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魔剣は口を挟みたい  作者: 楠アキ
第三章 アンダーソン邸の攻防
56/56

第五十六話


   ◯


 私とフラガラッハ様が作り上げたラヴルームの結界に触れようとしたキディへ、ゼウの隣を走るヒナは銃弾を撃ち込んだ。

 キディは易々と弾丸を回避したが、代わりに結界から距離をとらせることには成功する。

「あらぁ、もう来ちゃったのね。残念」

 対峙したゼウとヒナに向かって、キディが妖艶に微笑みかける。

 不気味だった。

 先ほど倒した二体とは中身が違う。エーテルで構成された生命体であるウィザードの中に、別のノイズが混じっている。

「こんの! 火事場泥棒!」

 ヒナは続けて引き金を引いた。

 避ける動作を予測しての一撃。

 肩口を被弾したキディは大きくのけ反ったが、ゼウの術式は発動しなかった。

「あなた、ヒナっていったかしら……若いのに、本当に素敵だわ」

 踏み込みを終えたゼウがキディの腹部に強烈な掌底を打ち込む。

 衝撃はキディの体を縦に揺らしたが、よろめくだけに留まった。

「殺すつもりで打ったのね。うれしいわ」

 口の端から黒い血を滴らせたキディが、ゼウの頬へ右手を伸ばす。

「この感触……」

 接触を嫌ったゼウが退いた。

「ふふ……さすがね、もうボディがもたないみたい。あなたたちの勝ちよ。始祖の遺体は諦めるわ」

「こいつの体……金属だ!」

 ヒナが叫んだ。

「そう、私はお母様のための器。お母様は娘の方に用事があるから」

 囮?

 アングルの遺体の奪取が目的ではないのか?

 ゼウにドラウプニルとしての本体を守られている私は、思慮が足りないただの間抜けだった。

「むす、め?」

 何かに気づいたゼウは、私の擬体がいるフィールドの中央を振り返った。

「カラミティウォール」

 突然、ドーム状の障壁がゼウとヒナを取り囲んだ。

「最後の魔法よ。これでもう、私の魔力は尽きる」

 妖艶な笑みを残して、キディは再び地下へ潜った。

「破ッ!」

「ウザい!」

 ゼウの打突とヒナの弾丸が障壁を破壊する。

 だが、それで二人の対応は一手遅れた。

 致命的な一手だった。

 フィールドの中央で、私の擬体——フィリアの悲鳴が上がった。


「う……」

 それは一瞬の出来事だった。

 おそらくキディと分離して潜伏していたと思われるそれは、地中から生えるとジーナの背後から彼女の心臓を一息に貫いた。

 伸びた腕の先端がナイフのように鋭く変化したように見えた。

「ジーナ……?」

 アルトがぼんやりした表情でジーナを見ている。

 だが、虚空を見つめるジーナの瞳にはすでに光がなかった。

 即死だった。

「そんな……ジーナ!」

「ジーナッ!」

 アルトとバルトガの怒号の後、私の悲鳴は遅れて響いた。

「いや……いやあァァッ!」

 ジーナの体は力なくうつ伏せに地面へ倒れた。

 ジーナを殺害した凶器の正体を追っている余裕は、私にはなかった。

 ジーナのそばへ駆け寄り、抱き寄せる。

「だめ……」

 生命が霧散する。

 彼女のメモリーが抜けていってしまう。

「う……! うぅ……うわああァァァーッ!」

 私の擬体の内側から、白いエーテルのエネルギーが爆発した。

 ——愛しい我が子よ!

 ドラウプニルに宿る八人の化身。

 その一体を、彼女に分け与える。

 リバースレイン(復活の雨)

 放射状に広がった眩い光が、私とジーナの肉体を包み込んでいく。

 復活魔法——その儀式が終わった時、ジーナの瞳には生気が蘇っていた。

「あ……れ……? フィリアさん?」

「ジーナ!」

 アルトとバルトガにジーナを任せて、私はふらふらと立ち上がった。

 生命を呼び戻す魔法。自分にできるとは思わなかった。

 ——これが、白魔法の本当の力……。

「……あヒャ、すゴイ! それガ見たかっタ」

 背後からの無機質な声に、私の背筋を悪寒が駆け巡った。

 まさか、この声は……!

 振り返った私の唇を、その人物は奪った。

 切れ長の双眸の奥に、赤子のように純粋で無邪気な好奇心の色が見える。ベリーショートの金髪は外見への関心がないことの表れだろう。事実、彼女はスラリとした長身に何も身につけていなかった。

「……!」

 力が抜けていく。

 擬体に宿していた純白の魔法の子供たちが、吸い取られていく。

「ヨク出来ましタ」

「あ……あぁ……」

 私を創り出した母——ケイアス・レナ・シュバルツは、私から唇を離すとにっこりと微笑んだ。

 私の白魔法の力は、母に奪い去られていた。


   ◯


 イリアの全力の突撃に、その女は微動だにしなかった。

 腹部を側面から刺突する。ソフトな手応えに似つかわしくない金属音を残して、女は直立したままイリアの方を振り返った。

「クリすモ、いい子、イイ子」

「お母様⁉︎」

 魔力が通らない。

 この感覚は、ヒナが使用するロスト・テクノロジーの武器に似ている。

「ヨク育ちマチたネぇ〜」

「ファング!」

 イリアは女の胸部を中心に連撃を叩き込んだ。

 刃が触れた箇所に薄く半透明の波紋が広がる。女の内部に、幾何学的な回路のようなものが浮かんで消えた。

 接触の瞬間、女の記録の欠片が私の中に流れ込んだ。

「イタたた! チョっと、イタい」

「離れろ、イリア!」

 女が無造作に腕を伸ばす。

 イリアは足元のフィリアを抱きかかえると、転がるように後退した。

「はッ……はッ……!」

 フィリアはパニックに陥っていた。瞳の焦点が定まっていない。

 原因はすぐにわかった。

 フィリアの擬体を残して、全ての白いエーテルがあの女の体内へ移動していたからだ。

 迂闊だった。まさかドラウプニル本体の腕輪ではなく、擬体から白魔法を奪取する手段があったとは。

「お母様……!」

 フィリアを庇うように、イリアは再び構えた。

「ダメだ、イリア。逃げろ!」

「なんでですか!」

「奴の狙いはお前たち姉妹だからだ!」

 女が伸ばした右腕が歪に変化した。

 指先が幾重にも裂け、伸びた先が巨大なネットのような形を再形成する。

 これは、口だ。

 捕獲ではなく、捕食しようというのだ。

「うふヒュ♡ 人類ハっツのマホー使イ。レアげっと♪」

 その時、ヒナが放ったRPGの弾頭が女の側面に着弾した。

 小爆発が女を吹き飛ばす。

「フィリアねぇ!」

 屋敷の方からヒナとゼウが駆けてくる。

「何がどうなったの⁉︎」

「あ……わ、私は……」

 フィリアは慟哭しながらイリアの腕にしがみついた。

「アバババ……ラスぼすが現レタぁ〜」

 爆炎の向こうから女の声が響いた。

 女の体はロケット弾でいびつに歪んでいた。だが、それを意にも介さず、女は我々に向かってニタニタと微笑んでいる。

 冷たい金属色の肉体。時折内側に枝のような煌めきを走らせながら、顔だけを残して上半身が不自然に肥大化する。

「ピピぴぴピ、解析かんりょう……なんチャッテ。なんテンとれルかなァ〜!」

 ヒナは屋敷地下の武器庫から持ってきた予備のロケットランチャーを捨てた。どのみち弾薬は先ほどの一発しかなかったが、持ち替えたマグナムでどうにかなる相手とも思えない。ゼウに至っては徒手空拳のままだ。

 それでも、ヒナとゼウは同時に一歩前へ出た。

「気をつけろ。わかっていると思うが、奴は人間でもウィザードでもない。ロスト・テクノロジーで作られた〝何か〟だ」

 グニャグニャと女の両腕がしなり始める。

「うちらの家族に何してくれてんだ……てめぇ」

 ヒナとゼウは、開いた瞳孔で女を睨みつけた。

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