姉ちゃんめちゃくちゃスパルタだから、覚悟しといた方がいいよ」
「明日から毎日八時間、ビシバシ指導させていただきます」
「えぇッ⁉︎」
「では、私は運転がありますので、フロントに移ります」
「ちょ……待ってよ、フィリアねぇ! せめて六……四時間で、ね? 半日でいいじゃない!」
運転席へ移っていくフィリアを、ヒナが追いかけていく。
「家族って……」
珍しく、ゼウがぽつりと呟いた。
「うん」
「いや……いい響きだなと思って」
イリアの頬がぽぉっと紅色に染まる。
「そんな……子供はまだ早いよ」
「え?」
「でも、ゼウが欲しいなら、わたし……」
イリアは腰を折って下からゼウを覗き込んだ。
互いの唇が近づいていく。
「狭い車内だ、隠れてけしからんことをするのも難儀だろう。行為を私に見せてくれるなら、協力してやらんでもないぞ?」
うわぁっ! と声を上げて二人は離れた。どうやら私がイリアの腰にいることを忘れていたらしい。
「誰が見せるかっ」
「私もゼウさんもそんな趣味はありませんっ!」
「エステリアまでの道のりは長い。ゼウは大丈夫かもしれんが、イリアが何日もお前とのイチャイチャを我慢できるとは思えんがな」
「バカにしないでください! 半日我慢するのがやっとです!」
エラソーに言うことか。
「フィリアさんが運転するんだから、俺とイリさんが家事担当なんだ。そんな暇あるわけないだろ」
「そんなぁ〜……」
「あ、いや。その……少しくらいなら、二人の時間もとれると思います」
「哺乳類は交尾の時間をある程度コントロールできるはずだ。短時間で済ますのを見学させてもらうのでも私は一向にかまわん」
「包丁にしてこき使ってやるからな、フラガラッハ」
「いくらでも使うがいい。どんな食材でも捌いてやろう」
「リボンを増やしてやる」
「それは勘弁して」
私とゼウのやりとりを、イリアが楽しそうに笑って見ている。
以前よりも自分の表情が豊かになっていることに、ゼウは気づいているだろうか。
「まずはエステリアだ」
「あぁ」
ディアーナからダリア王国へ連絡があったのは先週のことだった。放浪の旅を続けているゼウとヒナの師匠——プコットを発見し、王都まで無理矢理連れてきたらしいのだ。
ケイアスとウィザードたちの動向もある。エステリアまで赴くよう、我々はディアーナから特命を受けていた。
「私、実はちょっとうれしいんだ」
「どうして?」
「大陸中を旅するっていうゼウの夢。これから私が一緒に叶えてあげられるから」
「なんでそれを……?」
「あぁ、お前の夢の話な、私とヒナが全部話した」
「な……!」
「けっこうじゃないか。探究には人生をかける価値がある。私は同時に二人の主を持てることを誇りに思っているぞ」
「出しますね、フラガラッハ様?」
運転席から目出しカバーを開けて、フィリアとヒナが顔を見せた。
「さぁ、数百年ぶりの大冒険だ。存分に楽しむことにしよう」
フィリアがエーテルを注入してモビールを発進させる。
空は快晴。
アルトたちに見送られながら、我々は旅の第一歩を踏み出した。
◯
さて。
それから数年の後、私は念願のゼウとイリアの愛の行為を目撃することになるのだが。
あまり大っぴらに言うわけにもいかないので。
それはとても素晴らしいものだったということだけ、伝えておこうと思う。
了




