第五十七話
「弾は持ちそうか?」
ゼウは腰を落として半身の構えをとった。
ジャスパーとの戦闘で受けた傷が深い。いくらゼウとはいえ、わずかに乱れた呼吸を隠すことはできなかった。
「地下からあるだけ持ってきた。十分はもつ。全弾ぶち込んでやる」
肩と腰にありったけの弾丸をストックし、ヒナは両手にマグナムを構えた。
「ウルわしキ家族アイ〜。ん、ん? はてヨ? アイしゃとくりスちぃナはワタシのムスめダぞ?」
女の言動はまったく読めない。
ヒナとゼウの瞳の奥に冷たい怒りの炎が灯る。
「……胸のど真ん中を狙う。イリアさんが斬ったダメージが残ってる」
「了解」
イリアはすがりつくフィリアを抱きしめたまま、女を睨みつけていた。
「ケイアス・レナ・シュバルツ。ハルメリアの女王です。私とお姉ちゃんの母だった人……」
「あの挙動、人間ではなかろう。昔からああだったのか?」
「わかりません。私たちを含めて、母が人前に姿を見せることはほとんどありませんでしたから。ただ、女王としての威厳と風格はあったと思います」
途中から何者かが入れ替わった、もしくは乗っ取られたわけではなく、最初からあれが本性なのだろうというのが私の見解だった。
「おそらく、あれは古代人の文明の遺物だ」
「古代人?」
「先ほど垣間見たあの女の記憶……いや、記録の一旦に、遥か昔に失われた高度文明を見た。ヒナの言葉を借りるなら、あれは人間の形を模しただけの『マシーン』だ」
「マシーン、ですか……?」
「そうであるなら、ウィザードを創り出したことや自国を滅ぼしたことにも説明がつく。価値の基準が愛国心や正義や金にはないということだ。あのマシーンにあるのは、ただの好奇心だ」
「そんな……」
「魔力や魔法への興味も、ただ『面白そうだから』という発想にすぎない。白魔法にしてもそうだ。新しい玩具を見つけたから、それを育て、自らのものとする」
「そんなことのために、国を滅ぼしたっていうんですか?」
「そうだ。面白そうだから、国を作って魔力の探究をする。白魔法は奴が持つ技術体系では発現しなかった。だからほしい。国は運営に飽きたから壊しただけだ。ゲームのように、ただそれを繰り返している」
「要するに、機械でできた人形で人間じゃないってことでしょ。好都合だね」
全力で壊していいってわけだ。
ヒナは凶悪な顔でほくそ笑んだ。
「らぅンドわぁん……」
ケイアスの肥大化した左腕が大型の連射砲の形に変化した。
レイリアの武器商人の親子からもらったカタログで見た、あれはガトリング砲だ。
ゼウとヒナは即座に両サイドへ散った。
「ファいと!」
ケイアスの砲門はライトサイドのヒナへ狙いを定めた。
「アクセル……!」
ヒナが不規則なステップでスピードを上げる。ガトリングの連射は一手遅れてその後を正確に追従していく。
「ムホほ! しゅゴイねぇ! 追いツケるかシラん?」
「ち……! 回り込めない!」
ヒナはケイアスの側面へ入り込んだが、ケイアスは左腕だけを不自然に捻じ曲げ、ヒナの動きを追従した。目線はフィリアとイリアに向けたまま、ヒナの牽制射撃に見向きもしない。
その隙をついて、ゼウが左側から仕掛けた。
「まーしゃルあぁツ? からテ? そうダ! システマでいコウ!」
ケイアスの右腕は筋肉質に変化してゼウを迎え打った。
ゼウの連打を、見た目からは想像もつかない速度と鮮やかさで捌いていく。
だが、ヒナの精密射撃とゼウの拳速は共にケイアスを上回った。
「だらぁッ!」
高速回転するガトリングの砲門に、ヒナが放った六発の弾丸が突き刺さる。それらは速射砲の発射口で誘爆を起こし、砲撃をあらぬ方向へ強制的に切り替えさせた。
「ヒュ……」とゼウの喉が鳴った。ショートアッパーの軌道を描いた掌底はケイアスの肘を鋭く捉え、ヘビィな衝撃と共に彼女の右腕の先を逆方向へと折り曲げた。
「おォォ! い! イタいィィッ!」
ケイアスは大きく後退した。血管のような内部機構が両腕で激しく発光し、肥大化を終えると同時に両腕の再生を開始する。
あの再生は白魔法ではない。この時代には存在しない、別の技術体系。垣間見た記憶の断片によれば——あれは「ナノマシン」による自己修復だ。
——高度に発達し、それ故に自壊し滅びた機械文明の生き残り、か。
「生命維持ニ支障ヲキタスト判断。対象ノ想定レベルヲ修正」
ゼウとヒナが正面で合流する。
追撃に移ろうとした瞬間、ケイアスの口が大きく開いた。狙いはゼウだ。
「!」
ケイアスの口部から閃光が走る。
光速のレーザービームは、大地から上空の夜雲を一気に切り裂いた。
が、ゼウの反射神経がそれを上回った。
無駄な破壊が一切ない。アウトサイドへの回避がコンマ数秒遅ければ、ゼウの体は真っ二つにされていただろう。
「エラー発生」
二射目に入ろうとしたケイアスの内部から、機械的なアラート音が鳴り響いた。
「火器管制回路ノ修復ヲ優先。オートマトンヘリライト、完了」
両目がぐるりと回り、ケイアスは再び生物的な動きを取り戻した。
よくはわからんが、肉体の制御が完全ではないようだ。
「う、ウゥ……! いィィたイよおォォッ!!」
ケイアスの泣き声は、それだけで地鳴りを引き起こした。
「なんという!」
バルトガたちはたまらず両耳を塞いだが、ゼウは構わず突撃した。
充分な速度を得たゼウの掌底が伸びる。だが、その一撃はケイアスを覆う不可視のバリアによって阻まれた。
ゼウの攻撃にびくともしない強度。術式が通らないということは、やはりこれも魔法とは別系統のシールドとみるべきだ。
「弍式……!」
ゼウは怯まず二撃目を見舞った。
掌打が炸裂した瞬間、「ドドン!」と衝撃が二段階に分かれてバリアの内部に沈み込んだ。術式を使わずに打撃の威力を上げている。
「なんダ! おマエは⁉︎」
抉り込むような三撃目で、ケイアスのバリアは砕け散った。
続けざまの後ろ回し蹴りが、ケイアスの首を不自然な角度に捻じ曲げた。常人ならそれで終わりだが、ケイアスは低い唸り声を上げただけでゼウの方へ向き直る。
ケイアスの口が限度を超えて大きく裂ける。彼女は開いた口でゼウを飲み込もうとしたが、ゼウ自身は再びアウトサイドへ大きく後退した。
そこで、ケイアスの真正面を陣取ったヒナのリボルバーが火を吹いた。
「アクセル……!」
二丁拳銃による胸部への速射。
激鉄と発砲の反動を完全に抑え込みながら、ヒナのマグナムは正確にイリアと私が刻み込んだケイアスの胸の傷にダメージを叩き込んだ。
「みみミミ! ミミンちぃにして食ベテやる!」
ケイアスの十の指が巨大化し、クラーケンの足のようにうねり始めた。伸長した指先には、ノコギリ状に無数の牙が備えつけられている。それらは個々に複雑な軌道を描きながらヒナへと襲いかかった。
「ヒナちゃん!」
ヒナは構わずケイアスの胸部へ弾丸を撃ち込み続けた。
ケイアスの触手がヒナを捕食せんと迫る。それでも、ヒナは連射を中断しない。
接触の直前、後方から回り込んだゼウがヒナの腰を右手で抱き寄せ、強引に左方向へとダッシュした。ケイアスの触手が空を切る。ヒナはゼウに抱えられたまま、ケイアスへ銃弾を浴びせ続けている。
「あ! がガ……ッ! がか ガガががッ!」
ゼウはケイアスの触手を最小の動きで回避しながら、ヒナをケイアスの正面に据え続ける。ヒナの速射とリロードもまた間断なく続いた。
「ごフ……ぅ……!」
やがて、ケイアスの胸の中心に亀裂が走った。その奥から、白いエネルギーが漏れ始める。
だが。
「弾が切れる……ゼウにぃ!」
「私を使え!」
投げろ! と私は叫んだ。
「はい! ゼウさん!」
ゼウがヒナを地面へ降ろす。
私はイリアの元から放物線を描いてゼウの手へ渡った。
「聖魔神器の私なら、ダメージが入る」
「わかった」
魔力のリンクはなく、私の刃渡りはダガーサイズだ。
ゼウは私を逆手に構えた。
台所で包丁代わりに使われた仲だ。ゼウの手は私によく馴染んだ。




