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魔剣は口を挟みたい  作者: 楠アキ
第三章 アンダーソン邸の攻防
50/56

第五十話


   ◯


 依然、状況はこちらに不利なままだった。

 ゼウとイリアの強襲で双子のウィザードの脅威は消え去ったが、敵に吸収されてしまっては倒したとは言い難い。

 ゼウとジャスパーは東側のフィールドへ移動し、イリアとフラガラッハ様は中央でヘルティモとアシュトンを相手になんとか均衡を保っている。

「各員、ふんばるっスよ!」

 右・正面ともに、ジリジリと押し込まれていた。

 アーマー・モビールは駆逐しつつあったが、魔物は後方から途切れることなく湧いて出てくる。

 どこかに「司令官」がいるはずなのだ。それは双子のウィザードではなかった。

「フィリアねぇのエコーに引っかからないなんてね」

 後方から戻ったヒナが肩から荷物を下ろした。

 縦長のバックパックから筒状の物騒な重量兵器を取り出すと、ヒナはそれを肩に担いで上空へ狙いを定めた。

「RPG」と商人の親子は言っていたが、ヒナはこれを「ロケットランチャー」と呼んでいる。

 目を細めたヒナの目尻で再びエーテルの紋章が明滅した。

「喰らわすぜ……!」

 弾丸を思わせる速度で、ロケット推進弾は発射された。

 爆音は闇夜を切り裂き、遥か上空で姿を隠していた魔物に着弾した。

 蠢くような爆炎の向こう側に、ステルスを解除された巨大な翼竜が姿を現す。

 その翼竜の背中に、キディと、メイド服を着用したウィザードがもう一体、キディを守るように佇んでいた。無傷だ。強力な闇属性の防御魔法で防いだらしい。

「あらあらぁ〜、見つかっちゃったわぁ」

 吠える翼竜とは対照的に、キディはおっとりと言い放った。広げた両手の先から、膨大な量の魔力がそのまま地表へ流れ込んでいる。

「うへぇ、あの女か。苦手なんだよね、あの感じ」

 間髪を入れず、ヒナが再装填したロケットランチャーで二発目を発射する。

「面白いですぅ!」

 キディを守るウィザードが前方に右手をかざした。

 音速で炸裂したロケット弾は敵の防御魔法を消失させたが、即座に逆の手で黒いシールドが再形成された。

 速い。

 双子のスマァーもそうだったが、敵にも補助魔法に長けたタイプがいる。

「アルテナ、任せるわねぇ」

「ガッテン承知ですぅ!」

 RPGは撃ち尽くした。もとより発掘されたロスト・テクノロジーだ。弾頭はわずかな数しか買い上げできなかった。

 ヒナがバックパックのそばへ屈み込むよりも速く、アルテナと呼ばれたウィザードはシールドから大量の飛礫を速射した。漆黒のエーテル弾。

「シールドから直接撃てるなんて!」

「にゃろう……!」

 ヒナは即座にマグナムへ切り換えて応戦する。

「あなたのレイリア製の武器は最優先で警戒するわ」

「他にも何か用意してあるみたいですけど、拾わせないですぅ!」

 神がかった精密射撃とリロードで敵の魔法攻撃はこちらへ届かない。

 だが、魔力値の総量は先ほどの双子のウィザードよりもアルテナの方が高い。間断のない魔法攻撃に加えて、不規則な掃射がヒナに反撃の隙を与えなかった。そもそも、翼竜がいる位置はヒナのマグナムの射程外だ。

 アルテナの後方で、キディは笑みを浮かべながらさらに魔物を生み出し続けている。

「ほらほらほらぁ! ですぅ!」

「くっそ、ぶりっこしやがって! お前ぇ! 私とキャラ被ってるんだよ!」

「ヒナさん、やはり私の後ろへ……!」

 応戦を続けながら、ヒナはその場から動かないことで私の提案を拒否した。

 作戦通りやるというのか。だが、ヒナの弾薬はつきかけている。

「いい風だね」

「何を言ってるんですかぁ〜!」

「追い風だって言ったんだよ。南海の風は潮を含んで北の大地へ抜けていく。学校で退屈な授業を受けてる時、あたしはいつも窓越しにこの風を見ている」

「はあぁあぁぁ〜⁉︎」

 アルテナが展開するシールドに膨大な量の魔力が注ぎ込まれる。

 凄まじい一撃が、来る!

「ばいばぁーい! ですぅ!」

 アルテナたちは私たちに釘付けになっていたので、〝それ〟が翼竜のさらに上空から接近していることに気がつかなかった。

 この戦闘に入る前、わざわざアンダーソン邸まで戻ったヒナが、屋根の上から風に乗せたハンググライダー。そのコントロールバーには大量の爆薬がくくりつけてある。もちろん、それらにもゼウの術式は練り込まれていた。

 突風が吹き荒れる。

 アルテナが黒魔法を発動する直前、ハンググライダーは翼竜の長首に側面から直撃し、強力な爆発を生じさせた。

「ぎゃう!」

「まぁ!?」

 咆哮を上げる翼竜に、爆風の中からゼウの術式が襲いかかる。首から内部へ食い込んだ術式は、ボコリと膨らんで翼竜の頭部をちぎり落とした。

 コントロールを失った魔竜の体が緩やかに落下を始める。

 ここがチャンスだ。

「修理したばっかのグライダー使わせやがって。覚悟はいい?」

 ヒナはしゃがみ込んでバックパックに手を差し込んだ。

「土台をやったって! あなたの武器で私の防壁は撃ち抜けませんよぉ! ですぅ!」

 傾く姿勢の中、それでもアルテナは両手を前にかざした。

 そのアルテナの動きが、一瞬硬直した。しゃがんだヒナの後方から、私がケルビムの弓を引き絞っていたからだ。

 ヒナの狙いは、最初から私の白魔法で敵を射抜くことにあった。だが、平原に展開する味方を守るため、私の魔力は分散して展開してある。

 中央で司令塔を務めるこのフィリアに残った魔力を凝縮させるために、ヒナは私にバリアの展開をさせなかった。双子のウィザードと相対した時から、ずっとだ。私はひとつのダメージも受けていない。

「エレメント」

「エレメント!」

 私とアルテナは同時に叫んだ。

バニシングレイン(懲罰の雨)!」

 ヒナが稼いだ時間で膨れ上がらせた最大チャージの一撃を、私は放った。

 それは全てを浄化する断罪の矢だ。

「そんなも……!」

 アルテナが言葉の先を紡ぐことはなかった。

 純白のレーザーは直線軌道で夜空を駆け抜け、アルテナが展開したバリアごと彼女の上半身を消し炭にした。

「なめるな、です」

 この一ヶ月間、私だって遊んでいたわけではない。フラガラッハ様から魔力の扱い方についてレッスンを受けていたのだ。

「まったく、やるわねぇ」

 バランスを崩したキディが翼竜の背中から落下していく。

「まだ終わりじゃない」

 ヒナは片膝立ちの状態でロングバレルのライフルを構えた。

 ボトルアクション方式——と、ヒナは言った。スナイパーライフルのスコープを覗き込むヒナの双眸にエーテルが宿る。

「まぁ……!」

 遠くキディの表情に諦めの色が灯る。両腕の魔力は地表に流れたままだ。もはや間に合うまい。

「ファイア」

 ヒナは静かにトリガーを引き絞った。

 ガンファイアは闇夜を切り裂き、キディの頭部へ直撃した。衝撃がキディの上半身を後方へ弾き飛ばし、キディの体は不規則に回転しながら地面へ落下した。その真上へ翼竜の胴体が墜落すると、ゼウの術式が爆炎のように噴火し、周囲の魔物を巻き込んだ。

「やりましたね、ヒナさん」

「いや……」

 ヒナは前方から目を逸さず、ライフルを携行していたバックからリボルバーの予備の弾丸を腰ベルトに補充した。

「なんか……手応えがおかしい」

「敵の魔力は消失しましたよ?」

「そうなんだけど……なんだろ?」

 首を捻りながら、しかしヒナは素早く次の行動へ移っていく。

 増援はなくなったが、膨大な数の魔物に押し込まれている現状に変わりはないのだ。

「状況は?」

「西側はもう問題ありません。中央のバルトガ様に手数が必要かと」

「りょーかい。おっちゃんの援護に回るね」

「ただ……」と、私は言い淀んだ。

「ゼウ様が、追い込まれています」

「さっきちょろっと見えた。火使う奴だよね」

「はい。かなり劣勢です」

「ふーん」

 私はギョッとなった。ヒナが大して関心を示さず、二丁の拳銃のシリンダーに弾丸を詰め始めたからだ。

「ゼウ様の支援はよろしいのですか?」

「なんで? ここからは距離がありすぎる」

「ですが……」

「……ゼウにぃって、強そうに見える?」

「見える、というか、実際に達人レベルだと思いますが」

「みんな誤解してるけどさ、ゼウにぃが苦労せずに勝った相手なんて、数えるほどしかないよ。私たちや、あの魔法使いの連中も、魔物だって、みんな魔力でダメージを軽減できるでしょ?」

 リロードを終えたヒナは、それが当然のことのように、言った。

「魔法で守られてるような連中が、一対一の勝負でゼウにぃに勝てるわけがない」

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