第五十二話
◯
剣と魔法の煌めきが、一撃ごとに激しく重い命の戦慄を響かせる。
「ほぅ……」
「この女……!」
アシュトンは感嘆を、ヘルティモはかすかな苛立ちをもらした。
イリアは巧みに応戦しつつ、後退していた。剣撃と魔術の波状攻撃を、私との連携でなんとか凌いでいる。
「は……は……!」
ディアーナと同じく、イリアもスロースターターだったが、集中力は申し分ない。命のやりとりに臆する姿勢はもはや微塵も見当たらない。
だが、やはり私と細かい歯車が噛み合っていない。完全な力の解放には至らないのだ。
「どうした、フラガラッハ? 主といれば強くなるのではないのか? 先日私に打ち込んだ神速の剣技をもう一度見せてみろ」
イリアのことなど眼中にないように、アシュトンは矢継ぎ早のソードカットで私たちを弄んだ。
「この……!」
「挑発に乗るな! 奴とて力の出し惜しみをしているわけではない。お前の力は充分通用している」
「ははッ! ガラ空き!」
大地から発生した鋭利な岩柱に、イリアのバランスがわずかに揺らいだ。その柱ごと、イリアを巨大な不可視の圧縮魔法が包み込む。
「うぅ……!」
私は強引にイリアの体の主導権を奪い、袈裟斬りでヘルティモの魔法を斬り裂いた。数秒遅れていれば終わっていたタイミングだ。
「やるじゃないか! ちょこまかとさぁ!」
「く……!」
私の意識はすぐにイリアから引き離され、強制的に本体へ戻された。これでもう三度目になる。
「ジャミングか」
魔法とはこんなこともできるのか。
「パパたちのおかげで、君たち聖魔神器の魔力構造は解析済みなのさ。意識が滑るみたいだろ? 僕の圧縮魔法の中に、君の意思疎通を阻む魔力の波を混ぜてある。僕の魔法を斬る度、君の力はその女に届かなくなるんだ」
グリップを握るイリアの手に力がこもる。
「今は耐えろ、イリア! ゼウは生きているぞ! ヒナのところまで合流できれば勝機はある」
「はい……!」
イリアはバックパックから抜き出したゼウ特製の閃光弾を周囲にばら撒くと、ヒナとの合流地点へ向かってダッシュした。
◯
魔物の供給が絶たれたことで、左右の戦局は収束されつつあった。残るは中央のみ。
これは戦力配分のバランスの問題で、バルトガ一人で中央の戦線を維持していることの方がむしろ異常なのだ。
今はそこにヒナが加わっているが、どうにも連携が悪い。
「どうしたぁッ! もっと束になってかかってこんか!」
「あぁ、もぅ! おっちゃん邪魔! 無駄に暴れすぎ!」
「戦闘中に背中まで気にしていられるか! 小娘、気に食わんならお前ももっと前に出ろ!」
「ヒナさん!」
バルトガが戦斧で薙ぎ払ったアーマー・モビールが、倒れ様に魔道砲をヒナに向かって放った。連戦で息が上がっているヒナの反応が遅れる。
「ぎゃ……!」
「ヒナさん!」
直撃の手前、真横から飛び込んだアルトがヒナを抱きかかえた。先ほどまでヒナがいた空間を黒いエネルギーが突き抜けていく。
「大丈夫ですか⁉︎」
土埃を上げながら転がった後、アルトがヒナの顔を覗き込む。そのアルトの首に、ヒナは両手を回してしがみついた。
「ふぇーんっ、怖かったよぅ、アルトさぁん!」
あざとい。
「怪我は……大丈夫そうだね」
「団長、うちらも加勢するっス!」
遅れてジーナも駆けつける。ライトサイドの魔物は、もはや残りの団員たちで充分対応できる数だった。
起き上がったヒナは、再び鋭い視線で前方を睨みつけた。どうやら彼女も気づいたようだ。
「しぶとい」
ヒナはげんなりした様子で吐き捨てた。
「あらぁ、つれないわねぇ。二度も殺し合った仲じゃない。そんなに嫌がられるとゾクゾクしちゃうわ」
倒したはずのキディが地中から悠然と姿を見せる。
額に銃弾の跡がない。
いや、それ以前に、バルトガの前方には二体のキディが佇んでいた。
「復活した?」
言ってから、ヒナはブンブンと首を横に振った。
「手応えはあった。まさか、あんた三つ子かなんかなわけ?」
「うふふ。そこのドラウプニルちゃんが羨ましくって、真似してみたのよ。三体までしか分離できなかったけど」
魔法とは、自然の力を借りた魔力のイマジネーションだ。分身、身代わりを産み出す魔術があっても不思議ではない。
だが。
ウィザードの中でも、このキディだけは得体の知れない異質さを兼ね備えていた。
私が懸念する違和感はたったひとつ。
——空に潜んでいた時も、今も、なぜ私の魔力探知に引っかからないの?
「しかもこれ、魔力が均等に三等分しちゃって大変だわ。だからぁ……」
向かって左側のキディから、ドーム状に黒い衝撃が走った。
「マズい……みんな!」
ヒナの警告は間に合わなかった。
ショックウェーブが通過する瞬間、悪寒のような感覚が精神に絡みついた。
全身のエーテルにねっとりとへばりついてくる。この感触は——。
「はぁッ!」
私とヒナは同時にショックウェーブを体内から弾き飛ばした。バルトガも無事だ。
「え……?」
「な……」
だが、アルトとジーナは力なく地面に膝をついた。
やられた。
魔力を抜き取られたのだ。
キディの放った闇魔法の範囲は広大だった。アルトとジーナだけではない、東側に展開していたレオ師団の団員も全員倒れ伏している。
「エレメント」
ショックウェーブは収縮していく過程でフィールドに残っていたあらゆる魔物の残滓をエーテルに還元・吸収し、爆心地であるキディの元へ送り届けた。
「はぁん、たまらない……。若い男のエーテルまであるなんて、イッちゃいそう……」
「戻りなさい、愛しい我が子たちよ」
私は左右に展開させていたゼウとイリアを模したダミーと、妖精化した分身を回収した。光の筋となった我が子たちは、高速で飛来して正面から私の中へ飛び込んだ。
「フィリアねぇはアルトさんとジーナさんを保護して。おっちゃん! ヤバいのが来る! 次はちゃんと連携してよ!」
「おぅ! わかっとるわ!」
後退したバルトガがヒナの隣に並ぶ。
「本当はイヤなのよ? 醜い姿を晒すのは」
キディの全身がバキバキと音を立てて膨らみ始める。
その時、私はもう一体のキディが姿を消していることに気がついた。やはり魔力探知の網には引っかからない。見失った。
悔やんでいる暇はなかった。フィールド中の魔力を吸収したキディは、アンダーソン邸のゆうに超えるサイズまで肥大化していた。衣服はすでに千切れてなく、女性的なフォルムは巨大な怪鳥へとその姿を変えている。
灰色の悪鬼が翼を広げて浮かび上がる。その威圧感はおとぎ話にある神獣ジズを思わせた。
「でかッ!」
羽ばたく悪魔を見上げながら、ヒナは冷や汗を流した。
「なにこれ、反則じゃん!」
その時、西側からイリアが流星のように弾け飛んできた。低空を滑空しながらフラガラッハ様のエッジでバウンドするように勢いを殺し、なんとかヒナの隣で停止する。
「はぁ……はぁ……」
イリアに致命的な傷はなかったが、消耗が激しい。
「無事か、フィリア、ヒナ」
「ちょいヤバいかもね」
イリアが飛来した先から、アシュトンとヘルティモが悠々と歩を進めてくる。
「お兄様……!」
「お揃いのようだな。これは好都合。アイシャ、目の前でクリスとフラガラッハを失えば、お前の戦意も喪失しようというもの。お前がどんな顔で泣き叫ぶのか、見ものだな」
北東からはゼウが最大速度でこちらへ向かっているが、到着までにはまだ少し時間がかかる。
「落ち着け」
フラガラッハ様は静かに言った。
「だが、感覚は研ぎ澄ませ。総力戦だ。私がいて、負けることがあるものか」
戦は最終局面に入っている。
ジズが雄叫びをあげ、私たちは全員同時に迎撃体勢をとった。




