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魔剣は口を挟みたい  作者: 楠アキ
第三章 アンダーソン邸の攻防
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第五十五話

「斬れるのか?」

 念のため、私はイリアに訊いた。

「血のつながりはなくとも、お前とフィリアの兄だろう」

「兄じゃありません」

「なに?」

「あれは兄様の記憶を持っているだけの別の何かです」

「なぜそう思う?」

 え? とイリアは言葉を落とした。

「だって……中身が違うから」

 私と同じ——聖魔神器と同じものが、イリアにも見えているのか。

 ゼウがイリアの隣へ並ぼうとしたところで、それは起こった。魔力を練り始めていたヘルティモの首を、アシュトンが斬り落としたのだ。

「ぱ、パパ……?」

 地面に転がったヘルティモの頭部を、アシュトンは侮蔑の眼差しで見下した。

「無能め。貴様ではフラガラッハには勝てん。成果も出せん駒は邪魔なだけだ。せめて魔力だけは私が吸収してやる」

 そのやりとりで、私は確信した。

 奴らの関係は同盟ではなく、アシュトンが上で、ヘルティモが下だ。つまり、ウィザードの連中を創り出したのはアシュトンたちハルメリアの人間で間違いない。

 だが、同時にひとつの疑問が生じる。ハルメリアの人間は、なぜウィザードたちに自分の国を焼き払うような真似をさせたのか?


 アシュトンは切先で残ったヘルティモの体を貫いた。

 黄金色の剣が眩い光を発すると、どろりと黒く溶けたヘルティモの肉体は後方もなく刃に吸収された。

 アシュトンの魔力値がさらに増加する。

「待って! 待ってよ、パパ!」

 アシュトンはヘルティモの頭部を虫けらのように踏み潰した。

「パ!」という叫び声と共に、ヘルティモの眼球や脳髄が周囲に飛散する。それらはやがてドス黒いエーテルへと還元されたが、イリアやフィリアは目を背けた。

 クーデターを斡旋したテロリストのリーダーにしては、呆気ない最期だった。

「ふん……能力は申し分ないが、性格が定まらんのが課題だな」

「フィリアと同じ人工の聖魔神器だとしても、私は貴様を好きになれそうもないな」

「そうか。この世界の真理の探究という点では同胞だと思っていたのだが……残念だよ、フラガラッハ」

 明らかにそうは思っていないであろう冷笑を浮かべて、アシュトンは構え直した。

 さらに事態がもうひとつ。

 アンダーソン邸の方から機械的な警告音が鳴り響いたのだ。

「! ゼウにぃ!」

 明らかに苛立った顔でゼウはアンダーソン邸を振り返った。

「金属探知機のトラップだ! 防犯用に地下に仕込んどいたやつ」

「お前の武器以外でなんで反応があるんだ」

「わかんない。でも……!」

 可能性があるとすれば、姿をくらませたキディ以外にありえない。

「行け、ゼウ」私は言った。

「だけど……」

「エーテルが観測できないというのは難儀なことだな。心配するな。今の私とイリアなら神獣でも相手にならん」

「ほぅ……」

 癇に障ったらしい、アシュトンが苛立った表情を見せた。

「フラガラッハさんの言う通り! 終わったら、またいっぱいデートしようね!」

 イリアの笑顔に頷いた後、ゼウとヒナはアンダーソン邸へ向かって駆け出した。

「ロートルが……見せてもらおうか!」

「くるぞ!」

「はい!」

 アシュトンは上半身を前方へたわませた。

「イグニション……!」

 アシュトンの背中から触主状の剣が無数に発生する。歪な形状にソードとしての矜持は微塵も感じないが、『斬る』という点については合理的な形態ではある。

「粉微塵にしてやろう」

 触剣が伸びると同時に、イリアは左方向へダッシュした。狙いをフィリアたちから引き離そうというのだ。

 アシュトンの攻撃は四方からイリアへ襲いかかった。初手の数撃は細かいステップで回避するが、真正面からの追撃にイリアは半身を逸らし、エッジを真下から逆袈裟で叩き込んだ。

「セイバー!」

 よく踏み込んでいる。

 だが、鈍い接触音と共に火花が散り、イリアの刃は触剣を切断するに至らない。

「切り替えろ!」

「うぅ! ファング!」

 眼前に飛び込んできた切先を、イリアは上空へ逸らした。前髪が数本弾け飛んでいく。

 迫る別の追撃を、イリアはバク転で回避した。

「褒めてやる。あのままいけば目玉を抉り出せたのだがな」

 不規則に伸びる無数の剣があらゆる角度から時間差で襲いかかる。イリアは何度か打ち込みを試みたが、その全てが有効なダメージを許さなかった。

 アシュトンの剣は重く鋭い。大地を貫く触剣は無駄な破壊を地面に与えていない。

「斬れ味も! 破壊力も! 全てにおいて私の方が上回っている! 現存する聖魔神器のデータを元に、それを上回るようお母様が創り出したのだからな!」

「お母様……?」

 アシュトンが口上を垂れる間も剣の舞は続いた。

 その全てを避け、あるいは弾きながら、イリアは大きく目を見開いていた。

「そうだ! 絶望しろ! 私の本体はこの黄金の剣だ。お前たちが私の刃を斬れない以上、私がお前たちに負ける道理はない!」

 どうやら、アシュトンは気づいていないらしい。

「すごい……」

 イリアは猿のように回避行動を続けながら呟いた。

「全部、見えます!」

 数ヶ月前まで、イリアは素人だった。その小娘に攻撃の全てを避けられていることをこそ、アシュトンは警戒すべきだった。

「だが、どうする? 奴の言う通り、この圧倒しい剣山を突破しない限り、奴には近づくこともできないぞ」

 私ならば……。

 思うところがあったが、イリアは腰を落として構え直した。

「考えがあります」

「……いいだろう。やってみろ」

 アシュトンの背中から伸びる触剣の数が、さらに増加した。

「磔刑に処してやる!」

 剣は雨となってイリアに降り注いだ。

 イリアは円を描くように左へ回り込む。その後を追う形で、触手は大地を貫きながら徐々にイリアへ迫った。

 正面と逆サイドからも触剣が襲い来る。逃げ場がない。

「チェックメイトだ!」

 だが。

 沈み込んだイリアが発した一言に、私とアシュトンは驚愕した。

エレメント(、、、、、)!」

 私の剣刃がエメラルドグリーンに発光した。

 私の力ではない。私とイリアを取り巻く周囲の風が、鋭く渦を巻いて刃を覆い尽くしていく。

 別属性の魔力を纏う。

 これは!

「魔法剣!」

 瞬間——イリア自身が風になった。

「セイバー!」

 凄まじい捻転から繰り出された斬撃は、イリアを取り囲む全ての触剣を斬り裂いた。

 嵐のように荒々しく、稲妻のように雄々しい乱舞。金属が千切れ飛ぶような圧力を、イリアの剣圧が上回っていく。

「なんだと⁉︎」

 切断された触剣に呼応するように、アシュトンの両腕に斬撃の跡が走った。

「風属性の魔法か!」

「お姉ちゃんみたいに精霊は視えないけど、感じることはできたから! フラガラッハさんに協力してもらってます!」

 なぜ人間であるイリアが自然の力をエーテルに還元できる。

 常にフィリアの白魔法がそばにあったから?

 特殊な術式を持つゼウと交わったから?

 あるいは——その両方か。

「剣に魔法を宿す。面白いぞ、イリア!」

「はい!」

「ふざけるな!」

 アシュトンは獣のように咆哮した。

 斬り刻まれた刃の先端から新たな触手を再生させ、怯まずイリアの前に立ちはだかる。

 アシュトンのプライドをかけた追撃はその威力と速度を押し上げ、剣を振るうイリアの頬と肩口をわずかに斬り裂いた。

 ダメージは、ただそれだけだった。

「イグニション!」

 イリアの加速は、アシュトンの攻撃の比ではない。袈裟斬り、斬り上げ、唐竹割り、時には全身に回転を加えながら、イリアの怒涛の斬撃は幾筋ものエメラルドの剣線を残した。

「ふざけるな! ふざけるな!」

 アシュトンの出血は全身におよんだ。

 触剣は戦場を銀世界に染め上げ、それでもなおイリアを捉えることができない。

 やがてイリア自身が風の魔力を帯び、翠玉の残像を無数に生み出していく。

「ふざけるなぁ!」

 アシュトンがイリアの残像を追う時、イリアはすでに三手先にいる。

 アシュトンは妹の動きにまったく対応できていなかった。

「ふざけ……!」

 アシュトンの足元から、驚嘆の色が「ぞわり」と迫り上がる。

 アシュトンの胸元へ肉薄したイリアは、すでに充分な踏み込みを終えていた。

「クリス……!」

 アシュトンが黄金の剣を振り上げ——。

「はあァァッ!」

 ——ひと呼吸の間もなく、イリアはアシュトンの上半身に十字の傷を刻み込んだ。

「う!」

 剣身に纏っていた風魔法が、アシュトンの内側へ潜り込む。

 ドドシュ! という炸裂音はアシュトンの十字痕の内部を斬り刻んだ。銀翼と化していた背面の剣の全てがちぎれ飛び、時間差でアシュトンを後方へと吹き飛ばしていく。

「がふ……!」

 血反吐を撒き散らしながら、それでもアシュトンは両膝をついて無理矢理体を停止させた。

「はぁ……はぁ……ぐ……」

 憎しみの眼差しが私とイリアを貫く。

「お兄様、もう終わりにしてください」

 その気になれば胴まで両断できた。その甘さは嫌いではないが、いつかイリア自身を不幸へ追い込むかもしれない。

「ふ……ふふ……なぜお母様がアイシャだけでなくお前も生かしておいたのか、ようやくわかった」

 アシュトンは呼吸を整え、立ち上がった。

「いい気になるなよ。私もお前たち姉妹も、お母様の駒にすぎんのだからな」

 イリアは構えるのを躊躇した。

「イリア、ここは私が預かる」

「でも……」

「奴はもとより人間ではない。斬るしかないのだ。そこだけは了承しろ。奴には借りもあるしな」

「……はい」

 両目を閉じたイリアの肉体の行使権が私に移った。

「さぁ、幕引きだ。聖魔神器同士、どちらが上かはっきりさせようか」

 私はお互いの制空圏の内側まで歩を進めた。

「こけに……こけにしやがって……」

 アシュトンの憎悪がさらに増した。

 アシュトンは中段の突撃体勢、私は上段で迎えうつ構えをとった。

 お互い小細工はなしだ。

「イリアの魔法がなければなぁ!」

 アシュトンは真正面から突貫した。

 速いが重い。

 刹那——。

 私が放った上下の二連撃が、アシュトンの突きを中空に固定した。

 研ぎ澄ました、神速ニ閃。

 躱せる道理はない。

「が……あ……!」

 伸びきったアシュトンの腕の先、黄金の刃とアシュトンの胴体は鮮やかに両断された。

「守破離。名もなき先人たちが積み上げた克己心の先に剣術がある。然るべき理を見極めさえすれば、お前ごとき若造の剣を叩き斬ることなど造作もない。私に向かってくるなど、千年早いと知れ」

 私が剣身を鞘へ収めると同時に、力場を失ったアシュトンの肉体は脆くも崩れ落ちた。

 ウィザードとは異なり、アシュトンの肉体は魔物のように黒く大地に溶けることはなかった。だが、その死に体は人間とは思えない無機物さを伴っていた。

 まるで系が切れた人形のように、生物としての痕跡がない。

「お兄様……」

 肉体の主導権をイリアへ返す。

「気を抜くな、イリア。まだ何かがおかしい」

 私が言った、その直後。

 フィリアたちがいる後方から大きな悲鳴が上がった。

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